94話 秘密警察
「フランツ!!」
アレクは慌てて後を追いかけた。
「北側の門へ行け!!」
後ろから男が叫ぶのを聞きながら、アレクはフランツを追いかけて階段を降り、食堂の前の人混みを駆け抜けて官舎の外へ出た。
基地の北側にある門はここからそう遠くはないが、普段は閉鎖されているためほとんど人気のない場所だ。
街灯も少なく薄暗い先に門が見えかかったたとき、門の前の道路に数台の黒い車が停まっているのがわかった。その周りに黒い制服を着た人間が数人立っている。さらによく見ると、ソフィアらしき女性士官用の軍服を着た人物が車に乗ろうとしているのが見えた。
「ソフィア!!」
フランツが叫ぶと、確かにソフィアがこちらを見た。だがソフィアが何か言おうと口を開いた瞬間に周りの男たちによって車に押し込まれた。
フランツは信じられない気持ちでその様子を見た。駆け寄る足を一層早めたが、車の数メートル手前まで行ったところで突然黒い制服の男に止められた。
「これ以上近づくな!誰だお前は!?身分証を見せろ!」
「どけ!何で秘密警察がソフィアを連れて行く!?」
「黙れ!!何だその口の聞き方は!?同行理由は機密事項だ!」
フランツはその男を無理矢理振り払い、男は前日の雨でぬかるんだ地面に倒された。その瞬間車の周りに居た数人の兵士が銃を構えた。
「やめろ!撃つな!!」
追いついたアレクが咄嗟に叫んだ。すると先ほど倒された男がすぐに立ち上がり、フランツの胸ぐらを掴んでこめかみに銃口を突きつけた。
「貴様!こんなことをしてどうなるか分かってるんだろうな!?我々にはお前を即時銃殺する権利がある!下がれ!!」
フランツは一歩も引かず、相手を睨んだままだった。すると相手はついに引き金を引こうとした。アレクが咄嗟にその手を掴もうとしたとき、車の方から動くな!という声がした。
周りの男たちはその声の通りに固まった。声の主はこちらを睨むようにゆっくりと近づいた。
フランツに銃口を突きつけていた男はバッとフランツの胸ぐらから手を離し、一旦銃を収めて歩いてきた男に向かって敬礼をした。
「…誰だ貴様は。名を名乗れ。」
目の前まで近づいて来たその男は黒い制服の上に黒いロングコートを羽織り、落ち着いた低い声でフランツに対して命令した。
「第七空軍第35戦闘航空団所属、第一飛行隊のフランツ・リーベンデルクです。」
「…貴様は?」
「航空技術局ドルティーナ軍用機開発研究所所属、第一戦闘機開発室のアレクサンダー・ベルです。」
二人がはっきりと名乗ると、その男はしばし黙った。フランツはソフィアが乗せられた車を確認したが、車の前に二人の男が立ってこちらを見ている。どうやら目の前の男が戻るのを待っているようだった。
「貴様、階級は少佐か?…戦闘機パイロットだな?」
男はフランツの軍服に付いている階級章に目を留めた。
「…はい。」
フランツが返事をすると、その男は周りの男たちに銃を下げるよう合図した。男たちはすぐさま銃を下げたが、先ほどフランツに倒された男だけは食い下がった。
「ブラウン中将!その男は我々の任務を妨害しました。保護拘禁して収容所へ送るべきです!」
「ディールス、多少のことで軍の戦闘力を下げるような真似をするな。この男は若くして少佐になっている。相当な戦果を挙げていないとありえない。」
そうして男を黙らせると、ブラウン中将と呼ばれた男はフランツを見て言った。
「なぜ妨害しようとした?」
するとフランツは再びはっきりと答えた。
「ソフィア・セレーナが秘密警察に逮捕される謂れはありません。」
「…なぜそう言える?」
「セレーナはこれまでずっと戦闘機パイロットとして軍に貢献してきました。反政府的な発言をしたことも一度もありません。それは周りの人間に聞いたらすぐに分かることです。」
答えを聞いた男は再び黙ったが、すぐに周りの男たちを見て言った。
「行くぞ。そろそろ時間だ。」
兵士たちは命令に従って車の方へと歩き出した。フランツは咄嗟にその男を引き止めた。
「ブラウン中将!なぜセレーナを逮捕するのですか!!」
すると男はゆっくりと振り返った。
「…逮捕ではない。参考人として話を聞くだけだ。身の安全は保証する。」
さらに改めてフランツの目を見て続けた。
「フランツ・リーデンベルク、それ以上は発言するな。さすれば少佐とて放ってはおけん。」
ブラウン中将は再び背を向けて車へと向かった。フランツはそれでも食い下がろうと足を踏み出したが、アレクがそれを止めた。
「やめろ!お前まで拘束されるぞ!」
「離せ!!ソフィアがー」
「お前が収容所に送られたらソフィアは誰が救う!ここは一旦引け!」
そのときバタン、とドアの閉まる音がして、すぐさま数台の車が一斉に発進した。
「ソフィア!!」
フランツはアレクが必死に抑えるのを振り払って駆け出したが、すでに車は道路の向こうに過ぎ去って行った。
アレクは呆然とした様子のフランツに駆け寄った。
「…フランツ、ブラウン中将はソフィアに対して身の安全は保証するとはっきり言った。逮捕ではなく参考人としての事情聴取だと…」
「そんなの信じられるか!!秘密警察がどんな機関か知っているだろう!?軍の治安維持部隊とはワケが違う…!」
「わかってる、だが今はどうしようもない。すぐに救い出す方法を考えるぞ。」
アレクが戻ろうとすると、フランツはそんなアレクの片腕を掴んだ。
「アレク…ソフィアが連れ去られたのは、俺が諜報部に接触したからー」
「違う!!それは無い!お前が諜報部に反政府組織について聞いたからって、なぜわざわざ秘密警察がソフィアを事情聴取する!?お前を逮捕した方がよっぽど簡単だろう。」
フランツは混乱しているらしかった。アレクはこんなに弱々しいフランツは初めて見たと思った。だがその気持ちは痛いほどわかった。
秘密警察はあらゆる反体制組織やスパイなどを取り締まるための組織だ。警察と称していてもその組織体系は軍に近く、国防軍とは別の政府軍の指揮下に置かれている。同じく反体制組織ら政治犯を取り締まる役目を持っている国防軍内の治安維持部隊にとっては上位組織とも言えるものであり、政治犯の中でも特に社会に重大な影響を与えうる者や、巨大な組織に深く関与している者については、治安維持部隊ではなく秘密警察が独自に捜査・逮捕することになっている。
秘密警察はかねてより悪名高い組織として人々に恐れられており、突然の逮捕はもちろん、精神に異常をきたす程の厳しい尋問や残忍な拷問など、特にその冷酷無比さで有名だった。
「とにかく…ここじゃこれ以上話さない方がいい。基地の外に出た方がいいだろう。お前の家に行こう。」
アレクはフランツにそう促し、二人は家に近い正門の方へと歩いた。フランツは俯きながらアレクの数歩後ろを歩いた。ソフィアを目前で救えなかったことを激しく後悔していた。
アレクの部屋がある官舎の前を通り掛ったとき、官舎の入り口の壁に背をつけて立っていた男が二人を見つけて駆け寄ってきた。
「おい…、ソフィアはどうなった!?」
その男はアレクの部屋に来てソフィアのことを知らせてきた男だった。
「…連れて行かれた。」
アレクは事実をつぶやいた。なぜ連行されたのか聞かれるだろうと思ったが、男は何も言わなかった。
「ドレイク、頼む…。このことは誰にも言わないでくれ。」
フランツはその男を見て言った。すると男はすぐに答えた。
「言わねぇよ。俺のほかに見た奴がいたかどうかは分からないが…。フランツ、大丈夫か?」
「…必ず連れ戻す。あいつが潔白であることは明白だ。」
「ああ、誰に聞いてもそう言うだろう。あいつが逮捕されるなんてあり得ないってな。」
「ソフィアは逮捕されたんじゃない。参考人として事情聴取に呼ばれただけだ。…知らせてくれてありがとう。フランツの言う通り、必ず俺たちがソフィアを連れ戻す。」
アレクの言葉にドレイクは黙って頷いた。そしてフランツに向かって気をしっかり持てよ、とだけ声を掛けると官舎の方へと戻って行った。




