61話 驚きと困惑
「ラスキアード…!?まさか、あの機体でラスキアードまで飛んだの!?」
イアンが驚きと不安の入り混じった顔で声をあげた。
「そうだ。俺は昨日の朝偶然その現場に居合わせた。ハンスが機体に乗った瞬間に気づいて駆け寄ったんだが止められなかった。そしてそのまま真っ直ぐラスキアード方面に向かって飛んで行った。」
エリックも混乱してクリスに疑問を投げかけた。
「あの機体はそもそもそんなに長く飛べないだろ!?積める冷却水に限界がある…」
「それにもし飛べたとしても、本土には軍が張ってる。どうやって着陸したんだよ!?」
アルバートがすぐさまエリックに続くと、クリスはあくまで冷静に、全員を宥めるように声をかけた。
「…落ち着け。ハンスが無事にラスキアードに到着したことは確かだ。なぜそうなったのかはこれから話す。それから…、ハンスが空軍のパイロットになることはない。その理由も含めて全部話すから。」
「は!?パイロットにならないって…とっくに採用通知が来てるのに?まさか辞退するってことか!?あいつが!?」
あの人並み外れて意思の強いハンスがずっと目標にしてきたパイロットの座を辞退するなど、ジャンには到底考えられなかった。
「ハンスが自らパイロットを辞退するなんて、地球がひっくり返っても無いって思うけど…。」
普段無口なヘンリーでさえ、信じられないといった様子でつぶやいた。
「…そうだな、俺もそう思ってた。ゾフィーから聞いても信じられなかった。…昨日ジルベールとレイと共にある組織からその理由を聞くまでは。」
クリスが二人の名前を出すと、みんなの目がレイとジルベールに集まった。
「僕も信じられなかったけど、理由を聞いたら納得した。僕とジルベールは昨日の朝基地に寄ろうとしたら、たまたまハンスの機体が飛び立っていくのを見たんだ。」
みんなの迫力に押されてレイが説明を始めると、その続きをジルベールが補足した。
「機体の行き先を見て、このままだとまさに自殺行為だと思った。みんな分かってる通り機体の航続時間は限られてるし、本土の軍に見つかれば終わりだ。それで、俺たちはある組織を頼った。俺たち二人はクリスについて行ったんだけど、そこで全てを聞かされた。…クリス、順序立ててみんなに話してくれ。」
ジルベールはクリスに説明を預けた。するとクリスは頷き、改めて全員の目を見据えて口を開いた。
「これから話す内容は絶対に他の誰にも話さないと約束してくれ。もし話すと自分はもとよりハンスやここにいる全員にも危害が及ぶ可能性がある。…それでも聞くか?」
一切迷うことなく、即座に全員が頷いた。聞かないという選択肢は誰の頭にもさらさら無かった。
「…よし。じゃあ今俺が知っていることを全て話す。」
クリスはあの事件が起こった後のことを順を追って説明した。事件の混乱に乗じてハンスとゾフィーが組織に拉致されたこと、その組織の正体、二人の父親についてと二人が軍に入れない理由、ハンスが姿をくらました後の行動、そしてあの機体でラスキアードへ向かった経緯。
話が進むにつれてみんなの表情はどんどん曇っていった。
クリスが話終えたときには、全員がどうしようもなく複雑な表情を浮かべていた。
「なんだよそれ…軍に殺されるだって?まさか…。じゃああいつが必死で追いかけてた目標を達成することは元々不可能だったのかよ…。」
俯いたジャンがむき出しのコンクリートを見つめながらつぶやくように言った。ハンスの残酷な運命にどうしようもない悔しさを感じていた。それはこれまで苦楽を共にしてきた他の仲間もみな同じだった。
「…反政府組織って、そんなところにハンスを託して大丈夫なの?この前の事件を引き起こしたのも反政府組織の一つだよね?」
イアンは日常からかけ離れたような反政府組織という得体の知れない団体にハンスの行き先が託されたことがあまりに心許無く感じていた。
「そうだな、ただ事件を起こしたレグルスは反政府組織の中でも過激派の一つだ。それに対してアルデバランは穏健派と呼ばれているらしい。ハンスの父親がリーダーをしていたのは過去のことだが、わざわざ二人を拉致してまで軍に入ることを止めたんだ。少なくとも敵ではないし、逆に強制的にハンスを組織に入れようなどという意図も無いことは組織にいた人物たちの言動でわかった。あくまでハンスは組織外の人間だから、ラスキアードにあるハンスの目的の場所まで連れて行ったら後は自由にさせるとも言っていた。」
クリスの答えを聞いても当事者以外の目から不安は消えなかった。そもそもその組織の言うことを信じていいのかどうかも分からないからだ。するとそれを察したジルベールが続けた。
「あの組織が二人の敵ではないというのは俺もそう思う。二人に危害を与える気があるならとっくにやってるし、ハンスが起こした無謀な行動に対して即座にそれを救う判断をしたんだ。少なくともハンスが目的の人物に会うまでは安全だと思ってる。ただ、その人物に会った後にあいつがどんな行動に出るかは全く予測できないけどな。」
するとジャンがはぁ、と大きなため息をついた。
「…あいつ、どれだけ向こう見ずなんだよ…。そもそもあの機体で一人でラスキアードまで飛ぶなんて、自殺行為もいいとこだ。」
もっともな嘆きを受けて、クリスが静かにつぶやいた。
「飛び立つ直前、あいつは必ず帰る、と言っていた。正直本心だったかどうかは分からないけどな。ヴィルが言ったとおり、いつものあいつの力強い目じゃなかった。もしかしたらあの時点で死を覚悟していたのかもしれない。アルデバランのおかげで何とか無事目的の場所に行くことができても、その後どうするのか…。ハンスが求めていた答えの内容によっては、ここに帰らずにアルデバランに入る選択をすることもあり得るかも知れない。」
その場はシンと静まり返った。全く予測もつかなかったようなことが全員の目の前に迫ってきていたが、それは紛れもなく現実だった。
「…俺たちができることはもう無いってか…。」
アルバートがひとりごとのように吐き出した言葉は確かに的を得ていた。どれだけ心配したとしてもここに居る自分たちにできることは無い。ハンスのことはもうあの組織に任す以外できないのだ。
「…ハンスがラスキアードに渡ったことを、ゾフィーにはこれから伝えるんだよな?」
ジルベールが複雑な表情でクリスを見た。
「ああ…。今日にでも直接行って話そうと思ってる。かなりショックだろうが…、ハンスが無事なのは確かだし、今はクルトさんがついていてくれるからきっと大丈夫だ。」
クリスはジルベールがゾフィーのことを心配する気持ちがよくわかった。
ハンスがいつ帰ってくるのか、そもそも本当に自分たちのもとに帰ってくるのかどうかさえも分からないような状態で、それをゾフィーにどう話したらいいのかという答えはまだクリスの中にも無かった。それでも自分はハンスにゾフィーを頼むと言われた以上、今後アトリアがどんな状態になってもゾフィーを守ると決めていた。




