54話 ラスキアードへ
ラスキア本土東沿岸に位置する首都ラスキアードへ、ハンスの機体は真っ直ぐに向かった。
この機体では航続時間が最長でも30分程度に限られることも、本土沿岸に配置されている軍の治安維持部隊に発見される恐れがあることもわかっていた。もちろんラスキアード内に着陸しようとは思っていない。本土手前で南へ旋回して、隣のディオイラ州にあるカドゥナ岬沿岸の農道離着陸場に着陸するつもりで航路を考えていた。
農道離着陸場とは農道を拡幅して農産物等を空輸する小型飛行機のためにつくられた空港の一種で、経済的に余裕のあったラスキア共和国のかつての高度経済成長期の時代に本土内のいくつかの農業地帯に建設されたものだ。
ただ20年ほど前からの国の経済状況の低迷によりすでに放棄された場所が多く、着陸予定のカドゥナ岬にあるそれもその一つである。今ラスキア本土の経済状況については急速に改善されつつあるとのことだが、一度放棄された滑走路はそのままになっている。
多少荒れていたとしても、今はむしろ人気の無い場所の方が都合が良い。それに滑走路さえあれば水上に胴体着陸するよりは遥かにましだと考え、ハンスはここを着陸地に選んだ。
南側へ着陸することを考えたのはラスキア軍の軍事基地の一つが首都の北側にあるからだが、軍に察知される可能性があることは変わらない。それを突破するにはスピードと機動性で勝負するしかない。
無茶なことは百も承知だが、全く勝算が無い訳では無かった。
焦点が合わなければ弾は当たらない。武器を積んで防弾を強化した戦闘機は単純に機動性に劣る。ラスキア軍の主力機であるcf109は、最高速度もハンスの機体より90km/h近く遅かった。そのため、不意打ちにさえ遭わなければ機動性を駆使して振り切ることができると考えていた。
問題はスタミナだ。少しでも振り切るのに手間取れば本土に届くまでに冷却水が尽きる可能性がある。
飛び立ってからちょうど15分経った。このあたりが中間地点だ。これより先に行けば戻ることも不可能になる。だが迷いはない。自分の手で前に進むと決めた。
アルデバランは自分が組織に入ることを望めば父の親友に会わせると言ったが、現時点で自分が組織に入ることは考えられなかった。この3日間散々あらゆることを考えたが、結局は今の自分には見えていないことがあまりにも多過ぎると感じた。
まずは父がアトリア独立にかけた想いを知らなければ何も始まらない。
本土に近づくにつれて少しずつ雲が増えてきて、少し高度を上げた。
エネルギーの消費を抑えるため、速度は巡航速度の565km/h程度をキープしていた。後続可能時間と残りの距離を考えればどこかでスピードアップして最高速度を出す必要があるが、敵機に見つかる可能性もあるためギリギリまで機体のエネルギーを残しておきたい。
着陸予定地に向かうにはあと2分で南に旋回する必要がある。角度を間違えれば余計な距離を行くことになり航続可能時間をオーバーしてしまうため、ハンスは慎重に機体の位置と高度、目的地までの距離を計算し、南へ旋回しなければならないギリギリの位置で舵を切った。
計算通りの角度に機体を動かした瞬間、右下後方の雲の中に機体の影を確認した。
一瞬焦ったが、こちらを視認しても攻撃してくる様子は無い。だが確実に追尾を始めた。ラスキア軍の偵察機だ−。
この位置では本土までは無線が届かない。航空機における無線の範囲は基本15km程度のため基地に連絡される心配は無いが、もしその範囲内に戦闘機が飛行していた場合にはあっと言う間にこちらに向かってくることになる。ハンスは改めて覚悟を決めた。
すると次の瞬間、思った通り同じく4時の方向の雲の中から戦闘機らしき機体が現れた。紛れもなくラスキア軍の主力機cf109だ。
だが同時に偵察機がスピードを加速させてこちらに機体を近づけ、スピードを緩めて高度を下げるようハンドシグナルを送ってきた。
本土を離着陸する航空機は民間機も含めて全てラスキア国旗の獅子の印が尾翼右面に刻印されており、それによって領空飛行許可の有無を判断している。アトリア内でのレース用機であるハンスの機体にはもちろんそんなものは無い。
本来なら民間機であっても即撃墜される場面だが、機体に描かれた校章から航空学校の機体であることを確認して一度警告を発したのかもしれない。だがもちろんそれに従うことはできない。ここで軍に捕まったら確実に連行されるだけだ。
ハンスはシグナルを無視してさらにスピードを上げた。するとすぐに2体の戦闘機がすぐさま偵察機を追い越してハンスの機体を後ろから射角に収めようとした。
ハンスは素早く機体を左にロールさせながら急旋回して高度を上げた。予想外の機敏な動きに、2機の戦闘機が最初に発射した弾は全て空を撃った。
ただもちろんそれだけでは終わらない。2機はすぐさまハンスの機体を追って急旋回し、再び銃弾を浴びせてきた。ハンスはすでにそれを計算に入れていて、機体を右にハーフロールさせ背面体制のまま垂直降下することで、ギリギリのところで銃弾の雨をかわした。戦闘機のパイロットはその動きに驚きを隠せなかった。
「くそ、何だあの動き!?まるで曲技飛行だ。」
僚機に乗った若いパイロットが口惜しそうにつぶやいたとき、無線から指示が飛んだ。
「俺が追う、お前は高度を上げて援護しろ。」




