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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
91/190

91話 相談

「アレク、いらっしゃい。今日はすごく寒いでしょ。どうぞ入って。」


 アレクはソフィアに迎えられて美しく掃き整えられた玄関から中に入った。少佐に昇格したフランツは基地外での居住を許されるようになったため、少し前から基地の外に家を借りていた。

 ソフィアはアレクと同じように基地内の官舎に住んでいたが、休日になるとフランツの家に来て家事などをこなしていた。フランツったら料理なんかこれまで一度もしたことがなかったのよ、よくあれで一人暮らししようなんて思ったものだわ、とソフィアは笑っていた。


「フランツは?」

 リビングに通されたアレクは上着を脱ぎながらフランツの姿が無いことに気づいた。

「今日は居ないの…、ごめん、ちょっと私がアレクに相談があって…。」

つぶやくように言いながら、ソフィアはアレクの上着を受け取って壁のハンガーに掛けた。

「相談?俺に?どうした…。フランツには話せないことか?」

「うん…フランツのことで相談があるの。アレクに話していいか分からないんだけど、他にこんなこと相談できる人なんて居ないし…。」

 少し沈んだ顔でソフィアは言った。その深刻そうな様子にアレクは戸惑った。昇格して広い家も借り、すでに結婚の約束をしている二人の間に何か問題があるとは思えなかった。


「俺でよかったら何でも聞くよ。俺にとって二人は家族みたいなものだから。」

「ありがとう。私にとってもアレクは家族同然よ。…こんなこと言ったら、イリーナに怒られるかな。」

「あいつはやきもちなんて焼かないよ。ソフィアとフランツはみんな公認の仲だしな。」

 アレクの言葉に、二人は顔を見合わせて微笑んだ。


 ソフィアは今紅茶を淹れるから座ってて、と言ってキッチンに入った。アレクはいつも通りリビングにあるソファに座った。

「アレクは最近残業続きでしょう?ちゃんとごはん食べてる?」

キッチンで紅茶を準備しながらソフィアが心配そうに声を掛けた。

「食べてるよ。大丈夫。新型機の開発で少し忙しいけど、こうして休みは取れてるし。」

「そう?無理しないでね。でも新型戦闘機開発の設計主任に抜擢されるなんて本当にすごいわ。これまでアレクが改良した機体はどれも成果を上げてるものね。」

「そんなことないよ。今回だってメルクシュナイダー社との共同開発だから、向こうの設計士や技術者にかなり助けられてる。それにすごいのはフランツだろ。この歳で少佐になるなんて、佐官の最年少記録を更新したってな。」

「そうね…戦闘機に乗ったフランツは別人みたい。普段は料理も洗濯もできない人なのに。戦闘に熱中してるときは周りが見えなくなることがあるからそこが心配だけど…。」

 ソフィアは紅茶を淹れたポットとティーカップをお盆に乗せ、リビングにあるローテーブルに運んだ。そして丁寧にポットからカップへ紅茶を注いだ。


「…相談は結婚に関する件か?フランツの両親に反対されてるって…。」

「ううん、そうじゃないの。フランツのご両親が反対されるのは当然だわ。リーデンベルク家は名家だし、貧困街出身の相手なんか許すはずが無いもの。フランツは分からないけど、私は結婚にこだわってるわけじゃない。今一緒に居られるだけで十分幸せよ。」

 ソフィアは何事も無いように微笑んだ。紅茶を注ぎ終わるとアレクに差し出し、自分もソファに座った。

 アレクは二人の結婚がうまくいって欲しかったが、それ以上は自分が口出すことでは無いと考えて口をつぐんだ。階級の違いを理由に反対する両親に、フランツが納得するわけがない。ソフィアのためならきっと家と縁を切ってでも一緒になるだろうとアレクは思った。


「相談はね、全然違う話で…。実は、最近フランツが諜報部の人間と接触してるみたいなの。」

 アレクは思いもしない言葉に面くらった。

「諜報部…?一体何のために?」

 ソフィアは紅茶の入ったカップを置いてから、改めてアレクを見た。

「ずっとアレクには言おうと思ってたんだけど…、実は、私の兄は今収容所にいるの。6年前に政治犯として逮捕されて以来ずっと。」

 アレクはまたしてもソフィアの唐突な言葉に戸惑った。ソフィアに兄がいることは知っていたが、収容所にいるなどということは初めて聞いた。

「政治犯として…?治安維持部隊に逮捕されたのか?6年前って…俺たちがまだ軍に入る前だな。」

「そう。6年前のチャンピオンシップの日よ。私とフランツが初めてちゃんと話をしたのもあのときだった。もしあのときフランツと話をしていなかったら、私が今ここにいることなんて考えられなかった…。」


 それからソフィアはチャンピオンシップでフランツと交わした会話の内容から、軍に入って兄との面会を果たし手紙のやり取りをするようになるまでのことを全て語ってくれた。それはアレクにとっては初めて聞くことばかりだった。

「そんなことがあったなんて…全然知らなかった。フランツからもそんな話少しも聞いたことがなかったし。」

「そう…。アレクに言わないって二人で決めていた訳では無かったんだけど、きっとフランツは何かしらアレクに影響があることを考えて言わなかったのね。私もそうだから。…ずっと隠しててごめんなさい。いえ…言ってしまったことの方を謝らないといけないわ…。」

「そんなことない!話してくれて嬉しいよ。むしろ二人が大変だったときに俺は何も力になれなくて…。今フランツが諜報部の人間と接触しているのは、そのソフィアのお兄さんに関連しているということだな?今度はちゃんと力になるから、俺に全部話してくれ。」

 アレクは真っ直ぐにソフィアを見て言った。ソフィアはアレクの言葉をとても心強く思った。

「ありがとう…アレクに相談してよかった。」

 柔らかく微笑んでから、ソフィアは改めてアレクに自らの考えを話した。

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