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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
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49話 光を探して

クルトは少し驚いてハンスを見た。

「ソフィアのこともアルデバランから聞いたのか?」

「ううん、詳しくは聞いてない。ただ父さんが反政府組織に加担した理由に母さんが関わっているということだけは聞いた。その理由を聞くにはもっとふさわしい人物がいるって…。」

「…そうだな。そのあたりについては俺も全ては話せない。俺がフランツと関わるようになったのはお前たちが産まれてからだからな。ソフィアはゾフィーを産んだ後すぐに入院していたし、俺がソフィアと直接話した回数も数えるほどだ。それを詳しく知るためには、今はアレクに聞くしかないだろう。」

「…アレク?」

「アレクサンダー・ベルというフランツの親友だ。名前はよくフランツから聞いていたんだが、フランツの死後に一度だけ俺のところに来て、お前たちを見守ってほしいとだけ言った。彼ならフランツがソフィアと出会う前からアルデバランに入ってリーダーになり、亡くなるまでの全てを知っているはずだ。ただ、俺は現在の居場所はわからない。アルデバランなら知っているかも知れないが…。」


 ハンスはそのアレクという人物がアルデバランでエラルドが言っていた人物と一致することを確信した。ただその人物に会うためには、自分がアルデバランに入る選択をしなければならない。少なくとも現時点でそんなことは到底考えられないが…、父の思いを知ることは今の自分にとってどうしても必要なことに感じられた。

 

 ハンスがしばらく黙っていると、クルトが突然口を開いた。

「…フランツが死んだ後にお前がヨーゼフのところに行くと言ったのは、俺があいつに脅されていることを知ったからだな?」

 ふいを突かれたハンスはクルトを見た。

「あいつはフランツが死んですぐにゾフィーを引き取りたがった。自分の権力を固めるための駒として使えると考えたんだろう。そのために俺に議員の権力と政府との伝手を使って航空技師としてやっていけないようにしてやると脅しをかけて来た。偶然それを聞いたお前はゾフィーと共にヨーゼフのもとに行くと言い張った。」


 クルトは確認するようにハンスの目を見たが、その目に動揺は無かった。真実と確信すると、クルトはハンスの目を直視できず、俯くようにそらしてから続けた。

「俺は…お前たちを引き取りたかった。お前たちをこの手で育てられるなら、この仕事なんていつ辞めても良かったんだ。」


 クルトは何を言っても聞かないハンスの強情さに負けてヨーゼフのもとに行くことを許してしまった自分の選択をずっと後悔していた。中流階級の職人の家よりも上流階級のヨーゼフの家に行けば、航空学校に入ってハンスのパイロットになりたいという夢がより実現しやすくなるというのも大きな理由の一つだったが、それが叶わないとなった今は二人をヨーゼフに預ける意味は無くなっていた。


 相手が何か言う前に、クルトは逸らした目を戻してハンスの目を真っ直ぐに見据えた。

「ハンス、ゾフィーと一緒に俺の元に来ないか。パイロットの道は閉ざされても、お前にはこれからの長い人生がある。俺はお前たちを心から自分の本当の子供のように思ってる。…今更だが、お前たちをそばで見守っていたいんだ。」


 クルトは思いもよらず目に涙を溜めていた。ハンスはクルトのその切実な言葉に胸を締め付けられた。父親の正体が何であろうと、自分の唯一の目標を失おうと、クルトがこれまでの自分を肯定してくれるならそれで良いとさえ思った。


 だが同時に、ドレイクに言われた言葉がハンスの脳裏に蘇った。”自分たちの生活が全て、汚い部分に蓋をして真実を見ようとしないー”。

 自分は全てを忘れてクルトの元に行けばまた一から始められるかもしれない。でもそれで良いんだろうか…? …少なくとも、父は今の自分が見ていないものを見ていた。”自分のことばかりで全く周りが見えてない。フランツとは大違いだ”と、あの男が確かにそう言ったように。


「クルトおじさん…ありがとう。俺もおじさんのところに行けたらどんなに良いだろうって思う。できればゾフィーはすぐにでもおじさんに引き取って欲しい。」

 ハンスは微笑んだつもりだったが、実際にはうまく笑えていなかった。ただクルトの気持ちを嬉しく感じたのは本当だった。自分に対してそんな風に思ってくれている人がいるということに、一度見失った心を救われた気がした。


「…お前は…?」

 クルトはまだ生気を取り戻したように見えない、ハンスの白い頬を眺めてつぶやいた。

「俺は…、少し考えたい。父さんのことを中途半端にしたまま前に進むことはできないんだ。」

 はっきりと答えたハンスの目はかつての真っ直ぐで力強い目ではなく、何とも言えない静けさを湛えていた。


 クルトはハンスが元から持っている心の強さに対して、今は逆に不安を感じた。

 幼い頃に母を失い、父親まで失って突然自分の置かれた環境が一変しても、ハンスは内に秘めた光を少しも失わなかった。ただそれは、父への憧れと目標がハンスを支えていたからに違いなかった。

 今度はその二つまでもが同時に失われた。亡くなってもなお尊敬し心の支えだった父に裏切られるような形で、自分の唯一の目標さえも失った。

 それでもハンスは再びゆっくりと立ち上がり、自力で前に進もうとしているのだろうか。


 ただクルトにはそれが純粋に前向きな前進だとは思えなかった。

 失ったものは大きく、一度バラバラになった心を無理やり繋ぎ合わせて強引に前に進もうとしているような危うさを感じた。


「…それはうちに来てからでも考えられるだろう。お前もゾフィーと一緒にここに来い。」

 クルトは祈るような気持ちだった。ハンスは一度決めたら考えを曲げることはない。それでも今のハンスを一人にさせてはいけないと直感していた。


「ごめん…、どうしても一人で考えたいんだ。これは俺の問題だから。」

 にべもなく言って、ハンスは立ち上がった。クルトは必死で引き止めるための言葉を探したが、ハンスを留めるだけの言葉は簡単には浮かんで来なかった。


「ハンス!行くな!!」

 一階へと続く階段に向かおうとしたハンスを咄嗟に呼び止めたのは、その背中にこれまでにない儚げな印象を見たからだった。ハンスは一瞬立ち止まると振り返った。


「大丈夫だよ、答えが出たら必ず帰ってくる。だから少しだけ待ってて欲しい。」


 ありきたりなセリフだけを残して、ハンスはそのまま階段を降りた。

 追いかけて無理やりにでも留めておきたかったが、今のハンスには何を言っても無駄だということも、クルトには十分すぎるほど分かっていた。たとえ鎖で繋いだとしても、ハンスはどうやってもそれを引きちぎって出て行こうとするだろう。


 ああ、本当にフランツそっくりだー。フランツにも何を言っても反政府組織としての活動を止めることはできなかった。

 クルトはかつてのフランツの姿を思い出しながら、ハンスの行く先に再びあたたかい光が灯り、何より無事自分のもとに帰ってくることを心から願った。

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