79話 準備
「ドレイク、無事戻れてよかった。それにこの状況下でよく本土の仲間を無事アトリアに召集してくれたな。」
「ああ。航空部隊も順次こっちに移動させてる。本土の基地は一部を残して廃棄したし、内部の体制は整ってきたな。」
「そうだな…こっちでもアンネが中心となってデモの準備を進めている。アトリアの各地方にも直接呼びかけて周っているが、みな覚悟を決めているということだ。間違いなくアトリアの歴史上最大規模のものになるだろう。」
「…レグルスの動きは?」
「相変わらずだんまりだ。やはりあの事件時にバルタザールが現場にいたことは確実と思われるが、軍側が発表した通りに実行犯が全員射殺されたなどということは考えられない。次にどう動くのかはまだ未知数だが、全く連絡方法が無いわけではないからこちらから再度の会談要請は出している。現時点で返事は一切来てないがな。」
そこまで言うとエラルドはテーブルを離れ、近くにあった椅子に腰掛けた。ドレイクはテーブルの上に広げられた各方面からの報告書を一枚ずつ手にとって確認していた。
「…ところで、ハンスは無事アレクの元に送り届けたか?」
エラルドがふと尋ねると、ドレイクは報告書から一切目を離さないまま答えた。
「くそ面倒だったが無理やり連れて行った。今思えばもっと殴っておけばよかったな。これ以上生意気な真似をしないように。」
その答えにエラルドはふっと笑った。
「そうだな。目の前でまたあんな無謀なことをされてはたまらない。…アレクには会ったのか?」
「…いや。アレクは俺たちに会うことを望んでいないだろう。向こうからの連絡はたまにあるが、こちらからは接触しないというのがアレクの出した条件だ。…そうだろ?」
「ああ…。だがそれも6年前の話だ。いよいよこの状況だし、今アレクが戻ってくれればこの上なく心強いんだがな…。俺よりも遥かにリーダーに相応しい。アレクが戻るなら、俺はすぐにでもこの役目を譲る。」
「お前にリーダーを押し付けたのは申し訳なかったと思っているが、お前は期待以上にアルデバランを強大にしてくれた。その功績は全員が認めてる。今更弱音を吐くなよ。」
「それができたのはアレクが見事にカザンとの密約を取り付けてくれたからだ。資金面でも武器調達の面でも、カザンの協力が無ければここまで巨大な組織に成長させることはできなかった。上流階級の一部を取り込めたのも密約があることを提示できたことが殊更大きい。」
「それは分かってるが…、お前の的確で素早い判断が無ければここまで来る途中でとっくに挫折してる。フランツが死に、アレクが離れてからも、6年間も軍や政府の目から組織を守ってきたんだ。…少なくとも俺はお前を心から信頼してる。」
ドレイクはエラルドの目を見てはっきりと断言した。エラルドは一瞬だけ柔らかく笑った。
「…ありがとう。戦闘部隊をまとめるお前にも随分苦労を掛けてるな。素人を訓練するのは大変だろう。」
「軍人だって初めは皆素人だ。銃の訓練くらいなら誰でもすぐに一定のレベルにはなる。まぁ、全くの素人を戦闘機のパイロットに育てるのは大変だがな。それでも、ユリウスのように才能のある若い奴もいないことはない。」
ドレイクが再び報告書に目を落としたとき、トントンとドアをノックする音が聞こえた。エラルドが返事をすると、一人の若い男がドアの隙間から顔を出した。
「エラルドさん、アンネさんからの報告です。会って欲しい人がいるので、明日のセントラルでの会合の前にC-16基地に寄ってほしいと。」
「会って欲しい人?誰だ?」
「えっと…ゾフィー・リーデンベルクとのことです。」
名前を聞いてエラルドは一瞬ドレイクと顔を見合わせた。
「…理由は言っていたか?」
「いえ。会って直接聞いて欲しいと。」
「リーダーをわざわざ呼び出すとは随分だな。どうせまたあの生意気なガキのことで文句でも言いたいだけじゃねぇのか。」
ドレイクは否定的だったが、エラルドはすぐに返事をした。
「わかった。会合の前に会うと伝えてくれ。」
すると男ははい、と返事をしてすぐに扉を閉めた。
「おい、会う必要あるのか?あいつのところに連れて行けだの何だの言われても到底聞き入れられないし、面倒なだけだろ。」
「ゾフィーがそんなことを言うとは思えない。ハンスのことを一番理解しているのは彼女だ。今一方的にハンスに会いに行ったってどうしようもないことは分かっていると思う。」
「じゃあ何の用でこっちに接触してくる。軍に目をつけられていることは分かっているはずだ。」
「…わからない。とにかく、明日会って話を聞いてみる。」
ドレイクは特にそれ以上は言及しなかった。すぐに報告書に目を通す作業に戻っていた。
エラルドはゾフィーが会いに来る理由を予測していたが、ドレイクには言わずに今後のことを思案していた。組織の内部体制は整ってきたが、人員はまだまだ足りない。デモが成功すれば大幅な人員拡大が期待できるが、もちろん全員素人だ。
エラルドはそっと席を立った。テーブルの上の報告書の山に手をかけながら、これから組織を戦争に導く覚悟を改めていた。
翌日、エラルドはセントラルでの会合の前にC-16基地へと向かった。セントラルの状況は事件直後に比べると一旦落ち着いているように見えた。
暴動を恐れて閉まっていた店が再開し始めると、人通りも以前よりは少し増えていた。ただ軍の治安維持部隊の数は相変わらずで、緊急事態宣言も未だに解除されておらず、物々しい雰囲気はそのままだった。
「エラルドさん、お疲れ様です。カザンからこの前の要望への返答が来ています。あと、奥の部屋でアンネさんがお待ちです。10代の学生に見えるような人物を三人ほど連れていらっしゃいましたが、お知り合いですか?」
「三人?」
「はい。男性二人に女性一人でした。」
「…わかった。先にアンネたちに会ってくる。カザンからの返答はその後で。」
アルデバランの各基地には20代前半の若い世代のメンバーの一部が交代で常駐している。そのほとんどが学生で、皆アルデバランの理念に同調し自ら組織に入ることを志願した者たちばかりだ。
アトリアで大学に進むには最低でも中流階級以上の家庭でかなり優秀な成績を収めている必要がある。将来有望な身分にもかかわらず、もし反政府組織に加担していることがバレれば即連行されるとわかりながら自ら志願したのだ。それだけ彼らの意思は固く、頭が良くて素直な彼らは組織のためによく働いてくれる。エラルドはそんな彼らを心から尊敬していた。
「エヴァン、大学の様子はどうだ?」
報告を終えて部屋に戻ろうとしたエヴァンは唐突に聞かれ、パッとエラルドの顔を見た。
「…事件直後にセントラルの治安が悪化したときは今後の情勢を不安視している者もいましたが、今は落ち着きました。まだほとんどの学生が普通に大学に来て授業を受けています。」
「そうか。お前もちゃんと大学に出るようにな。…戦闘訓練を受けたいと志願していたが、無理はするな。」
「でも、今後武力による戦争に突入したら戦闘員は一人でも多く必要なはずです!若い自分たちが志願しないと−」
「お前たちには別のところで活躍してもらいたい。カザンやその他の外国とのやり取りでも、多言語の知識があるお前たちにはかなり助けられている。組織に必要なのは戦闘員だけじゃない。」
エヴァンは何か言いたそうだったが、エラルドは続けた。
「カザンからの返答を確認したらすぐにその返事を書くから、お前に翻訳を頼みたい。それまで待機しておいてくれるか?」
「…はい、もちろんです。今日は一日ここにいますから、いつでも。」
「ありがとう。アンネたちとの話が終わったら声を掛けるよ。」
エヴァンがはい、と返事をすると、エラルドはすぐさま奥の部屋へと向かった。エヴァンは少しその背中を見送ってから自分の仕事へと戻って行った。




