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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
62/190

62話 それぞれの未来

「ハンスのことは心配だけど、俺たちはまず自分たちのことを考えた方がいいだろう。アルデバランはすでに戦争は始まっていると言った。事実セントラルの治安がどんどん悪くなってることはみんなも分かってるだろ?これまで通りの日常が続いていくと思わない方がいい。」

「戦争って…言われても信じられないよ。確かにラスキア政府のアトリアに対する施策は理不尽なものも多いけど、戦争を起こしてまで独立する必要があるとは思えない。」

 イアンが弱々しくつぶやくと、レイがそれに答えた。

「僕も聞いたときはそう思ったんだけど、よく考えたらそれは上流階級と言われてる自分たちの目線で考えた場合のことなのかもしれないとも思うんだ。もちろん直接聞いたわけじゃないから想像の範囲内でしかないけど…。でも、ここ数年特に貧困街でテロや暴動が頻発していたのは確かだし、それらはどこか自分たちとかけ離れた世界のように思ってたんだけど、実際はこのセントラル内でずっと行われてきたことだ。つまり、僕らが知らなかっただけで独立の機運はずっと前からアトリアに潜在的に存在していて、それがこの前のテロ事件をきっかけににわかに広がりを見せているだけなんじゃないかって…。」

「…てことは、このまま戦争に突入したとしてもそもそも不思議はないってことか?」

 エリックがレイの言葉を確認するように尋ねた。

「…うん。飛躍しすぎと思うかもしれないけど、可能性としては十分ある。アトリアで上流階級と言われている人々は、アトリア全体の人口比から言うと5%程度だ。いくら金や権力があったって、他の95%が蜂起したときにそれを抑えられるはずがない。そしてもし蜂起したら、ラスキア側は即武力によって鎮めようとするだろう。アトリアの州議会はとうに信頼を失っていてもはや民衆の代表とは言えない状態だ。議員のほとんどがラスキア側の言いなりで、数少ないアトリア派と呼ばれる議員が対抗したところで軍の攻撃を止められるはずがない。」

 レイの答えに対して、今度はジルベールが口を開いた。

「議会といえば気になる話がある。今アトリア州議会の議員はほとんどがラスキアードに召集されてる。俺の親父もそうだ。約一ヶ月後に予定されているラスキア国会でのかなり重要な法案通過のための準備と言っていた。親父は内容については詳しく言わなかったが、どうやらラスキア政府がアトリアを直接支配するような法案である可能性がある。…実は、少し前から親父にラスキアへ引っ越す可能性があることを示唆されてたんだ。特別な場合を除いてアトリアの住民がこの島より他に移住することは禁止されているから、かなり特異なことだ。俺の予想では、その重要な法案というのがアトリア議会の廃止を意味してるんじゃないかと思う。直接支配するには議会は邪魔だからな。もしそうなれば、アトリアは完全にラスキアの支配下に置かれる。」

 その内容にクリスはハッとした。

「一ヶ月後…!?正確にはいつだ!?」

 やけに焦って聞くクリスに対し違和感を覚えながらも、ジルベールは出来る限り記憶を辿った。

「確か…6月20日だ。」

「やっぱり…!みんな、ちょっとこれを聞いてくれ!」

 クリスは唐突にそばにあったラジオの電源をつけ、周波数を調整し始めた。全員何のことだか分からなかったが、少しするとラジオからかすかにピーという機械音が聞こえてきた。

「何これ…?もしかしてモールス信号?」

 ヘンリーが耳をすませながら言うと、クリスは頷いた。

「そうだ。家に居る間できる限り情報を収集しようとずっとラジオを聞いていたんだけど、その中でかすかに聞こえるこの電波に気づいたんだ。」

 するとレイが信号を解析しようとラジオに耳を近づけた。

「N…UPRISE …620…HY…ABN…UPRISE…620…」

 レイは聞こえてきた信号が表す文字をそのまま読み上げた。

「UPRISE…蜂起か。620はその6月20日のことか?ABNは…アルデバラン!?HYは何のことだ?」

 ジャンは答えを求めてクリスを見た。

「恐らくHYは場所だ。セントラルのホマユーン広場のことだと思ってる。」

 その答えにエリックが眉をひそめた。

「この電波、ずっと流れてるのか?」

「ああ。周波数を変えながらずっと流れ続けてる。6月20日、ジルベールが言ったその法律が成立する日に合わせて、アルデバランがアトリアの住民に蜂起を呼びかけてるんだ。信号を解析してもずっと半信半疑だったけど、もしその法律が成立すればアトリアは完全にラスキア政府に支配されることになるから、それに反旗を翻すためにその日を蜂起の日に選んだと思えば納得できる。」

「…セントラルのホマユーン広場で大規模なデモでも起こそうってこと?」

 イアンの言葉にクリスは頷いた。

「ああ。おそらくな。」

 そうだとすれば確かに筋は通る。具体的な日にちが出たことは、アルデバランがアトリアの独立を図っているということへの現実感をより高めた。


「もしそうなるとすれば、その日を境に確実にラスキア政府との武力による戦争状態に突入するだろうな。ハンスがラスキアードに飛んだことを告げたとき、アルデバランは本土の航空部隊にハンスの機体の誘導を指示していた。少なくとも航空部隊を持つほどの武力を持っていることは間違いない。他の大国に比べても強大と言われているラスキア軍に対抗できるほどなのかはわからないが、アルデバラン側も勝算がないまま開戦を宣言することはまずないだろう。」

 ジルベールが冷静に分析すると、ようやく全員にとって戦争というものがすぐそこまで迫っていることを自覚した。するとアルバートが普段とは全く違う気弱なトーンでつぶやいた。

「まじかよ…本当に戦争になるのか?たったの一ヶ月後に?みんな普通に学校に来て誰もそんな話してないし、想像できなねぇよ。」

「現時点ではほとんどの人間がそうだろう。大多数の人間にとってはそうやっていつの間にか巻き込まれていくというのが普通なのかもしれないな。…誰だって戦争なんかしたくない。けどこれまでの歴史上何度も繰り返されてきてきたことを考えると、避けられない何かがあったんだ。一部の人間が暴走した結果だとされることもあるけど、大衆を巻き込めなければ戦争にはなり得ない。気づいたときには遅かった、という現実があるのかもしれない。」

 さらにクリスは改めて全員に向けて語りかけた。

「自分たちがこれからどうするべきかは、それぞれの頭で考えるんだ。猶予は一ヶ月しかないが、それだけあれば本土に渡るなり外国に行くなり、正直俺たちの家であればどうにでもなるだろう。航空学校でもそのうち学校に出る生徒は減っていくに違いない。全員上流階級の家の子供だから、状況を察知した親がどうにかするだろうからな。」

「なんだよそれ…アトリアを捨てろって言うのか!?自分たちが育ったこの島を!?」

 怒りなのか悔しさなのか、ジャンは複雑な心情をクリスにぶつけた。

「なら、アルデバランに入ってアトリア独立のために闘うか?もちろんそれも選択肢のうちの一つだ。ただ、勝てるかどうか分からない戦争に加担して人を殺す覚悟があるならな。」

 ジャンは反論することができなかった。それは他のみんなも同じだった。

 クリスの言う通り、もうそれぞれが決断する以外に方法はない。各人の人生や命に関わる問題を、誰かに決めてもらうことなどできないのだから。


 クリスはこんなときにもしハンスが居たら何と言っただろう、と考えた。だが答えは分からなかった。

 自分ではハンスの代わりには到底ならない。いつでも迷いなく全員を引っ張っていったあいつは、やはり俺たちにとっての指針だった。

 ハンスが居なくなった今、図らずも自分たちはバラバラになろうとしている。…だが、それは避けられない過程だ。ここから先はそれぞれの強い意思がなければ前に進めない。

 クリスはそう思い直すと共に、この先に迫る選択を改めて重く感じた。

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