5話 恋の香りと予言
全員で二階のリビングに上がった。
広いリビングは手前が応接間になっており、中央に重厚なテーブルとイスが置かれている。その周囲は腰ぐらいの高さの棚で囲まれていて、それが向こう側にあるリビングとの仕切り代わりにもなっていた。
その深い飴色の棚には色んな国の楽器や不気味な彫刻、針の曲がった時計など、一見ガラクタに見えるような物ばかりが無造作に飾られているが、よく見るとそれぞれ埃などがつかないようにちゃんと手入れされていて、一体雑なのか丁寧なのかよくわからない印象だった。
一部棚がひらけているところから応接間を抜けると、すぐに三段ほどの小さな階段があり、その少し下がった先には明るく開放的なリビングが広がっていた。
部屋の南側は一面窓になっており、明るい日差しがさんさんと注ぎ込んでいる。一方反対側の北側の壁は上半分が窓、下半分は全てコレクション棚になっており、あらゆる飛行機の模型が大量に並べられていた。
それらを初めて見たジルベール、エリック、アルバート、レイの4人は一気に歓声をあげた。
「これってもしかしてあの最新型のF-G676の模型!?すごい!」
エリックがいち早く模型コレクションの中でも最も新しい一つに飛びついた。
「そうだ!すごいだろ。軍の知り合いから特別に頂戴したんだ。よくわかったな。」
レイもそれを見て珍しく興奮を抑えきれない様子で早口でまくしたてた。
「わかりますよ、従来の機体から大幅に改良されて見た目もカラーリングも独特ですし。メルクシュナイダー社の製作で、世界でも最先端の機体を持つラスキア軍の最新型ですから、今まさに世界中が注目している機体ですよ。」
「…世界中の航空機ファンだけが注目している、の間違いだろ。」
ジルベールが冷静に突っ込みを入れる。
「いや、少なくともアトリアの住民はみんな知ってるさ。アトリアは世界一の航空機生産拠点だし、飛行機と共に発展してきた歴史を持っているんだから…」
レイは誇らしげに反論し、それにクルトが静かに続けた。
「そうだな。前身であるホルシード王国の時代から、航空技術においてはずっと世界をリードしてきた。ラスキアの属州となってから言葉も文化も奪われたが、航空関連技術とエアレースだけは唯一のアトリアの伝統として残された。不幸中の幸いとでも言うべきかな。」
「でも…何で突然ラスキアに戦争を仕掛けたんだろう。より文明の発展していたラスキアに対抗しても勝ち目が無いことは分かりそうなことなのに。そこまでして領土を広げたいって思ったのが理解できないんだよな。」
ハンスがぽつりとつぶやくと、クルトがそれに答えた。
「当時は国王による独裁主義で、その利権を享受していた周りは言いなりになって止めることができなかったんだろう。国民が戦況に気づいたときにはすでに敗戦の色が濃かった。植民地にされず属州として自治権を与えられただけでも良かったと言われているが…まぁ現状はそれもすでに形だけになってしまっているけどな。」
その言葉は少し寂しそうに聞こえた。すると反対にゾフィーが明るく声を掛けた。
「さぁ、ラトゥを温めなきゃ。おじさん、サラダも作っていい?少し台所借りるね。」
「ああ、もちろん。冷蔵庫にあるもの何でも使っていいぞ。ただし生のイシュー(玉ねぎ)は入れるなよ。」
「了解!相変わらずね。」
ゾフィーは笑って返事をすると一人台所の方へ歩いて行った。他のみんなはクルトに模型の説明を聞きたがり、クルトはまるで自分がつくったかのように得意げにたくさん並んでいる各模型飛行機の設計や開発秘話を話し出した。
そんな中、クリスだけが台所で作業をし始めたゾフィーを気にかけている様子だった。それに気づいたジルベールは慌ててさっと一人で台所に行き、思い切ってゾフィーに話しかけた。
「ゾフィー、俺も手伝うよ。一人で全員分作るのは大変だろ。」
ゾフィーは制服のブレザーを脱いでダイニングにあるイスにそれを掛けたところだった。
「ほんと?ありがとう。じゃあ一緒に野菜を切ってくれる?」
「ああ。」
ジルベールは内心の嬉しさが表に出てしまわないように意識しながら、自分もブレザーを脱いでイスに掛けた。シンクで丁寧に手を洗ってゾフィーの横で包丁を持った。
ゾフィーが冷蔵庫を覗き込んで適当に数種類の野菜を選んでまな板の横に並べると、ジルベールはそれらをさっとを掴んで切り出した。
「ジルベール、お料理するの?野菜の切り方とか知ってるんだ。」
「ああ、俺ん家は親父だけだし、普段は使用人が料理してくれてるんだけど、たまに自分でつくったりもするんだ。」
「そうなのね。うちと少し似てるね。」
ゾフィーと何気ない話をしながら、ジルベールは自分の顔が赤くなってないか少し心配しつつも、手早く野菜を切った。そうしながらいつ話を切り出そうか頭の中でぐるぐると考えていたが、このチャンスを逃したらもう後は無いと思い、勇気を振り絞って口を開いた。
「…あのさ、ゾフィーは今度のシスレー社のパーティー、行くの?」
「え?」
ゾフィーは火にかけたラトゥをかき混ぜながらジルベールの方を見た。
「いや、俺は親父の関係で行くんだけどさ、ゾフィーのお養父さんも議員だし、行くのかなって…。」
「今度のパーティーね。うん、私も行くよ。本当はそういうの苦手だから何かしら理由をつけて断ってたんだけど、今度のはお養父さんから必ず行くようにって言われて…。」
「そっか…!じゃあさ、もしよかったらなんだけど…、ダンスのパートナーになってくれないか?俺、まだ決まってなくてさ。」
ジルベールはなるべく自然に誘ったつもりだったが、心臓はバクバクと脈打ち、緊張を隠すのに必死だった。反応が気になったが、ゾフィーの方を見ることは不可能だった。
「ほんと!ありがとう。私もずっと出席しないつもりだったし、まだお相手が決まってなくて。ジルベールだったら知ってる相手だし、嬉しいわ。」
その言葉を聞いて、ジルベールはやっとゾフィーの方を見た。ゾフィーはジルベールを見てにっこり笑った。自分の顔が一気にカッと熱くなるのを感じて、ジルベールは慌てて手元に視線を戻した。
「よかった、じゃあよろしく!ダンス上手くないけど、リードできるように練習しとくよ。」
「私も上手じゃないけど大丈夫よ。みんな酔ってるしちゃんと見てないんだから。お兄ちゃんなんて、昔はダンスの時間になるといつもこっそりいなくなってたわ。そういうのはほんと上手いんだから。」
笑うゾフィーの美しい横顔を見て、ジルベールは嬉しすぎて天にも昇るような気持ちだった。心臓は高鳴る一方だったが、不思議と今なら何でもできそうな気がした。
「ゾフィー、ジルベール、何か手伝おうか?」
クリスの柔らかい声がして、ゾフィーが振り返った。
「ありがとう、じゃあテーブルにお皿を並べてくれる?」
クリスはさっと食器棚から適当な食器を取り出し、大きなテーブルに並べだした。それからカトラリーやコップ、水差しなど、必要なものをテキパキと美しく並べていく。
「さすがクリスね。年中モテるだけあるわ。」
穏やかに笑い合うゾフィーとクリスを見て、普段ならかなりの嫉妬心を覚えるはずのジルベールだが、もはや今は何があっても平気だった。ゾフィーと一緒にパーティーに出席する、その未来図がジルベールの心の護符となって輝いていた。
「ジルベール、お野菜全部切ってくれたのね。ありがとう。本当に丁寧だわ。」
「あ、うん、ありがとう。」
舞い上がって中途半端な返事をしてしまい、ジルベールは照れた顔を見られないようにゾフィーから目線を外して洗い物をシンクに運んだ。ゾフィーはキッチンを出てみんなに呼びかけた。
「準備できたわよー!」
ハンスをはじめ飛行機談義に高じていた5人は子供のように返事をしてテーブルに駆け寄った。リビングには美味しそうな香りが充満していた。
「…まじでうまそうじゃん!」
目の前に注がれたラトゥを見てエリックが思わずつぶやいた。意外にもハンスの言葉が真実だったことを認めた。
「当たり前だ!二日かけて煮込んでるからな。アトリアで一番うまいと言われてる伝説のラトゥだ。」
クルトは適当なことを言いながらニヤッと笑った。
「三人共サンキューな。おじさん、いただきます!」
ハンスがクルトに向かって手を合わせると、全員が同じく続いた。
クルトの特製ラトゥは見た目だけでなく本当に美味しかった。全員は引き続き飛行機の話をしたりクルトの昔話を聞いたりしてたくさん笑った。家では賑やかに食事することのないハンスやゾフィーにとっては、久しぶりにクルトともゆっくり過ごせる特別な時間になった。
楽しいひとときが過ぎるのは早く、気づけば外は暗くなり始めていた。全員で後片付けをしてクルトにお礼を言い、明日またみんなで基地で会う約束をして、それぞれの家に帰って行った。
帰り際、ハンスがみんなより少し遅れて家を出ようとしたとき、不意にクルトがハンスを呼び止めた。
「ハンス!」
ハンスは突然の声に振り返った。
「お前の父親は強い奴だった。お前もそれを受け継いでる。」
「…え?」
クルトの口から父親の話が出たことにハンスは戸惑った。父が死んでからクルトが自ら父に関する話をすることはほとんどなかったからだ。
「…何のこと?レースのこと?それならゾフィーでしょ。」
「違う。それ以外の全てにおいてだ。」
「なんだよ…。操縦の腕の方がよかったし。」
「何なのかはいつか分かる。分かったら俺に聞きに来い。」
「何を?」
「それもそのとき分かる。」
ハンスにはクルトの言いたいことがさっぱり分からなかったが、いつものようにふざけて言っているのではないということだけは何となく分かった。父親について聞きたいことはたくさんあったが、クルトのそのきっぱりとした物言いに、今はまだ何を聞いても答えてくれなさそうな気がしてそれ以上はやめておいた。
「…ふーん。わかった。」
「じゃあな。ゾフィーを大事にしろよ。またいつでも遊びに来い。…おやすみ。」
「うん!おやすみ。」
最後は笑顔でそう言って、ハンスは先を行くみんなのもとへ少し肌寒くなった夜の道を掛けて行った。




