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プロローグ

「ねえ、聞いたことある?」

 親友が唐突に投げた言葉に、里香は眉をひそめた。

「なによ、突然?」

「噂よ、噂。ほら、あそこに八百屋さんがあるじゃない。その八百屋の角を曲がって、少し行った所に『魔眼屋』ってちょっとゲームっぽい名前の看板がかかってるじゃん」

 彼女たちは、ハンバーガーショップの窓際の席に陣取っている。

 そこから見える街は、秋の肌寒い暗闇に彩られており、人々は足早に歩き去っていく。

 彼女が言う『魔眼屋』に、里香は覚えがあった。ここから車道を隔てた所にある老舗の八百屋『良心青果』を曲がると、少し手狭な路地がある。

 その路地を一分ほど歩けば着く店だが、看板がかけられている以外、店の存在をアピールするものはない。

 不気味な店、という印象を里香は抱いていた。

「ああ、あの店ね」

「あそこの店はね、何でも屋さんらしいのよ。でもさ、ただの何でも屋さんじゃないって話よ。どんな依頼でも頼めばやってくれるって」

「……どんな依頼もって、例えば?」

「え、そうねえ。……殺しとか?」

 里香は、冷夏のぎらついた目に、思わずゾワリとした。

「ちょ、ちょっとヤダ、脅かさないでよ」

「……プ、ハ、やだ。里香って結構ビビりだよねぇ」

 ……ほう、と里香は胸をなでおろした。全く、この友人ときたら仕方ない女だ。

 ――そう思った時だった、

「君、そこの茶髪の君だよ」

 男の声が、背後から聞こえた。

 渋いが、若い男の声。里香は振り向くと、ハッと息をのんだ。

 別に有名人がいたわけじゃない。だが、白い無地のワイシャツに、黒のジーンズとミリタリージャケットを着こなす男の顔が、ハンサムだったので驚いたのだ。

 きつい、射抜くような切れ長の瞳が、里香としてはマイナス評価だが、頬が赤く染まり、胸がざわめく程度には緊張した。

「これは君のものかい?」

 男の手に何か小さいものが、照明を浴びて光っている。……これは、指輪である。それもこれは――。

 里香はひったくるように、男の手から指輪を取る。

「こ、これ私のです。良かった、見つかって」

「ねえ、それってお母さんの形見の?」

 そう、この指輪は里香の亡くなった母の形見だ。いつも肌身離さず持っていたのに、失くしてしまったのだ。

 良かった、と思う一方で、はて? という気持ちが里香の胸に広がった。

「あの、どこでこれを?」

「夕波ビーチの砂浜で」

「あー、なるほど。里香、私たち前に遊びに行ったじゃん。そん時失くしたんだね」

 冷夏の言葉に、里香は曖昧にうなずく。

 確かに、夕波ビーチで失くしたと目星をつけてはいた。しかし、この男はなぜビーチで拾った指輪を、里香の物だと思ったのだろうか? 

(母さんの結婚指輪は、シンプルだけど、どう見たって女子高校生が身に着けるものじゃないよね)

 疑問に対する答えを求めて、里香は男の目を見た。なんの変哲もない黒い瞳。――だが、どことなく怖いと感じた。

「……今回はたまたま俺が見つけたから良かったが、二度はないと思ったほうが良い。高価な物だろうから、次は売られてしまうかもしれないな」

「そう、ですね。あの――」

「では、これで失礼する」

 男は取り付く島もない様子で里香たちに背を向け、店を後にする。

 冷夏は男の後姿を凝視し、拳をプルプルと震わせた。

「うわー、カッコいい、痺れる。私、ファンになったわ」

「ファンって、確かに俳優かアイドルみたいだったけど」

「あーんもう、名前聞いとけば良かった。――あれ、でも?」

 冷夏は、しばし考えるそぶりをした。……時間にすれば数秒だが、里香にすれば随分と長いと感じられた頃、冷夏は口を開く。

「魔眼屋の店主って、イケメンらしいわよ」

「え、そうなの?」

 てっきり冴えない中年男性を店主としてイメージしていただけに、里香は肩透かしを食らったような気分になった。

「……まさかね」

 冷夏の言葉に、それもそうかと里香はうなずく。

 トレーを片付け、店を出る。

 外は肌寒く、ブレザーだけでは、少々心もとない。

 街灯が照らす落ち葉舞う町の中を、二人は仲良く歩き、家路につく。

 ――里香は、この時知る由もなかった。意外にも、あの男とは三日後に再会することになる。


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