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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
81/190

81話 小悪魔

「ジルベール・ド・ノヴァーリス君、君の父親はアトリア州議会議員だったな。であれば今父親がラスキアードに召集されている理由を少しは聞いているだろう。6月20日の両院協議会でアトリア特別行政法の改正が決議される。アトリア議会を廃してラスキア政府がアトリアを直接支配するための法案改正だ。」

 ジルベールは頷いた。すでに機密情報を知っている自分のことをアルデバランがある程度調べていたといても不思議ではないと思っていた。するとエラルドは続けた。


「そのことと政府の現状を知った今、君達にもこの後に残されたアトリアが歩む道を想像することができるだろう。他国の植民地と同様にラスキアの奴隷と化すであろうアトリアの人々の苦しみを。…我々アルデバランはそれを阻止するために立ち上がる。」

「でも、それは戦争を起こさなければ阻止できないことですか!?過去には民衆が蜂起して武力を伴わない革命が成功した例もあります。穏健派であるアルデバランは、それを追求するべきなのではないですか!?」

「もちろんだ。かつて結成当初のアルデバランはそれを目指していた。だが世界各国で民主化を求める動きが活発化し、戦争や内紛が頻発している現代で、完全に無血による革命を成功させることは奇跡に近い。君が言うように過去にも例があることはあるが、それには当時の最高権力者が世の中の流れを見定める目を持っていることが条件となった。そのため成功例は非常に少ない。…今のフライスラーがそれをできると思うか?」

 クリスは何も言えなかった。フライスラーの発言からして、今更アトリアの要望を少しでも聞き入れるなどということは考えられない。


「こうなってしまった今ではすでに遅い、ということですか。ここまで悪化するまでに少しでも軌道修正することは出来なかったんですか…?」

 過去を悔いても仕方ないと分かりつつも、クリスは現状を嘆かずにはいられなかった。

「元々アルデバランではそちらの計画を進めていた。平和的な解決を目指し少しずつ国会内にアトリア派の議員を増やしていった。それ自体はアトリアへの支配のスピードを遅らせるには長年効果を発揮してきたが、ラスキア州議会の弱体化と共に効力は弱くなっていった。そしてアトリアへの圧政が顕著になり出した約30年程前から、アルデバランは武力を持つことを決断して政府内での議席獲得と武力抗争による二つの作戦を同時進行させるようになった。

 だが、七年前にフライスラーが共和党の党首となり頭角を現してから状況は一変した。国会内は一気に強硬派が占め、同時に当時リーダーであったハンスの父親をはじめ多くの幹部や議員候補たちが一斉に暗殺された。そのタイミングは余りに急だった。その年の選挙でフライスラーが大統領になりアトリアへの支配が進むと同時に蜂起を計画していた我々は、その直前で頓挫せざるを得なかった。」

「…そして今度は完全に武力による独立戦争に舵を切ったんですか?」

「ああ。議席獲得の方は一度計画が明るみに出たらもう易々とそれを回復させることは出来ないだろう。再びかなり長い年月をかければ可能かもしれないが、少なくとも二十年やそこらでは難しい。六年前にアトリアによる反乱の兆しを如実に突きつけられた政府はアトリアへの締め付けをより厳しくし、特に貧困街の状況はさらに悪化していった。そんな状態をアトリアの人々が二十年も耐えられるとは思えなかった。

 一方武力面でも完全に計画を練り直す必要があったが、そちらはある人物の活躍によって六年前に大きく前進できる確約を得て、現状ではすでに武器や資金において一国家並みの武力を有するところまできた。

 ただ、正直強大な軍事力を持つラスキア軍に対抗するには特に人員の面で不足している。再構築された計画では武力抗争を起こすのはあと三年ほど先で、それまでに反政府組織を統一させ後顧の憂いをなくし、かつ十分な戦闘員を確保する予定だったからだ。だが、突然レグルスが起こしたこの前の事件によって、早々に口火を切らざるを得なくなった。」


 三人はその話をただ黙って聞いていた。エラルドの説明は淡々としていたが全て筋が通っていて、こうなってしまった今はアルデバランが起こそうとしていることを否定する術はないと思った。アトリアの人々が奴隷にならずに生きていくにはもう戦争を起こすしか他に方法が無いという現実が、三人の心に大きくのしかかった。

「…よく分かりました、詳しく説明して頂いてありがとうございます。」

 クリスは俯いたままぽつりと言った。するとゾフィーが顔をあげてエラルドを見た。

「エラルドさん、私はアルデバランのしようとしていることは間違っていないと思います。アトリアの人々が生きていくには他に選択肢がない。やはり私は−」

「その先を言うのは少し待ちなさい。横の二人もそう思っているだろう。」

 ゾフィーの言葉を遮ってエラルドが言った。すると二人は頷き、ジルベールがゾフィーを宥めるように声を掛けた。

「ゾフィー、お前の気持ちはよくわかる。俺も同じ気持ちだ。だが、アルデバランが戦争を起こさなくてはならないことと、お前が戦争に加担するかどうかはまた別だ。…まだ時間はある、それまで一緒に考えよう。」

 するとエラルドは再び少し微笑んだ。そして改めて三人を見て語りかけた。


「十分に考えたうえで、それでももし君達が我々の仲間になりたいと言うなら…、6月20日にホマユーン広場に来なさい。我々はそこで大規模なデモを予定している。」

 その言葉にゾフィーは真っ直ぐエラルドを見た。

「正直君達のような優秀なパイロットが来てくれるのは、人員不足の我々にとっては願っても無いことだ。だが、我々はどんな人物に対しても組織に入ることを強要することはない。金や脅しを使って組織に入れたとしても、逆に内部から崩壊しかねない毒素に変化し得るからだ。それに、人間の強い意志以上に組織を強化するものはない。心から我々に賛同して一緒に闘ってくれると言うなら、無論我々は君達を歓迎する。」

 エラルドは席を立った。すると自然と三人も立ち上がった。

「エラルドさん、貴重なお時間を頂いてありがとうございました。僕は…あなたを尊敬しています。」

 クリスの言葉に、エラルドは柔らかい声で応えた。

「それは俺の君達に対する気持ちと同じだ。その年でしっかりと自分の歩むべき道と大切な人のことを考えられている。クリス、ジルベール、ゾフィー、あくまで君達は自分自身で選択するんだ。誰かに言われて決めるんじゃない。…ハンスもきっとそうする。」


 扉の向こうに消えたエラルドの背中を、三人は立ったまましばらく見つめていた。

 アンネの案内で基地の外に出ると、アトリアの眩しい太陽が三人を迎えた。少し歩いて基地から離れたとき、ゾフィーがふいに二人を振り返った。


「クリス、ジルベール、ありがとう。二人が居てくれてよかった。…二人とも大好きよ。」

 それは久しぶりに見たゾフィーの微笑みだった。深刻な話の直後に突然そう言われたジルベールは、赤面した顔を隠そうと咄嗟に目を逸らした。

 一方クリスはゾフィーが完全に天然の小悪魔だということを改めて認識し、決して逸らすことのできないその美しすぎる顔を見て、残念ながら今後自分たちが大いに翻弄されるであろうことを悟った。

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