57話 無力な自分
「着いたぞ、降りろ。」
ヘリで本土まで移動し、森の中の一部ひらけたような場所で降りると、そのまますぐに車に乗せられて広い道路のような場所で降ろされた。
道路の両側は木々が茂っていて、近くには建物などは何も無い。本土であることは確かだろうが、位置がどのあたりなのかは全く検討がつかなかった。
「おい、道路に入るな。そろそろ到着するぞ。」
真っ直ぐに伸びる道路の先を見ようとして歩いていたら、ヘリからハンスを連れて来た男の一人に止められた。ヘリからは2台の車に分かれたが、組織側の人数は全部で4人だった。その中の一人は年配の男だが、それ以外の3人は20代くらいに見える若い男たちだった。
何が到着するのかと思ったら、道路のはるか先の上空から2機の黒い飛行機が真っ直ぐこちらに向かって飛んで来た。カルロスが乗っていたのと同じ機体だ。
2機は道路のだいぶ先で着陸すると、ゆっくりとこちらに向かって移動して来た。
若い男たちが誘導して機体が完全に停止すると、コックピットからパイロットが地上に降りた。一人はやはりカルロスだった。もう一人はカルロスに比べると若干小柄に見える若い男だった。
「よう、ようやく本土に到着したな。よく無事にここまで来たもんだ。」
ハンスの姿を確認したカルロスが声を掛けると、隣の若いパイロットも口を開いた。
「ハンス、はじめまして。僕はユリウス。君のお父さんには本当にお世話になったんだ。よろしくね。」
ユリウスは優しく微笑みながら手を差し出したが、ハンスは困惑した。アルデバランのメンバーと親密になることは避けたかった。
「ユリウス、無駄だ。ここまで来る間もずっとダンマリで何を聞いても答えなかった。俺たちと関わりたくないんだろ。」
ハンスを連れて来た年配の男が声を掛けると、ユリウスは差し出した手を直してふっと笑った。
「そうか、君はまだこの組織に入った訳じゃなかったね。選択するのは君自身だ。僕たちのことは気にしなくていい。」
ユリウスが告げた瞬間、遠くから機体が近づく音がした。全員が空を見上げると、今度は深緑色の機体がこちらに向かってやって来るのが見えた。
「お!来たな。」
カルロスがつぶやきに合わせて、若い男たちは機体を誘導するために駆け出した。
その機体はかなり近くでふわりと着陸した。着陸距離が短いにもかかわらずとても滑らかで見事な着地だった。
先に着陸した2機の向こうで深緑色の機体が停止すると、コックピットからパイロットが降りてくる様子が確認できた。
そこまで眺めたところでハンスは目を逸らした。このままここに居る意味は無い。ここがどこだかは分からないが、自分はアルデバランと行動を共にすることはできない。そっとこの場を離れようとしたときだった。
「ドレイク、久しぶりだな。この過渡期にご苦労なことだ。」
カルロスのその言葉に、ハンスはふと顔を上げた。ドレイクの名前に反応したのだ。
「…本当にな。」
ドレイクはカルロスに短く返事をしつつ、そのまま真っ直ぐハンスの元へ向かった。ハンスは再び目の前に現れたその男の睨むような視線を見返した。
ハンスの目の前まで来ると、ドレイクは何も言わず突然ハンスの左頬を思い切り殴った。
「ドレイクさん!」
ハンスは体ごと飛ばされて道路に倒れ、それを見たユリウスが慌てて止めに入った。庇うようにハンスの前に立ったユリウスに対し、ドレイクは怒りを隠さなかった。
「ユリウス、こいつの行動があまりにも無謀だったことはわかってるだろ。もし救いに行ったお前たちの情報が軍本部に伝わったりしたらそれこそ計画が破綻してた。」
「それはわかります。でも、ハンスはアルデバランが介入することを予期してなかった。我々の方が勝手に行動したと思っているでしょう。」
「そうしなけりゃこいつは死んでたんだ!俺はそれでもよかったがな。死にたい奴は勝手に死ねばいい。エラルドに言われなきゃこんな生意気なガキとっくに見捨ててる!」
言葉を吐き捨てると、ドレイクは再び体を起こしたハンスを睨んだ。
「お前はどこまで自分のことしか考えないんだ!完全に敵を振り切れるとでも思ったか?だとしたらただのバカだ。どうせ半分死んでもいいと思ってたんだろうが!くだらない自殺行為に付き合わされる周りの身にもなってみろ!」
ハンスはドレイクから目を逸らしたまま、ゆっくりと立ち上がった。
「…確かにそうだ。死んでもいいと思ってた。アルデバランが介入することは予期してなかったが、それで今自分が生きているのも確かだ。…迷惑を掛けて悪かった。もう放っておいてくれ。俺は親父とは違う。」
そのままハンスが立ち去ろうとすると、ユリウスがそれを引き止めた。
「待って!ここはラスキアードからだいぶ距離があるし、一人じゃどうにもならないよ。君の目的はお父さんの親友に会うことでしょ?それなら我々の組織を通さないと無理だ。」
「…離してください。今後はもう俺がどうなろうとあなたたちには関係ない。」
するとドレイクは無理やり怒りを抑えつつ、静かに口を開いた。
「残念だが、俺たちのリーダーがそれを許さない。お前をその人物のもとに連れて行く。そのあとのことは勝手にしろ。」
連れていくと言われても、アルデバランがなぜ自分のためにそんなことをするのかハンスにはわからなかった。何より今はこれ以上この組織と関わるつもりはない。自分は自分の足で前に進むと決めたんだ。
「…その人物に会わすのは組織に入ったらと言ってたはずだ。もう俺には関わらないでくれ。」
頑なハンスの態度に説得する意味を感じなかったのか、ドレイクは周りで待機していた3人の若い男たちに目を向けてから、いかにも面倒臭そうに口を開いた。
「おいお前ら、こいつを拘束しろ。」
指示を受けた男たちはすぐさま駆け寄ってハンスの体を地面に押さえつけた。ハンスはなぜそこまでするのか意味がわからなかったが、抵抗するよりも前に右腕を掴まれたハンスは激痛に顔を歪めた。男たちは命令通り律儀に、持っていたロープでハンスの両手首を拘束した。
「俺がその人物に会うのは自分のためだ!元リーダーの息子というだけでなんでそんなに俺に介入しようとする!?」
ハンスが痛みに耐えながら叫ぶと、ドレイクは呆れたように答えた。
「その答えは俺は知らん。最悪にめんどくせぇがさっさと行くぞ。これ以上お前の我儘に付き合ってるヒマはない。」
拘束されたハンスはそのまま無理やり車に詰め込まれた。
「ドレイク、本当に行くのか?組織外の人間に介入し過ぎだろう。ハンスの人生はハンスのものだ。」
運転席に乗ったドレイクに、カルロスがそっと声を掛けた。
「…それは俺じゃなくてエラルドに言え。こいつの為に出撃させてすまなかったな。カルロス、悪いが俺の機体を頼む。」
かなり不本意ながらも、ドレイクは車を走らせた。すでに日は傾き出し、通り過ぎて行く薄暗い木々の間から入る光はわずかだった。
自分の手で前に進むはずだったハンスは、それがことごとく叶わない状況に圧倒的な無力さを感じていた。車窓の外にある知らない木々がつくる暗く寂しげな景色が流れていくのを、ただぼんやりと眺めた。




