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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
88/190

88話 面会

 正式に兵士となってから一年後、ソフィアとフランツはついにルアンとの面会を許された。


 訓練兵時代の同期で治安維持部隊に配属された仲間から投獄後の政治犯の状況について少しずつ情報を得た結果、有力な人物による根回しや大金の賄賂など、特別な条件が無い限りすぐの釈放は難しいと知った。

 ただ、政治犯全てが拷問を受けて苦しい獄中生活を送っているわけではないということもわかった。テロや暴動などで人を死傷させたり、背後に大きな組織があることが確実に疑われる場合は別だが、それ以外の比較的罪の軽い者は刑務所の中でも決められた労働以外はある程度の自由があり、本や新聞を読むこともできるという。


 面会も手紙のやり取りも全面的に禁止されているということだったが、ソフィアとフランツは兄の状況を確認するため、まずは面会を求める嘆願書を治安維持部隊の上層部に連名で提出した。それは二人が兵士になってから三ヶ月後のことだった。

 訓練生を卒業したばかりの無名の兵士の嘆願書など当然のごとく無視されたが、二人はその後も諦めずに何度も提出を繰り返した。


 そんなときにフランツに最初の出撃命令が出た。異例の早さの戦場デビューだったが、訓練生時代のフランツの操縦を見た空軍少佐からの直接の指名によるものだった。フランツはもちろん戦場に行くことも敵を撃つことも初めてだったが、すでに覚悟を決めていた。また嘆願書を認めさせるためには、自分が実績を上げて少しでも影響力を高めることが必要だとも考えていた。


 フランツは初戦で五機を撃墜して周囲を驚かせた。兵士になってわずか5ヶ月にして単機で撃墜を成功させること自体、かなり特異なことだった。

 さらにその後の出撃でも確実に撃墜数を稼ぎ、フランツは前線で一躍有名になった。そして兵士になってわずか10ヶ月ほどで中尉に昇格した。10代の中尉の誕生は空軍史上初のことだった。


 そんな中でもフランツはソフィアと共に嘆願書の提出を続けた。フランツの活躍と中尉への昇進を知った治安維持部隊の上層部は、その嘆願書を簡単には無視できなくなっていた。そのせいでようやく一度だけの面会を許した。それは二人が兵士になってちょうど一年後のことだった。


「フランツ…ありがとう。あなたのおかげよ。昇格して名声を得た後にも何度も一緒に嘆願書を出してくれるなんて…。政治犯に関係してるなんて知られたらあなたの名誉が傷つけられる恐れだってあるのに。」

「俺は戦場で人を殺し続けてるだけだ。相手にだって大切な人や家族があるに違いないのにもかかわらずな。でも…俺は前に進む。敵に国を蹂躙されたら、苦しむ人の数は戦場での何倍にもなる。俺たちはそれを阻止しなくてはならない。」

 フランツの目は以前のような無邪気な少年の目では無かった。国を守る兵士としての覚悟がそこに現れていた。



 二人は共に面会所に足を踏み入れた。後ろで鉄製のドアが音を立てて閉まったとき、ソフィアは兄の姿を想像して心臓の音が聞こえる程に緊張した。

 しばらくすると面会用のガラスの向こうにある扉が開き、ついにルアンが姿を見せた。

「お兄ちゃん…!!」

 ソフィアは姿を見た途端に駆け寄り、冷たいガラスに手を掛けた。

 ルアンは色白で痩せていたが顔色が悪い様子は無く、顔や腕を見ても傷などは一切見られなかった。ソフィアは一年半ぶりに澄んだ兄の目を見て涙が込み上げた。


「ソフィア、久しぶりだな。またお前は…泣くな。ここからじゃあ拭うこともできないだろ。」

 ルアンは優しく微笑んだ。フランツはそれまでにソフィアからルアンについて色々と聞いてはいたが、顔を見るのは初めてだった。ルアンの顔はソフィアと同じように整っていて、美しかった。


「お兄ちゃん…体は大丈夫なの?傷つけられたりしてない?」

 ソフィアは答えを聞くのが怖かったが、ルアンは穏やかに答えた。

「大丈夫だよ。どこも怪我なんてしてない。もちろん制限はあるが本や新聞も読めるし、ある程度の情報は手に入る。」

 続いてルアンは後ろに立っていたフランツに視線を向けた。

「君は…フランツ・リーデンベルク君だね。ソフィアと一緒に何度も面会の嘆願書を出してくれていたそうだな。…ありがとう。ソフィアの力になってくれて。」

 フランツは制帽を持った手を胸に当ててすっと頭を下げてから、ルアンの目を見て口を開いた。

「…自分はまだ面会の嘆願書を出すことしかできていませんが、必ずあなたをここから救い出します。それまでもう少しだけ待ってください。」

 するとルアンはフランツににっこりと笑いかけた。

「ありがとう。その気持ちだけで十分だ。」

 それから改めてソフィアを見ると、はっきりと言った。

「ソフィア、会えて嬉しいよ。だがもう二度と嘆願書を出してはいけない。ここで会うのはこれが最後だ。」

 ソフィアは驚いてルアンを見返した。

「どうして…!?まだ釈放がいつになるか分からないし、それまではせめて面会だけでもー」

「だめだ。君たちは軍人だ。政治犯のところに何回も面会に行くなんて、軍の規律を乱す要因として排除の対象になってもおかしくない。」

「私はお兄ちゃんを救い出すために軍に入ったのよ!その為なら何だってやるわ!」

「…ソフィア、落ち着け。ここでの会話は全て聞かれている。」

 小声で告げると、ルアンは改めて二人を見た。

「君たちには君たちの人生がある。もちろん僕には僕の人生があり、ここに入ることになったのも自分がこれまでしてきた選択の結果だ。後悔はしてないよ。自分の信念に忠実に生きることができて、僕は満足だ。」

 ルアンの声は狭い部屋に優しく響いた。ソフィアは溢れ出る涙を抑えることができなかった。

「君たちは軍人として、この国の人々を守ることを心に決めているんだろう?それは正しく、美しいことだと思う。やり方は僕と違うが、大衆のことを想う本質は同じだ。君たちにもただ自分の信念に忠実に生きて欲しい。もし今後また君たちが嘆願書を出して面会が許されたとしても、僕は拒否する。釈放のために何か動こうとしても無駄だ。政治犯には裁判さえ開かれない。」

 ソフィアは言い返そうとしたが、胸が詰まって声が出なかった。するとルアンはフランツの目を真っ直ぐに見た。

「フランツ、もし君がソフィアを大切に思ってくれているなら…、もうソフィアをここに近づけないと誓ってほしい。」

 フランツはルアンの力強い目を見返した。そこには妹を守りたいという強い思いと、自分の人生への誇りのようなものが感じられた。

 フランツは黙って見返したまますぐには返事が出来なかったが、ルアンは決して視線を外すことはなかった。


「…わかりました。誓います。」

 考えた末、フランツはルアンの思いに応えた。ソフィアを大切に想う気持ちは、すでにフランツの中で揺るぎないものとなっていた。

「だめよ!!これが最後なんて…そんなこと言わないで!私なら大丈夫よ。一人でだって私は−」

「ソフィア、僕は釈放を諦めていると言っているわけじゃない。僕の行動が正しいものであることはいつか証明される。そしてそれはそう遠い未来じゃないと思ってる。…だから、決してこれが最後の別れじゃないよ。釈放されたら一番にお前に会いに行く。」

 ソフィアはその言葉をそのまま信じることはできなかった。裁判さえ開かれない現状で、兄がどうやって無実を証明しようとしているのか分からなかった。


 そのときルアンの後ろにある扉が開いて、刑務官が部屋に入って来た。男は時間だ、と言うとルアンの腕を掴んで手錠をかけた。

「待って!!まだー」

「ソフィア、つらいときにはヴァシリア叔母さんに手紙を書きなさい。きっとお前の力になってくれる。」

 ルアンは扉の向こうに消えた。扉が閉まった瞬間にソフィアは泣き崩れたが、フランツがそれを支えた。

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