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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
70/190

70話 失意の中

 ゾフィーは失意の中ハンスの帰りを待ち続けていた。

 三日前にクリスの家からクルトに引き取られ、ハンスと会ったときの話を聞いてから、もしかしたら兄はもう二度と帰って来ないんじゃないかという不安がゾフィーの頭をよぎって仕方なかった。


 ハンスは答えが出たら必ず帰ると確かに言ったから心配するな、とクルトはゾフィーをなだめたが、ゾフィーには兄がどうやってその答えを探し出そうとしているのかさえも想像がつかなかった。

 さらに答えの内容によっては、兄は自身の進むべき道を新たに見つけ、過去を振り返ることもなく再び前だけを見て走り出してしまうんじゃないかと予感していたのだった。


 ゾフィーは幼い頃から兄の心の強さに強烈な憧れを抱いてきたが、それは同時に自身の弱さを浮き彫りにすることでもあった。

 ひたすら突っ走る兄に追いつけず、いつか一人取り残されてしまうじゃないかという不安が、ゾフィーの心のどこかに常に存在していた。


 これ以上家族を失うことは絶対に耐えられない−。

 ハンスが見つかるまでセントラル中を探し回りたい気持ちだったが、クルトからそれだけは絶対にやめろと言われた。もしゾフィーが不審な動きをしていることが軍にバレたら即連行されるに違いない、しばらくは学校も休んで家から出ないように、ときつく言われた。


 探すどころか外に出るのもままならない状態で、ゾフィーはハンスのことを思い浮かべるたびに込み上げる感情を必死に抑えていた。これまで何度も兄に救われて、自分はもっと強くならなければいけないと誓ったばかりなのに、兄が大変な状態のときに何もできない無力な自分が悔しくて仕方なかった。



 クルトの家に来てから三日が経ち、ゾフィーは少しでも今自分ができることを考えていた。まずはクリスに電話して、この三日の間に基地や学校で何かハンスの手がかりになるようなことが無かったか聞いてみようと思った。

 もし何かあったとしたらきっと自分のところに連絡をくれているだろうから可能性は薄いけれど、とにかく何かせずにはいられなかった。


 学校が終わる夕方頃に掛けようと思いながら、ゾフィーは仕事で出掛けているクルトのために夕飯をつくりはじめた。自分はというと全く食欲が湧かず、この三日間はほとんど食べていなかった。


 キッチンへ移動して手を洗っていると、突然玄関の呼び出しベルが鳴った。ゾフィーはすぐに玄関側の窓へ駆け寄った。クルトから自分が留守の間は誰が来ても出ないようにと言われていたが、もしかしたらハンスかもしれないと思い、来客があったときには必ず二階の窓から客の姿を確認していた。


 見るとそこに居たのは学校の制服を着た男性二人だった。ハンスが制服を着ているはずはない。顔は見えなかったが、背の高さや体格からクリスとジルベールのように思えて、慌てて玄関へと走った。

 玄関の扉を開けると、そこに居たのはやはり二人だった。


「クリス、ジルベール、どうしたの!?もしかしてお兄ちゃんのこと何か分かったの!?」

 ゾフィーは二人の顔を見た途端にその言葉が突いて出た。

 少し痩せたように見えるその姿にクリスは胸を痛めたが、あくまで静かに答えた。

「ゾフィー、落ち着いて。悪いけど家に入れてもらえるか?…外では話さない方がいい。」

 ゾフィーはすぐに二人を家に入れて玄関の扉を閉めた。三人はそのまま黙って二階へ続く階段を上った。


 二人にリビングにある大きなソファーに掛けるよう促すと、ゾフィーは飲み物を取りにキッチンへ向かおうとした。

「ゾフィー、いいよ。それより…ハンスのことで話があるんだ。そこに掛けてくれるか?」

 ジルベールが声を掛けると、ゾフィーはゆっくりとソファーに戻った。その顔は見るからに不安が溢れていた。

「…クルトさんは出掛けてるのか?」

 蒼白い顔でゾフィーが頷くと、ジルベールはクリスを見た。クリスが軽く頷くのを確認して、ジルベールはゾフィーに向かって改めて口を開いた。


「ゾフィー、ハンスは無事だ。居場所も分かった。」


 ゾフィーは驚きのあまりつい立ち上がった。

「ほんと!? どこに居るの!?」

 驚きと嬉しさが入り混じった胸を抑えながら、ゾフィーは焦ったようにジルベールを見た。ジルベールは一瞬ためらいつつも答えた。

「…ラスキアードだ。」


 一瞬、ゾフィーはその言葉の意味が分からなかった。

「どういうこと…!?どうやって本土に渡ったの?まさか−」

「ハンスは自分の機体で本土へ飛んだ。だが心配するな、無事に到着したことは確認済みだ。」

 ジルベールが落ち着かせるように言葉を添えたが、ゾフィーはさらに混乱した。

「お兄ちゃんは何でラスキアードへ向かったの?それに、二人はなぜ無事到着したことを知ってるの?」

 今にも泣き出しそうな表情で自分を見つめるゾフィーに対し、ジルベールはハンスに対して何もできなかったことを改めて後悔した。


「…ハンスがラスキアードに向かったのは、父親の親友に会うためだ。父親がなぜ反政府組織に加担したのかその理由を聞くために。居場所はアルデバランで聞いたらしい。俺たちがハンスは無事到着したと言えるのは、そのことをアルデバランから知らされたからだ。」

「でも…領空飛行許可が無いレース用の機体で本土に渡るなんて、もし軍に見つかったら撃墜される可能性があることをお兄ちゃんが分かってないはずない。それでもラスキアードに向かったなんて…もう戻るつもりが無いんじゃ…。」

 口にすると涙が溢れそうになったが、ゾフィーはそれを必死で堪えた。

「それに、なんでアルデバランはそれを知ってて、さらに二人に知らせたの?…お願い、全部話して欲しい。」

 目に涙を溜めたゾフィーに見つめられたジルベールは何も言えなくなってしまった。ゾフィーを抱きしめたいという衝動に駆られたが、何もできなかった自分にはそんなことはできるはずが無いと思った。


「ゾフィー、ごめんな。ハンスが居なくなって落ち込んでるゾフィーに追い打ちをかけるようなことは言いたくなかったんだけど…。全部話すよ。だから落ち着いて、座って。ハンスが無事なのは本当だから。」

 クリスもゾフィーの焦る様子に心を痛めたが、中途半端に誤魔化す方がもっと酷だと思い直した。今耳あたりのいいことだけを言い繕っても、この先何が起きるかは誰もわからない。今誤魔化すことで後々さらに大きなショックを与えてしまうかもしれない。


 ゾフィーは落ち着け、と自分に言い聞かせるように、ゆっくりとソファーに座ってから頷いた。するとクリスはチームクルーのみんなに話したときと同じように、ハンスが飛び立つ瞬間から自分たちがアルデバランに救援を願い出たところまで、ありのままの事実を全てゾフィーに伝えた。

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