84話 親友
「なぁ、次のレースも見に行くだろ?一緒に行こうぜ!お前の家まで迎えに行くからさ。」
キディラインの大会でたまたま出会った二人は、同じ歳だったことと二人ともかなりの飛行機マニアだったことで、少し話しただけですぐに意気投合した。さらにセントラルに帰ってからも連絡を取り合い、学校帰りにしょっ中会って急速に仲良くなっていた。
この日も学校帰りに二人で大手航空機メーカーの敷地近くにある滑走路を臨める公園までやってきて、ときたま飛び立つ様々な種類の機体の眺めを楽しんでいた。
「でも、悪いよ。お前のとこの車に乗せてもらうなんて。それにうちの前まで来たら目立つし、親も何て言うか…。」
「じゃあ港の公園で待ち合わせしようぜ。俺の家からすぐだからさ。車は兄弟で自由に使っていいことになってるから気にするなよ。その日は兄貴も出かけてるし。」
アレクの家は中流階級の一般家庭で、フランツは代々政治家家系の上流階級の家で育った。そのため学校も別々で、それぞれの階級の子供達が通う学校に通っていた。
アレクは上流階級の家の子供であるフランツに若干引け目を感じていたが、フランツの方はそんなことは微塵も考えていないようだった。
フランツの提案に、アレクは少し考えてから答えた。
「…わかった。じゃあそうしよう。次の開催地はフロイデンレイクだな。誰が優勝すると思う?」
「そりゃ、ベルナルディだろ。マッキM39、最新型だ。テスト飛行で去年チャンピオンシップで優勝したカーチスの記録を抜いたって噂だし。」
「でも、カーチスも機体を改良して臨むって話だよ。R3C-3。パイロットのスキルトはベテランだし、どっちが勝つか分からないよ。」
「うーん。あ、航空学校のチームはどうかな?前回は7位だったけど、だんだん順位を上げてきてる。」
「航空学校…?いや、優勝は無理だろ。航空学校のチームが優勝した例なんて過去にも数えるほどしかないよ。」
アレクはフランツの言葉を不自然に思いながらすぐに否定した。するとフランツはそれに反論した。
「そんなの分からないだろ!経験は浅いかもしれないけど、大勢いるパイロット候補の中で厳しい選抜を抜けて代表チームになったんだ。優勝する可能性だって十分ある。」
「なんだよ、やけに庇うな。まぁ、そりゃあの制服はかっこいいって思うけどさ。エリートって感じだよな。」
その言葉にフランツは少し眉をひそめた。
「そうか?俺は制服なんてどうでもいいけど…。あのさ、アレクは義務学校を出た後どの学校に行くんだ?」
唐突な質問にアレクは困惑した。
「まだ決めてないよ。もちろん航空機関連の勉強ができるところがいいなとは思ってるけど…」
それを聞いた途端、フランツの顔がパッと明るくなった。
「じゃあさ、俺と一緒に航空学校に行ってレースに出ようぜ!俺とお前が組んだら絶対優勝できるって!!」
その完全に屈託のない笑顔を見た途端、アレクはサッと顔を逸らした。
「…どうした?」
ぽかんとした様子のフランツに、アレクは目を逸らしたまま答えた。
「お前、知らないのかよ…。航空学校に行けるのはお前みたいな上流階級の家の子供だけだ。俺たち中流階級以下の子供には元々無理なんだよ。」
「は…!?何だよそれ?もちろんレベルは高いけど、勉強さえしたら誰でも行けるはずだろ?」
「違うよ…。航空学校なんて、一部のエリートの集まりだ。俺みたいな一般家庭には無理だよ。」
「…嘘だろ?そんなのおかしいよ!俺はお前ほど飛行機に詳しい奴を他に知らない。お前が入れないなんてあり得ないって!学校の先生に聞いてみるよ、きっと−」
「いいよ!やめろ!!…俺は航空学校なんて行きたくない…。行きたきゃお前一人で行けよ!」
吐き捨てるように言って、アレクは突然駆け出した。
「おい!アレク!」
呼び止めるフランツを無視して、アレクは公園から走り去って行った。
翌日以降何度もフランツから電話が掛かってきたが、アレクはその度にいないと言ってくれと伝えて一切出なかった。
身分の違いを突きつけられたことにショックを受け、もうフランツと関わるのはやめようと思った。自分と同じレベルで思いっきり飛行機の話ができる相手を失うのは正直かなり残念だけれど、このまま仲良くしてもだんだん自分が辛くなるだけだということが、幼いながらも何となく分かっていた。
そのまま一週間が過ぎた頃、学校が終わってアレクがいつものようにクラスメイトと一緒に帰ろうとしたとき、校門のあたりで誰かが揉めているのを発見した。
周りに人垣ができ始めていて、アレクも何かと思って覗き込むと、驚いたことにそこに居たのは学校の制服を着たフランツだった。
「人を尋ねただけだろ!何でそんなに突っかかってくるんだよ!?」
「うるせぇ!上流階級の奴がこんなところに来るな!どうせ冷やかしだろ。俺たちを見下してー」
「は…!?そんなこと全然思ってねぇよ!」
「嘘つけ!!お前らはいつだって…」
「フランツ!何やってるんだよ!?」
アレクは咄嗟に声を掛けた。同時にフランツの腕を引っ張って相手から引き離そうとした。
「アレク!お前を探しに来たんだよ。電話にも全然出ないしー」
「バカ!だからって制服でこんなとこまで来るな!行くぞ!」
アレクはフランツの腕を掴んだまま駆け出した。
「おい!逃げるのか!?」
相手の言葉にフランツは一瞬引き返そうとしたが、アレクは力一杯引っ張ってそれを阻止した。しばらく走って十分学校から離れたところまで来てから、やっと手を離した。
「…何しに来たんだよ、フランツ。」
息を整えつつ、アレクはフランツに向かって罵るように冷たく言い放った。
「この前、まだ話の途中だっただろ。航空学校の件でー」
「もう話は終わっただろ!俺は行けない…行かないって!」
アレクはフランツを睨んだが、フランツは真っ直ぐにその目を見返した。
「調べたら確かにお前の言う通りだった。航空学校の生徒は全員上流階級と言われている家の子供だ。」
「だからそう言ったじゃないか…。それをわざわざ言いに来たのか?」
「違う。その原因を先生に聞いたら、学費が高いことと他の階級の子供が馴染めないからだって言ったんだ。でも学費の方は奨学金制度がある。義務学校を首席で卒業して入試でトップクラスの成績を取れば、その生徒が希望した場合学費の半額が免除されるって。もちろん階級なんか関係なく。」
それを聞いたアレクは少なからず動揺した。
「でも…もしそれで入れたとしても、馴染めないってのはその通りだろ。俺だって嫌だよ。何もしてないのに最初から見下されたりしたら−」
「そんなことしねぇよ!それはお前の勝手なイメージだろ。それにもしそんな奴がいたとしても、俺がいるから大丈夫だ。」
今度は驚いて顔を上げ、アレクはフランツの真っ直ぐな目を見返した。
「お前は義務学校を卒業したら航空機関連の勉強がしたいって言ったよな?それなら航空学校より最適なところなんて無いだろ。目標が達成できそうな条件が目の前にあるのに、階級がどうとかそんなつまんない理由で諦めるのかよ!?
…俺は、初めて自分より飛行機に詳しくて、同じくらい夢中になってる奴に会ってすごく嬉しかったんだ。そんな奴に簡単に目標を妥協して欲しく無いし、お前と一緒なら航空学校の代表チームで優勝できるって本気で思ってる。」
フランツの目は真剣だった。アレクは何でそこまで自分に対して熱くなれるんだろうと思いつつ、正直フランツの言葉にかなり心を揺さぶられた。
自分はハナから諦めていた。階級のせいにして、本気になってから失敗することを恐れていたのかもしれない。
「……わかったよ。俺も…本当はお前と一緒にレースに出られたらどんなに面白いだろうって思ってたんだ。こんなに思いっきり飛行機の話ができる相手なんて、お前以外に居なかったし。」
アレクの答えを聞くとフランツは途端に笑顔になった。
「じゃあ決まりだな!!二年後にはお互い航空学校の生徒だ!」
「決まりって、簡単に言うなよ!俺は首席取った上に入試でもトップクラスに入らないといけないんだぞ。」
「お前頭良いから大丈夫だよ。100年近い歴史のあるチャンピオンシップの歴代の優勝者と機体を全部言える奴なんてそうそう居ないぞ。」
「それと学校の勉強は違うだろ。…もちろんこれから本気でがんばるけどさ。」
「うん。俺ができることがあったら何でも協力するよ!一緒に頑張ろうぜ。」
フランツはいつもの屈託のない笑顔で笑った。
その顔を見たアレクは、それまでも何となく感じていた、フランツが持つ強力に人を引っ張っていく力の強さのようなものを改めて感じた。それどころかすでにその魅力に取り込まれている気がする。さらに目の前の人物が自分にとっての一生の親友になることを直感した。




