89話 希望
収容所を出たフランツは、憔悴したソフィアを支えて近くの大きな公園に寂しく置かれていたベンチへと座らせた。そしてそっとその隣に座ると、静かに語りかけた。
「…ソフィア、よく聞け。俺はルアンさんが言っていたことは嘘じゃないと思う。何かしらの釈放される可能性を持っていると思うんだ。」
ソフィアは信じられない気持ちでフランツの横顔を見た。兄のあの言葉は自分を宥めるための虚言に近いものだと思っていた。
「それは…私を慰めるために言っているの?裁判さえ開かれない状態で、どうやって無実を証明すると言うの?」
「それは分からないけど…、ルアンさんはある程度の情報は手に入ると言ったし、体に傷も無くて拷問なども行われていないことが見て取れた。収容所内か外かは分からないけど、俺は…ルアンさんにはある程度の力を持った協力者がいるんじゃないかと思うんだ。釈放についてもそう遠い未来じゃないと明言していた。もし完全な虚言であったならそんな期待を持たせることは言わないと思う。」
その言葉はソフィアにほのかな希望を与えた。フランツの言ったことは確かに可能性のあることではあると思えた。
「それに…最後のあの言葉は何かを暗示しているかのように思えた。ソフィア、お前もそう思わなかったか?」
「…それは私も思った。なぜなら…ヴァシリア叔母さんはとっくに亡くなっているの。」
ヴァシリア叔母さんはソフィアの母の姉で、中流階級の男性に見初められて結婚し、貧困街を出てセントラルにある中流階級の人々が住むアパートで暮らしていた。だが結婚相手の男性は早々に病気で亡くなってしまい、まだ子供もいなかった叔母さんは一人になった。ソフィアが小さい頃には兄と共によくその家に行って可愛がってもらっていた。貧困街で暮らす私たちを不憫に思い両親に対して二人を引き取ることを申し出ていたほどだったそうだが、叔父が亡くなってたったの数年後、ヴァシリア叔母さんも同じ病気にかかってこの世を去った。
「亡くなった人に手紙を書けというのは、明らかに何かある。もしかしたら協力者と繋がれるか…。とにかく、手紙を出してみよう。何かしらの返事が来る可能性がある。」
ソフィアは頷いた。二人は箱の底に残った希望を掬い取ろうとしていた。
一ヶ月後、その結果は思いの外すぐにもたらされた。それはソフィアにとってこの上ない喜びを与えてくれた。
「フランツ!!これを見て!!」
当時二人が配属されていた前線基地内の寮の前でフランツを待っていたソフィアは、任務を終えて帰って来たフランツを呼び止めて人目につかない場所に誘うと、輝くような笑顔で一通の手紙を差し出した。それはルアンとの面会の直後に出した手紙に対する返事だった。
中身を見てフランツは驚いた。協力者からの連絡かと思いきや、本人直筆の手紙だったからだ。
「これは…確実にルアンさん本人からのものか?」
「間違いないわ!この筆跡は確実に兄のものよ。まさか直接返事が来るなんて思いもしなかったわ…!」
フランツはあのチャンピオンシップで話したとき以来、ソフィアの心からの笑顔を見たのは初めてかもしれないと思った。その笑顔はあまりに美しかった。
「本人からの手紙が運ばれるなんて…確実に内部にも外部にも協力者がいないとできないことだ。やはりあの釈放を諦めてないと言った言葉は本当だったんだ…!」
ルアンの現状が思っていたよりも明るいものだったことが分かって、フランツも笑顔になった。するとソフィアはふいにフランツに抱きついた。
「ありがとう…!本当にあなたのおかげよ。面会ができなかったら兄の状況を把握することも、ましてや手紙のやり取りができるようになることなんて不可能だったわ。」
「…俺は何もしてないよ。ただ一緒に嘆願書を出しただけだ。」
「いいえ、あなたの活躍が無ければ面会が許されることなどあり得なかった。そもそもあのチャンピオンシップであなたと話してなかったら、私は軍に入ることさえできずにどうなってたかわからない。…フランツは、私の希望だわ。」
するとフランツはソフィアの腕を優しく掴んで体を離し、真っ直ぐにソフィアの目を見た。
「俺にとってのお前は、すでに無くてはならない人だ。ソフィア…俺は何があってもお前を守るよ。」
ソフィアはハッとしてフランツの目を見返した。二人は少しの間言葉も無く見つめ合った後、自然と初めてのキスをした。そのまま強い力で抱き合って、お互いの存在を深く胸に抱いた。




