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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
53/190

53話 不安と現実

 三人は黙って狭い部屋に入り、中央に置かれた丸いテーブルのイスに掛けるよう促された。三人が座るとエラルドがすぐに口を開いた。


「今から話す内容は君たちハンスのチームクルーとゾフィー以外には絶対に口外しないと約束してくれ。」

 対してクリスはすぐに聞き返した。

「…チームクルーのみんなにも話していいんですか?」

「仕方ないだろう。昨日戻ったばかりの機体が無くなっていることを他の仲間にどう説明する?それに、ここのところ君たちが中流階級や貧困街のあたりにまでハンスを捜しに来ていたのは知っている。ハンスが本土に飛んだ今、無闇に動いてもしアトリアの治安維持部隊にまでハンスの動きを察知されたらまずい。それに君たちも危険だ。仲間にも理由を話して捜すのを止めさせるんだ。」

「…わかりました、必ずゾフィーとチームクルー以外には口外しないと約束します。」

 クリスが答えると、ジルベールとレイもしっかりと頷いた。エラルドはそれを確認して続けた。


「ではハンスに話したことをそのまま君たちにも話そう。それを聞いたら君たちはすぐに帰るんだ。」

「でも…!ハンスがどうなるか…」

「ハンスのことはこれ以降我々に任せてくれ。ドレイクはああ言っていたが、何があっても必ず彼を無事ラスキアードへ送ることを約束する。ただ、ハンスが目的の人物に会った後のことはハンス自身が決める。そこで我々が強制的に介入することはないから安心しなさい。」

 それだけ伝えると、エラルドはハンスがパイロットを辞退しなければならない理由と父親と組織の関係について、ハンスがラスキアードに渡ったのは父の親友に会って話を聞くためだということ、また現在のアトリアの状況などを手短に説明した。

 三人にとってはどれも現実離れした話に思えて簡単には信じられなかったが、それを問い正すような時間もなく、説明が終わるとすぐにエラルドは席を立ってアンネに後を託し、部屋を出ていった。


 全てを知ったクリスはハンスのことを思うとどうしようもない悔しさにまみれた。

 なぜあいつの運命はこんなに過酷で劇的なんだろう。母を亡くし、父を亡くし、それでも明るさを失わなかったあいつがその次に奪われたものは、自分を突き動かす核となっているものそのものだった。

 クリスの目から見ても、父への憧れと目標が確かにハンスを動かす原動力だった。なのに今度は突然その二つもが同時に失われた。しかも尊敬し心の支えだった父に裏切られるような形で。


 アンネは三人に対し、制服から用意した服に着替えてバラバラにここから出るように言った。ハンスの今の状況については一切教えてもらえなかった。

 君たちはあくまで組織の外の人間だから、これ以上は情報を渡せない。ただハンスの安否だけは必ず何かしらの方法で知らせるから、と伝えるとアンネは三人を階段の先にあるドアの前に残し、自分は再び階段を降りていった。


 エラルドは必ずハンスを無事にラスキアードに送ると約束したが、機体が軍に発見される可能性があることは変わらない。それでも自分たちはこの組織に全てを託すしかない。どうすることもできない三人は、自分たちの無力さを痛感しながら基地を後にした。


 クリスは以前から頭の片隅にあった不安が再びよりはっきりと蘇るのを感じた。それはハンスが一人でどんどん前に突っ走って行っていつか見えなくなってしまうんじゃないかという漠然とした不安だったが、もうすでにハンスは半分自分の手の届かないところに行ってしまったように感じた。

 必ず帰る、とハンスは言ったが、それは自分たちのもとに帰ってくるという意味だったんだろうか?


 ハンスの強靭な精神力はこれまでずっとハンスを輝かせて来たが、今のクリスにはそれがハンスをどこか遠くに連れて行ってしまうような、恐ろしいもののように感じた。

 ハンスが探しに行った答えが見つかったとしたら、あいつはその後どうするんだろう。あの組織に入ることを考えるんだろうか?

 …アトリアが独立戦争を起こすなど思ってもみなかったが、エラルドの話だともうすでにそれは始まっていると言う。


 戦争などという現実離れしていて自分たちの生活を一変させる可能性のあるものが、こんなにも驚くほど実感なくいつの間にか始まるものなのだろうか?

 政治の腐敗が進んでいるとはいえ、民主主義国家であるこのラスキア共和国内でそんなことが許容されるんだろうか?

 少なくともまだ現時点ではあの事件からそこまでの進展は無いように見える。ただ、確かに軍の兵士の姿は以前に比べて格段に増えた。

 …もしかしたら、これまでの自分はあまりに周りが見えていなかったのかもしれない。


 ハンスが駆けて行った空の向こうを見つめながら、クリスは自分がこれから何をすべきなのかを必死で考えていた。

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