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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
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59話 深い眠り

 アレクは淹れたばかりの紅茶をテーブルに置きながら、ハンスに訊ねた。ハンスは自分がアトリアからどうやって来たかを全て伝えるのは気が引けたため、言葉を選んで口を開いた。


「…ある組織の人間に連れてこられました。父の親友がここに居ると。自分は父の話を聞くためにここに来ました。」

「…アルデバランに入ったのか…?」

 アレクは複雑な表情でハンスを見た。ハンスはその反応の意図を図りかねた。

「…入っていません。ただ、アルデバランから父のことを聞きました。父がアルデバランの−」

 そこまで言ってハンスはルカが聞いていることに気づいて口をつぐんだ。

「ああ、大丈夫。ルカには何も隠し事をしてない。気にしないで続けてくれ。」

 ハンスの内心を即座に読み取って、アレクはようやく席に着いた。それぞれの目の前には大きなマグカップに入った紅茶が湯気を立てていた。

「…父がアルデバランの元リーダーで、アトリア独立のために動いていたということを。ただそれ以上は聞けませんでした。父がなぜそんな行動を取ったのか、それを知るにはあなたに会わなければならないと。」

「それを聞いてどうする。君の中のフランツは紛れもなく本物だ。別の一面があったからと言って、君が見ていた父親の姿が嘘だったわけじゃない。それは俺が保証する。」

「でも、別の一面があったことは確かでしょう!?俺はそれが知りたくて来たんです!父が反政府組織に加担した原因に母の存在があったことも知っています。自分の両親について知りたいと思うのは当然だし、息子である自分にはその権利があると思っています。それが今の自分に影響することであればなおさら…。 …お願いします。父についてあなたが知っていることを教えてください。」

 ハンスは真っ直ぐにアレクの目を見た。アレクは切実なその目を見返した。


「わかった…。だが、それを話すのは君の体が回復してからだ。」

 アレクは突然ハンスの右腕を掴んだ。

「痛っっ!!」

 ハンスは激痛に顔をしかめた。

「…やはりな、骨が折れてる。さっきルカともめたときにも片手しか使ってなかったからおかしいと思ったんだ。固定してあげるから少し待ちなさい。」

「いいんです、放っておいてください。それより話をー」

「だめだ!腕が治るまでは一切その話はしない。」

 きっぱりと断言すると、アレクは部屋を出て行った。ハンスは痛む右手を抑えながら相手をどう説得するか思案していた。

「…諦めなよ。アレクは一度言ったことは撤回しない。それにその腕、放っておいたら変に曲がって使い物にならなくなるわよ。」

 ルカがそっと声を掛けても、ハンスは返事をしなかった。この腕が治るまでだとしたら一ヶ月はかかる。そんなに長い間ここに留まるわけにはいかない。


 部屋に戻ったアレクは黙ってハンスの右腕を掴み、副木代わりの木の棒をあてて包帯を巻いていった。ハンスはまだ話を聞くことを諦めてなかったが、アレクには有無を言わさないような雰囲気があった。

「ルカ、手当てが終わったらハンスを屋根裏部屋へ案内して布団を敷いてあげなさい。もう夜も遅い。怪我が治るまで待って話を聞くか、それとも聞かずに帰るのかの返事はまた明日聞こう。」


 ハンスには聞かずに帰るという選択肢は元々無かった。アレクはそれをわかったうえで暗に怪我を治す以外の選択肢を無くしているのだ。それに気づいたハンスは何とかすぐに話を聞くための材料を探したが、説得力のありそうな言葉は浮かんで来なかった。


 ルカはアレクの指示に対して「なんで私が!」と文句を言いつつも、結局は言われた通りハンスを案内してくれた。布団は自分で敷くように言うとルカはすぐに部屋を出ていった。



 屋根裏部屋は狭かったが、埃が溜まっているような様子もなく清潔だった。部屋の物といえば端の方に木箱が少し置いてあるだけで他は何も無かった。

 明かりはルカが置いていった小さなランプだけだったが、狭い部屋を照らすには十分な明るさだった。家の正面にあたる部屋の南側には小さな窓が一つだけあって開けることもできた。ただやはり外は真っ暗で何も見えなかった。


 ハンスは適当に布団を広げて横になった。アレクは本当に腕が治るまで何も話さないかもしれない。もしそうなったらどうなるだろう…。

 まずはゾフィーのことを考えた。婚約者の問題が無くなったと言っても義父が政略結婚を諦めたままにしておくとは思えない。それにエラルドの話だとすでに戦争は始まっているという。そんな状況で自分が近くに居ないのは心配だった。

 だがゾフィーにはクルトがついている。クルトは本土や海外にも顔が広いから、いざとなったらアトリアの外に脱出することも可能かもしれない。

 そう思ったら少し安心した。同時にクルトが自分たちを引き取りたいと言ってくれたあの言葉を思い出して、少し心が暖かくなった。


 次に浮かんだのはクリスの顔だった。基地で機体に乗った瞬間にクリスが居たのには驚いた。本当は朝日が昇ると同時に出発するつもりだったが、機体の整備と改造に思った以上に時間がかかってあの時間になってしまったのだ。

 申し訳ないことをしたな、と今更ながら思う。必ず帰るとクリスに告げたが、今思えばあの言葉は本音では無かった。ドレイクが言った通り半分死んでもいいと思ってたんだから、ほとんど嘘だ。チームクルーのみんなにも会わせる顔がない。自分の勝手な行動で機体をダメにしてしまったんだから…。


 それでも−、もしあのときまで時間が巻き戻ったとしても、きっと自分は同じ行動を取るだろう。アルデバランで父の話を聞いてから、自分の手で前に進む以外に選択肢は無かった。

 …相変わらず、自分の盲目さに呆れる。ドレイクが言ったことは全部本当だ。俺はいつも自分のことしか考えてない。


 激動の数日を過ごした余韻でハンスはなかなか眠れる気がしなかったが、いつの間にかふっと眠りに落ちていた。それはこれまで急速に動いていた時間を一旦停止させるような、ハンスの心身のために必然的に訪れた深い眠りだった。

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