97話 交渉
夕方、アレクは技術局の会議室で一人仕事をしながらある人物を待っていた。
アレクもフランツと同じように上官から厳重注意を受け、内部から監視されていると告げられたうえで疑われるような動きは一切しないよう命令されていた。
可能であれば視察と称して政府軍内部へ入る許可を得ようと考えていたが、今申請したとしても到底受け入れられないだろう。そこでアレクはすぐさま違うルートからの手がかりを探していた。
しばらくすると会議室のドアからノックの音が聞こえた。アレクはさっと書類を片付けると扉に向かった。
「どうぞ、ドレイク・バルネフェルト大尉。よく来てくれたな。」
「…人の部屋のドアに時間と場所だけ書いたメモを挟んどいてよく言うぜ。「A」はやっぱりお前だったのか。」
文句をつけつつもドレイクは部屋に入った。アレクはすぐにドアを閉めて鍵をかけた。
「気づいたか?」
「技術局の会議室だし、昨日あれがあった後だから他に浮かばないだろ。」
「酒も飲めないようなところですまないな。基地外でもいいんだが、今の俺には外出許可は下りない。技術局の会議室は機密事項を話すことが多いから防音だし、何かと都合が良いんだ。…何か飲むか?アルコール以外なら何でもあるぞ。」
「いや、タバコが吸えればそれでいい。」
するとアレクは元の席に戻り、ドレイクにも同じテーブルに着くよう勧めた。
「外出許可が下りないって、昨日のことで上から何か言われたか?」
「ああ、要注意人物として監視されていると。フランツもそうだろうな。」
「…フランツは今日特殊任務でパトラバルに向かったと報告があった。」
ドレイクが席に着きながら話すと、アレクは驚いた。
「まさか…今パトラバル近郊に戦場は無いし、昨日の今日で監視が効きにくい場所に移るわけがない。…それはきっと偽りだ。」
「ああ。だがフランツが姿を消したのは確かだ。おそらくどこかに幽閉されているんだろう。治安維持部隊の地下牢か、自宅に軟禁かそのあたりだろ。」
ドレイクはタバコを取り出して火をつけた。するとアレクはテーブルの端に置いてあった灰皿をすっとドレイクの前に移動させた。
「厳重注意程度で軟禁など度を超えてる。なんでフランツだけ…。」
「分からないが、今朝フランツがエルンスト大佐に呼ばれているのを見た。それから姿を見てないから、その話の中で何かあいつがまずいことでも言ったんだろ。」
アレクはフランツの発言を想像できた。昵懇のエルンスト大佐に対して自分の思いをそのまま口にしたんだろう。
「あのバカ…」
アレクがつぶやくと、ドレイクはふと笑った。
「あいつは実直過ぎる。冷静なお前と足して二で割ったらちょうどいい。」
その言葉にアレクはドレイクの顔を見た。
「…何で俺のことを知ってる。昨日まで話したことも無かったはずだ。」
「何で知ってると思う?お前は俺についてある程度予測を立てているんだろう。わざわざこっそり呼び出して話をするくらいだ。」
ドレイクはふっと煙を吐いた。
「あくまで予測だ。政府軍側のスパイか、もしくはアルデバランのメンバーか。」
あっさりとそう言ったアレクを、ドレイクは驚きを持って見た。
「…さすが交渉のプロだ。相手を動揺させるのが上手い。」
「…動揺したのか?」
アレクの問いには答えず、ドレイクはニヤっと笑いながらタバコを灰皿に押し付けた。
「ついでに相当頭も切れる。よく昨日のあれだけでそこまで推測できたな。」
「…ソフィアが連れられていくのをお前だけが見たというのは不自然だ。もし他にソフィアと黒い軍服を着た人物が一緒に居ることを目撃した者が居たとしたらすぐに噂になるはずだがそれも無い。であればお前が予めソフィアが秘密警察に連れていかれることを知っていたと考える方がよっぽど自然だ。俺の部屋にフランツが居たことを知っていたのは不思議だったが、それについては食堂の前でお前とフランツが話しているのを目撃した者が居たから、そのときたまたま知ったんだろう。それでほぼ思いつきでフランツに知らせた。だから計画性が無く雑だ。俺の頭が切れるからでも何でも無い。」
「は、俺のせいってか。確かに雑だったかもしれないが、結果は予測よりうまくいった。フランツが動けないなら安心だ。」
「…それはフランツが拘禁されたり収容所に送られるのはまずい、ということだな。」
「ああ。あそこでフランツにけしかけて秘密警察と一悶着起こせば、軍での監視が厳しくなって動きにくくなるだろうと思ってやった。」
「そのせいで危うくフランツは射殺されるところだった。その可能性を排除しているということは、お前はブラウン中将と繋がっている可能性がある。」
その言葉にドレイクは改めてアレクを見た。
「…本当によく頭の回る奴だ。それで俺が政府軍側のスパイだと予測したのか。…アルデバランの方は?」
「ブラウン中将の発言が気になった。中将はソフィアの身の安全は保証すると言ったが、そんなことをわざわざフランツに言う必要はない。あの言葉はフランツの動きを少しでも止めるためだ。お前と同じようにフランツが収容所に送られることを避けるために。…まるでソフィアやフランツの味方になっている。つまり、ソフィアの兄の仲間だ。」
そこまで聞くとドレイクはポケットからタバコの箱を取り出した。
「吸うか?」
アレクが首を横に振ると、ドレイクは箱から新たに一本取り出して火をつけた。するとアレクは続けた。
「お前とブラウン中将が繋がっていることがほぼ間違いないとしたら、お前もアルデバランのメンバーか、ただの政府軍スパイとしての繋がりか…。だが、今のお前の反応を見ているとその両方の可能性が高いな。」
アレクの結論を聞きつつも、ドレイクは最初の一口を吸って深く煙を吐いてから、ようやく口を開いた。
「…正解だ。俺は政府軍側のスパイであり、アルデバランのメンバーでもある。」
アレクは答えを聞いても表情を変えずに続けた。
「目的は何だ。」
端的すぎる言葉にドレイクはふと笑った。
「シンプルな質問だな。俺の答えも単純だ。お前とフランツをアルデバランに入れること。」




