93話 説得
「フランツ!ちょっといいか。」
ソフィアと話をした翌日、アレクは早速基地内でフランツを探して声を掛けた。フランツがいつどう動くが分からないため、話すならできるだけ早い方がいいと考えていた。
「アレク?何だ、こんなところに居るなんて珍しいな。テスト飛行でもあるのか?」
訓練飛行を終えたばかりのフランツは格納庫で機体から降りたところだった。
「いや、そうじゃないんだけど…訓練中に悪いな。」
「大丈夫、ちょうどこの後休憩に入るところだから。」
フランツは共に帰投した隊員たちに向けて指示を出した。
「機体をチェックしたら司令室へ行けよ。後の奴らにも伝えてな。」
隊員たちがはい、と返事するのを聞いてから、フランツは着けていた操縦用グローブをはずしながらアレクの方に歩み寄った。
「どうした?」
「今日訓練が終わったら俺の部屋に来てくれ。話があるから。」
するとフランツはアレクの顔を見た。
「…話って?」
「そのとき話す。じゃあまた後でな。」
「待てよ!アレク、昨日ソフィアと会ったか?」
「…何で?」
「最近あいつ少し元気ないっていうか、ちょっといつもと違ってて。でも昨日家に帰ったら少しだけいつも通りのあいつに戻ってる感じがしたからさ。何かあったのかなって。」
アレクはフランツがすでに話の内容を予期していると思った。
「…確かに会った。お前の家で。」
「何を話した?」
「ここじゃ言えない。」
アレクはフランツの目を見た。フランツはそれで話の内容を確信した。
「…わかった。後でな。」
アレクの目を見返してそう言った。アレクは小さく頷くとすぐに技術局の方に掛けて行った。
フランツは夕方に訓練を終えるとすぐ基地内にある官舎に向かった。
官舎の一階には広い食堂が併設されている。食事時間前でぱらぱらと人が集まっている食堂の前を通り掛かったとき、たまたま同じ戦闘機パイロットの同僚に会った。
「フランツ、基地を出たんじゃなかったか?」
その男はタバコをふかしながら声を掛けた。
「ドレイク、ここで会うのは久しぶりだな。ちょっとアレクに会いに来たんだ。」
「ああ、設計士のアレクサンダー・ベルか。お前ら、航空学校時代から変わらないな。」
「そうだな…。お前がアトリアから軍に入ったのは、俺たちが初めてチャンピオンシップで優勝した年だって言ってたな。」
「ああ。その時は整備士としてな。お前らが優勝したときは驚いたが、まさかその後3年連続で優勝して、さらに軍に入ってからも活躍するなんてな。…そうだ、昇格おめでとう。その歳で少佐か。」
「俺はただ任務を遂行してるだけだ。それよりまた今度飲みに行こう。パイロットなんだから、タバコは吸い過ぎるなよ。」
フランツは片手でドレイクの肩をポンと叩くと、先にある2階へと続く階段へ向かった。ドレイクはそんなフランツの背中を少し見送ってから、官舎の外へと歩いて行った。
アレクは少し前に部屋に帰っていた。ラスキア軍内では大尉以上になると官舎の中でも個室が与えられる。設計士としての功績が認められたアレクは、技巧兵としては異例の早さで大尉への昇格を果たしていた。
ちょうど着替えを終えたところで部屋の呼び出しベルが鳴り、フランツを出迎えた。
「なんだ、軍服のままじゃないか。」
「最後に上との会議があって、そのまま来たんだ。」
手短に答えながら部屋に入ると、フランツはすぐに本題となる話を切り出した。
「お前の話は分かってる。俺を止めるためだろ。」
アレクはそれには答えず、キッチンに立ってコーヒーを淹れていた。
「まぁ焦るな、座れよ。」
あくまで普通にそう言って、部屋にあるソファに座るよう勧めた。アレクの部屋は北側の壁にぎっしりと本が収納された棚がある以外は、皮のソファと小さなテーブルとベッドがあるだけのかなりシンプルな部屋だった。
フランツは仕方なくソファに座ったが、すぐに口を開いた。
「止めても無駄だぞ。ソフィアから全部聞いたんだろ?ルアンさんのこと。」
結論を急ぐフランツを宥めるように、アレクはマグカップに淹れたコーヒーを持ってその一つをフランツに差し出した。
「ほら、飲めよ。焦るなって言ってるだろ。俺はまだやめろとも言ってないぞ。」
「…止めないのか?」
フランツはコーヒーを受け取りながらアレクに聞いた。アレクはソファの向かいにあるベッドに腰掛けてからコーヒーを一口飲み、ゆっくりと口を開いた。
「お前はどうせ止めたって聞かないだろ。だが問題はある。」
「なんだよ?軍や政府に疑われる可能性があることはわかってる。その上でやってるんだ。」
「そんなことは当たり前だ。問題は…お前は下手すぎる!すでにエルンスト大佐にバレてるぞ。」
フランツはギクっとした顔をした。真っ直ぐすぎるフランツは油断すると感情が顔に出やすい。特に長年一緒にいるアレクにはフランツの考えていることが手に取るようにわかった。
「ソフィアの兄のことは俺も全く気づかなかったが…、まぁ普段話題に出るような内容でも無いしな。とにかくお前には諜報活動は向いてない。そういうのは俺に任せろ。」
最後の言葉にフランツはパッとアレクの顔を見た。
「…何だって?」
「だから、俺がやる。お前は動くな。」
「だめに決まってるだろ!もしソフィアがそれを知ったらどう思う?自分がアレクに話したせいで巻き込んだって思うに決まってる!」
「わかってる。すでにソフィアと約束した。お前が言うことを聞かなくても、俺まで関わることは絶対にしないってな。」
「じゃあ尚更だ!ソフィアを裏切ることになるだろ!」
「ならお前が釈放のための動きを止めるか?それとも俺がソフィアにバレないように動くか、二つに一つだ。」
フランツは一瞬黙ったが、すぐに改めてアレクを見た。
「…俺が今後はソフィアにも他の誰にもバレないように動く。それでいいだろ。」
「よくない。一度バレたうえでお前がソフィアにも大佐にもバレずに動けるとは思えない。それに、諜報部との接触に気づいてるのがエルンスト大佐だけとは限らない。どこにあるかわからない監視の目を完全に出し抜いて引き続き空軍本部の中で動くことができるという確証を、お前は何か持ってるのか?」
「それは…、じゃあお前は持ってるのかよ!?確実にバレず、俺より上手くやれるっていう確証を。」
「持ってる。設計士の仕事の半分は関係各所との調整だ。軍上層部から要求が来るのはしょっ中だし、ドルティーナの技術局では全軍の武器開発をしてるから、空軍だけでなくあらゆる軍や政府、企業の関係者が出入りしてる。そんな中俺が誰に会っていたとしても大して違和感はない。」
アレクがフランツの目を見て答えると、フランツは再び黙った。確かに空軍を含む軍本部はかなり閉鎖的な組織のため、施設内に見慣れない人間がいるだけでどうしても目立つ。技術局のように外部の人間がうろついているというようなことはまずない。
フランツが考えを巡らせていると、アレクが畳み掛けるように言った。
「俺の方がうまくやれるって、正直お前もそう思うだろ。俺に任せろよ。そしてソフィアを安心させろ。諜報部に接触したが有用な情報は無かった、少なくとも大佐にバレた今は動くのをやめるって言うんだ。」
「…けど…、」
フランツが反論しかけたとき、突如部屋の呼び出しベルが鳴った。アレクが誰だと思いながら立ち上がると、今度は扉をドンドンと叩く音がして、何事かと思い玄関に駆け寄った。
「おい!!フランツはいるか!?」
ドアを開けた途端、目の前の男が焦って声をあげた。
「…何だ?」
アレクは官舎内でその男の顔を見たことあるはあったが、フランツがここに居ることを知っているという時点で少し訝しく思い、居るとも答えず聞き返した。
「今外でソフィアが連れられて行くのを見た!あれは多分…秘密警察だ。」
アレクが驚いて聞き返そうとした瞬間、フランツが部屋から飛び出して行った。




