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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
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67話 家族へ

 ルカが初めてもらった休暇を利用して喜んで家に帰ると、家族のみんなが心からの笑顔で迎えてくれた。

 父と母はルカを出稼ぎに出さざるを得なかったことを改めてルカに詫び、出稼ぎでつらい思いをしていないかをしきりに確認した。


 正直に言うと、宿の主人の自分たち下働き人に対する暴虐な態度や過度な労働に嫌気がさして何度も逃げ出したいと思ったが、それを両親や兄妹たちに悟られるのは絶対に嫌だった。もしそれがバレたら父と母は必ずルカを連れ戻そうとするだろうが、出稼ぎ先を失えばさらに生活は苦しくなる。

 ルカは宿の主人は自分に良くしてくれるとだけ伝え、他はアレクとの思い出話をして誤魔化した。両親は出稼ぎ先で出会った人物のことを嬉しそうに話すルカを見てようやく安心した様子だった。


 実家での楽しい時間を過ごし、ルカは家族と一緒に居られる幸せを噛み締めていた。楽しい日々が過ぎるのは早く、いよいよタラズに戻らないといけないという前日のことだった。


 その日ルカは早朝から近くの海岸へ行き、一人で魚や貝を獲っていた。実家を後にする最後の夜に、弟や妹たちが好きな料理を思う存分食べさせてあげたいと思ったからだった。

 昼近くまで漁に熱中すると、たくさん獲れた戦利品を手に実家への道を急いだ。

 喜ぶ兄妹たちの顔を想像しながらわくわくして村へと続く道を曲がったとき、目の前の光景の異変に気づいた。村の方からいくつもの煙が上っている。ルカは愕然として、抱えていたものを全てその場に投げ出し、一目散に村へと駆けた。


 村に入ると焼かれた家々や村人の遺体がそこかしらに転がっていた。ルカはそれらを見ないようにして一心に実家へと走った。

 ルカの家は少し村はずれの場所にあり、家に近づくにつれて火の手の上がったや転がされた遺体の数は減っていった。

 実家の目の前まで辿り着くと、家には火がつけられておらず、玄関の戸も閉まっていて外観に異変が無いことを確認した。


 ルカはひとまずほっとした。襲われたのは村の中心部のあたりだけだったんだー。すでに家族は一旦逃げたのかもしれない。そう思いながら家のドアを開けたとき、ルカは絶句した。そこにあったのは惨殺された両親と兄妹たちの遺体だった。



 その後のことははっきりと覚えていない。ただただ呆然としたあと、どのくらいかかったのかもわからないくらい時間をかけて家族の遺体を家から運び出し、庭の畑に埋葬した。

 家族の遺体は顔の判別がつかないほど損傷されていた。それが生きた状態で行われたのか、遺体に対して行われたのかはわからないが、そんなことを想像することは恐ろしくてとてもできなかった。


 家族の血で真っ赤になった衣服を着替えると、ルカは疲れ切った体にも構わず歩き出した。もうここには居られなかった。何も考えたくなくて、涙も出なかった。朦朧とする頭でただ歩き続けた。


 ほぼ昼夜なく3日ほど歩き続けた。途中の川で水を補給したが、他には何も口にしていなかった。頭には何も浮かばない。考えたら心が死んでしまうから、勝手に防衛本能が働いたのかもしれない。自分が人間ではなく、ただ前に進むだけの動物のように思えた。


 そうして徒歩でタラズまでたどり着いたが、市内に入っても行き先が無いまま街をさまよった。

 出稼ぎする意味を失った今、あの暴虐な主人が居る宿に戻る理由は無かった。仕事を放り出して突然姿をくらました自分が戻ったら何をされるか分からないし、ルカは一つの真実を知っていた。

 宿で働き始めた当初、唯一自分に優しくしてくれた下働きの先輩にあたる少女がいたのだが、ルカが働き始めてからわずか二ヶ月ほどで他の受け入れ先に移っていってしまった。少女はより給料の良い働き口に拾ってもらったと言って喜んでいたのだが、後から客の噂で聞いたところによると、その少女が売られた先は娼館だったということだった。

 その少女はまだ14歳だった。自分も数年後には売られるかもしれない−。それまでにはなんとかここを離れなければならないと、ルカは秘かにずっとそう考えていたのだ。


 行き先の無いルカは同じように行き場の無い人々が集まるタラズのスラム街で、ゴミ捨て場から調達した男物の服を着て、廃れた空き家を転々としながら過ごした。屋台から出されるゴミを漁ったり、道ゆく人に恵んでもらったりしながら命を繋いだ。

 生きている意味を感じることができず、何度も何度も死んで家族のもとにいきたいと思った。それでも自ら死を選ばなかったのは、胸の奥にわずかな希望を残していたからだった。それはただの口約束でしかなかったが、アレクが必ず戻ると言ったその言葉だった。


 ただ宿に近寄ることはできない。宿の人間に見つかればすぐさま強制的に連れ戻されてしまうだろう。

 アレクは宿で会おうと言っていたから、ここに居たってもう二度と会えないかもしれない。それに、そもそも会ったところでアレクが自分を養ってくれるなどと約束したわけでもない。今の自分に会ったってきっとただ迷惑なだけだと思うと、遠くから宿の様子を見に行くことさえ怖くなってしまった。


 ルカは絶望感の中でどうすることもできないまま、ただその日その日を過ごした。それはまさに地獄のような日々だった。



 スラムで名前を呼ばれたときは、宿の人間に見つかったかと思って慌てて逃げ出した。それがアレクと分かったときはにわかに信じられなかったが、自分を呼ぶ優しい声を聞いて懐かしいアレクの顔を見たら、家族の遺体を発見して以来一滴も出ていなかった涙が一気に溢れ出した。ルカの中でとっくに忘れ去られていた感情というものそのものを、突如思い出したかのようだった。



 ルカのそばで最後まで話を聞いたアレクは、こみ上げる涙を抑えることができなかった。涙を拭うこともなくまっすぐにルカを見据えてから、再び力強く抱きしめた。

「…つらかったな…、よく生きていてくれた…ありがとう。…ルカに会えてよかった。」


 二人は本当の親子になった。それは血や書面によるものでなく、純粋に心と心が深く結びついてできた関係だった。

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