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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
58/190

58話 父の親友

 車が停まったのは山の中にある一軒の小さな家の前だった。

 ハンスは場所を把握するためにずっと窓の外を見ていたが、太陽が沈む方向からして北へ向かっていることは確かだった。

 機体を着陸させた島の位置はラスキアードよりかなり南側であったはずだから、やはりそこから北のラスキアード方面に向かっていると思われた。

 その証拠に時間が経つにつれて窓の外に見える建物が増え、少しずつ都会に近づいているように思えた。だが途中から再び山道に入り、到着したのは真っ暗な山の中だった。


 アルデバランのリーダーであるエラルドが言った通り、ここはラスキアード近郊のジェフラという町なのだろうか。ハンスの感覚では少なくとも出発してから4〜5時間は経過しているように思えた。すでにすっかり夜は更け、家の窓には小さな明かりが灯っていた。


 ドレイクは黙って車を降りると後部座席を開け、ハンスの手首のロープを外しながら言った。

「…ここまで来て妙な真似はするなよ。お前の目的の人物はそこに居る。会いたきゃ勝手に行け。」

 ハンスを車から降ろすと、ドレイクは再び運転席に戻ってすぐに元来た方向へ車を走らせ去って行った。



 一人残されたハンスはまず目の前の家の様子を確認した。

 小さな家の左側に玄関らしきドアがあり、右側の窓には明りが灯っている。窓の向こうには薄いカーテンが掛かっていて中の様子が少し見えたが、人影は確認できなかった。

 到着したときには車のライトで家の周りに小屋のような建物があるように思えたが、真っ暗になった今では家以外はほとんど何も見えなかった。街頭も何も無く、窓から漏れる光だけが家の存在を示していた。


 ハンスはあらゆる想定外が重なってついにここまで来たことに半ば呆然としてしばらくただ突っ立っていたが、やがてゆっくりとドアのそばまで歩いた。

 ドアの周りに呼び鈴がないか確認したが見当たらなかったので、木製のドアをトントンとノックした。だが反応は無い。


 仕方なくもう一度ノックしたが同じく反応が無く、窓の方まで行ってみようかと思ってハンスがそちらを見たとき、突然ガチャリとドアが開いた。同時にこめかみに銃口を突きつけられた。

 ハンスは咄嗟にドアの方に顔を向けようとしたがさらに銃口を押し付けられ、同時に「動くな!」と声がした。


「誰だ!こんな夜更けにここまでやってくるなんてまともな奴じゃない…政府の犬か!?」

 ハンスはその声がかなり若く、さらに確実に女の声であることに驚いた。声の主を確認したかったが無理なので、一旦そのままの状態で答える。


「…政府関係者じゃない。ただの学生だ。ここはアレキサンダー・ベルの家か?」

「何でその名前を知ってる!?…いや…知ってるというだけで十分だ。」

 女は引き金を引いた。ハンスが素早く銃を掴もうと左手を動かした。

「ルカ!何やってる!」

 もう一人の声が聞こえたとき、ハンスは銃を掴んで地面に叩きつけ、同時にそれを拾おうとした女の細い腕を掴んだ。

 「離せ!」と女が暴れたとき、突如腕を掴まれた。さっきの声の主らしき男が現れて、ハンスと女の腕を両方掴んで引き離した。


 玄関は真っ暗で相手の顔もほとんど見えなかったが、突然パッと電気がついてハンスの目の前に二人の人物が現れた。一人はやはり若い女で、もう一人は40代くらいに見える背の高い痩身の男だった。女の方は自分より年下に思えるほどで、子供のようにも見えた。


「…まさか…ハンスか…?」

 ハンスはハッと顔を上げた。男は驚いた様子でこちらを見ていた。

「…はい。ハンス・リーデンベルクです。」

 ハンスが男の顔を真っ直ぐ見て答えると、男の目は動揺で揺れた。

「…そうか…。ああ、フランツそっくりだ…。…大きくなったな。」

 ハンスは男の目にわずかに光るものがあるのを確認した。男はハンスのことを強く抱きしめた。

 ハンスは突然のことに戸惑いつつも、そのセリフから何か父の欠片のようなものに会えたような気がして、少し胸が熱くなった。


「ちょっと、誰なの!?アレク!知り合い!?」

 子供のような女が甲高い声をあげた。すると男はハンスから腕をゆっくりと離して顔を上げた。

「ああ、そうだ。ルカ、銃を仕舞いなさい。ハンスはこっちへ。…まずは話をしよう。」


 ハンスは小さな家の玄関からリビングの方へ通された。リビングはこじんまりとしていたが、オレンジ色の電球の光に照らされていて何となく暖かい空間に感じられた。

 手前のキッチンカウンターの前に小さなテーブルと椅子が置かれ、その向こうには動物の毛皮でつくられたようなラグが敷いてあった。部屋の一番奥には暖炉があり、そのそばにロッキングチェアーが一台、かすかに揺れながら佇んでいる。

 右側には出窓とその下に木のベンチが配置されていて、外から見えたのはこの窓だったことが確認できた。


「その椅子に座って。ほら、ルカも椅子を持ってきて座りなさい。今温かい紅茶を入れるから。」

 ハンスはとりあえず素直に椅子に座った。ルカと呼ばれている女も言われた通りに廊下の方から椅子を持ってきて、さっとテーブルについた。


 ハンスは改めてその女を見た。長いさらさらとした黒髪を頭の後ろの高い位置で一つに束ね、前髪はきれいに揃えられている。目は大きくくりっとしていて、長い睫毛が頰に影を落としていた。見た目は先ほどの言動からは想像できないような可憐さがあった。だが全体的に小柄でやはりだいぶ幼く見えた。


「…なに、あんた子供じゃない。いくつよ?」

 女はハンスの顔を見るなりそう言った。ハンスは子供に子供と言われたことに若干憮然として答えた。

「…子供じゃない。16歳だ。そっちが子供だろ。」

「16?年上!?嘘でしょ!?全然見えない。言っとくけど私は子供じゃないわ、15歳よ。初対面なのに失礼な奴ね!」

 ふんっと顔を背けた相手に対してどっちが失礼だよ、と思いつつ、歳が自分とひとつしか変わらなったことに驚いた。

「大体こんな夜更けに山奥へ一人で訪ねて来るなんてどうかしてるわよ!山賊と間違えられていきなり撃たれても文句は言えないわ。あんた、相当危機感が無いわね。それともどこかの坊ちゃんなの?随分良い時計してるし。ラスキアードの世間知らずな金持ちの息子でしょ!」

 ハンスはその女から矢継ぎ早に繰り出される言葉に圧倒された。バカにされているような感じがして少しムっとしたが、それを抑えつつ一言だけ反論した。

「…お前に関係ないだろ。」

 すると相手はハンスをキッと睨んだ。

「女性に対してお前だなんてほんと失礼ね!私はルカよ。ちゃんと名前があるんだから!」

「……悪かったよ。ルカ、だな。」

「あ、今変な名前だって思ったでしょ?ラスキアではそうかもしれないけど、私はー」

「はいはい、少し黙りなさい。ハンスは長旅で疲れてるんだ。…そうだろ?ここまでどうやって来た?」

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