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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
64/190

64話 二人の出会い

 今から5年前、アレクは船でカザンに渡った。

 カザンは長い歴史を持つ国で、正式にはカザン王国という。国ができてから三百年近くは他の多くの国と同じように王が絶対的な権力を有する絶対王政による政治体制をとっていたが、近年になって大きな政変が起きてからは立憲君主制へと転換を果たした。ただ実際には引き続き国王が大きな権力を握っており、現在でも君主制の色彩の濃い憲法が施行されている。


 このように政治体制はやや古めかしいのだが、近年のカザンの経済発展はめざましいものがあった。絶対王政の時代にはほぼ鎖国状態であったカザンは、立憲君主制へと転換したことをきっかけに国の近代化を図るべく、港を解放して外国の企業を次々と誘致した。誘致した外国企業に対しては特別に税を軽くするなどの施策が功を奏し、他の国と比べても圧倒的に交易が盛んになり、それに伴って自国製品の輸出も活発になった。

 経済成長に伴う人口爆発の波もあり、それまで広大な土地を持つ大国の一つでありながら文明の発展が遅れていたカザンは、一気に4大国の中でもラスキア共和国と1位2位を争うほどの経済成長を遂げたのだ。

 交易が盛んなことで首都であるタラズには様々な人種のひとたちが溢れている。そのため、商船の乗組員の一人に扮してカザンに渡ったアレクは特に目立つこともなくすんなりと入国することができた。


 タラズに着いて最初に泊まった宿で出会ったのがルカだった。ルカは当時まだ10歳だったが、その宿で下働きをして小遣い程度の収入を得ると全て実家に仕送りをしていた。そのこと自体はルカだけが特別だったわけではなく、カザンの貧しい地方に住む子供にとってはよくあることだった。

 当時カザンはすでにめまぐるしい経済発展を遂げていたが、その急激すぎる成長によって都市と地方での貧富の差は他の国に比べてもかなり激しかった。

 経済成長の恩恵を受けたのは首都であるタラズで商売をしている一部の商人や役人たちに限ったことであり、その波の存在を知ることさえできなかった地方の農村などは完全に見捨てられた形になっていた。海外からの輸入品に押されて売れなくなった農産物を抱え、むしろそれまでと比べてもより一層の貧しさに喘いでいたのだ。

 そういった貧しい家の子供たちは10歳前後にもなるとみなタラズに出稼ぎに出された。単純に食い扶持を減らし、かつ少しでも現金による収入を得るためだ。


「ルカと初めて会ったときは、俺は客にもかかわらずいきなり文句を言われたんだ。靴を脱ぐ場所が違うだの、風呂の入り方が間違ってるだの、夜中に帰ってきたら怒られたこともあったな。そんなだから他の客にはうるさがられたりしてたけど、俺はそういう真っ直ぐで誰に対しても物怖じしないところに好感を持ったんだ。…誰かに似てるって思ってね。」

「誰に? …もしかして父さん?」

「そうだ。それと、君にね。」

 アレクは困惑した顔になったハンスを見て微笑んだ。その当時までにアレクに会ったことなど一度も無いはずのハンスにとっては意味がわからなかったが、それを察したアレクが続けた。

「君のことは、フランツから散々聞かされてたんだ。顔も性格も自分にそっくりだってね。頑固で意思が強くて一度決めたことを決して曲げない。そういうところが似たことをフランツは困ったように話していたけれど、俺はそんな真っ直ぐさに惹かれてあいつと行動を共にしていたんだと思う。ルカにも似たようなものを感じたんだ。まさに君と同じ年くらいだったしね。」

 ハンスは当時すでにアレクの中に自分が存在していたことに不思議な感覚を覚えた。

「ルカと出会って気に入ったから、ルカを貧困から救うためにラスキアに連れ帰ったんですか?」

「まさか、そんなことをしたらただの誘拐だ。ルカの事情は知っていたけど、それは他の子供たちも同じだった。それにルカは両親や兄弟たちが大好きだったんだ。地方にいる家族のためなら辛いことも乗り越えられると言っていた。」

 ハンスはルカが自身の親によって強制的に働きに出されたわけではなかったことに心の中で安心した。家族を失う辛さをハンスはよく分かっている。もしルカにとって家族までも敵であったなら、ただの奴隷として働かされているような現状に耐えることができなかったかもしれない。



 その宿に滞在し始めてから、アレクはすぐにルカと打ち解けた。

 ルカは基本的に客に愛想が悪く自分から干渉することなどまずなかったが、なぜかアレクにはよく懐いた。笑った顔が父や実家を継いだ一番上の兄に似ている、とルカはよく言った。金に目がなく自分の欲望に忠実な商人たちが多く集まる街で、アレクのように穏やかで欲が無さそうな人物はルカの周りにはいなかったことも大きかった。

 アレクも親友を失った傷を抱えたままカザンとの難しい交渉を進める中で、ルカと話すときは唯一穏やかにいられる時間だった。二人は少しずつお互いのことがわかるにつれて、まるで親子のように心を許していった。


 一方カザンとの交渉は難航を極めた。

 議会があるといっても未だに王が大きな権力を握っているカザンでは、いくら有力な議員や王の側近までたどり着けたとしても、最終的には王との謁見を実現させなければ事態は動かない。

 早々にそれに気づいたアレクは、カザン政府内でも大きな影響力を持つ幾人かの人物との密談によって王との謁見の機会を探って来たが、その機会を得るためにはアルデバラン側もかなりの条件を提示する必要があることが分かった。

 そこでアレクは一度アトリアに戻って再度組織内で方針を確認することに決めた。それはアレクがカザンに来て半年ほど経ったときのことだった。


 ルカはアレクがアトリアに帰ると聞くと明らかに落ち込んでいた。普段からは考えられないほど口数が減ったルカに対し、アレクは自分の仕事はまだ途中だから必ずカザンに戻ってくる、そしたらまたこの宿で会おう、と約束した。ルカはその言葉を信じ、仕方なくアレクを見送った。

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