78話 不本意な期待
「すみません、先ほどの話の続きなのですが…、アトリアの人々による蜂起の件には、アルデバランが関与しているということですか?」
「はい。アルデバランは6月20日にセントラルのホマユーン広場で大規模なデモを起こすことを計画しています。さらにその場でアトリアの独立を宣言します。」
「そしてそのまま武力による戦争に突入する…ということですね。」
「そうなりますね。ラスキア政府がアトリアの独立を認めるなどあり得ませんし、昨日の演説ですでにあそこまで言及しているんです。迷うことなく武力でもって鎮圧しようとするでしょう。」
明らかな戦争状態になるとしても少なくとも6月20日以降になるということか、とハンスは認識した。その頃にはこの腕も治っているだろう。アレクに父の話を聞いたらすぐにアトリアに戻ってゾフィーたちを脱出させなければならない。
「…本当に随分正直に何でも答えてくれるんですね。他のアルデバランのメンバーには組織に入っていない自分への介入を制限しようとしている動きも見られましたが。そこまで情報を流してもいいんですか?」
スミルノフが自分に嘘をつく意味も無いことは分かっていたが、かなりの機密情報を惜しげも無く自分に漏らしていることを不自然に思った。
「それは…自分にもよく分かりません。でも、これ以上あなたに嘘をつく気にはなれません。」
曖昧な答えにハンスはもやがかかったような気分になったが、スミルノフは続けた。
「私からも質問をしてもいいでしょうか?」
ハンスは素直に頷いた。スミルノフがアルデバランのメンバーであるならば隠すことは無いし、自分ばかり情報をもらっていては不公平だとも思った。
「一体どうやってここに来たんですか…!?今アルデバランには入っていないとおっしゃいましたよね。アルデバランの介入無しに今のアトリアから本土に渡れるとは思えません!」
「…自分の機体で来ました。ただ、本土手前で軍に撃墜されそうになったところをアルデバランに助けられました。」
「自分の機体で!?まさか!危険すぎる…!」
「はい。それに関しては言い訳もできません。」
ハンスがはっきりと答えると、スミルノフは再び大きなため息をついた。
「本当に奇跡的に無事で何よりですが…、今後そのような無謀なことは二度としないと約束して下さい。」
「…はい。」
肯定的な返事をしつつも、ハンスはスミルノフと目を合わせることができなかった。
「あなたがラスキアードに来た理由はアレクに会うためですね?アルデバランは組織に入っていないあなたを助けたうえにアレクの元まで連れて行ったんですか?」
ハンスは改めてスミルノフを見てから頷いた。するとスミルノフは少しの間黙って考え事をしているようだった。
「…先ほどあなたになぜ機密情報を話すのかと尋ねられて、自分にもよくわからないと答えましたが…撤回します。やはり私は…どこかあなたに期待しています。あなたをアレクの元まで連れて行くよう指示を出した人間もきっとそうでしょう。」
ハンスは意味が分からず困惑した。
「期待…?一体何をですか?」
「今のあなたにとってはおそらく迷惑なだけでしょうが…、私はあなたにフランツと同じようなものを感じています。間接的にですが幼い頃からのあなたをずっと見てきて、その強靭な精神力と周りを引っ張る扇動力に、フランツの姿が被って見えたんです。一見無謀だとも思えるようなことを平気でする並外れた勇気や実行力も含めて…」
「…やめてください!!自分は父親とは違います!」
咄嗟にハンスは声を荒げた。父親と比べられることになぜか言いようもない嫌悪感を覚えた。
「申し訳ありません。もちろん選択するのはあなたです。ただ…いや、口が滑りました。どうか忘れてください。」
スミルノフはすぐに訂正したが、ハンスは胸の奥に小さな憤りを感じざるを得なかった。ただそれがなぜなのかは自分でもよく分からなかった。
「…貴重な情報を教えて頂いてありがとうございました。これまで自分たちを見守っていてくださったことにも改めてお礼を言わせてください。ただこれからのことは…自分自身で考えます。」
おもむろに立ち上がってそのままハンスが出て行こうとすると、スミルノフは咄嗟に呼び止めた。
「ハンスさん!!6月20日の朝…、あなたを迎えに行きます。」
ドアに手を掛けた瞬間、ハンスはためらいながらも立ち止まった。迷った末に困惑した顔で振り返った。
「それは…どういう意味ですか?アルデバランに入れと言うなら−」
「違います!どちらにせよあなたはアトリアに帰ろうとするでしょう?ゾフィーさんたちを救うために。また無謀なことをされては困りますから、アトリアまでは私が送ります。」
「でも…、」
「強制的に組織に入れたりなどということは決してありません。この状況ですから、私が先生の秘書としてあなたたちを見守れるのもこれが最後になるでしょう。…お願いします。後悔したくないんです。」
ハンスはスミルノフの切実な目を見返した。スミルノフはまた自分と父を重ね合わせて、父を失ったときのことを思い出しているような気がしてならなかった。ただ、大切な人を失った時に味わう様々な種類の後悔を、自分はよく知っている。
「…わかりました。自分がどういう選択をするかはまだ答えが出ていませんが、アトリアに戻らなければならないことは事実なので、あなたのご厚意に甘えさせて頂きます。」
自分らしくない選択だと自ら思った。だが父や自分たちのことを心から想ってくれるこの人の気持ちを無下にすることはできないと感じた。
「ありがとうございます…!どうかそれまで、お気をつけて。」
「御礼を言うのはこちらです。どうかあなたも無理をしないでください。」
丁寧に頭を下げると、ハンスは扉を開けて出て行った。
おそらく不本意であろうながらもハンスが自分の想いに応えてくれたことに、スミルノフは心から安堵した。そして彼の選択がどうであれ、自分はこれまで通り見守るだけだと言い聞かせた。




