48話 知りたい
真っ暗な貧困街を抜けて、ハンスはある場所に向かっていた。ヴィルと話をして少し冷静になってから、ふと以前クルトに言われた言葉を思い出したのだ。
”お前の父親は強い奴だった。お前もそれを受け継いでる。それが何なのかはいつか分かるから聞きに来いー” と、クルトは確かにそう言った。
それが何を指すのかはわからないが、クルトが自分の知らない何かを知っていたことは確かだった。それが今日聞かされた事実なのかどうか、おじさんに直接確かめなくてはならない。
ハンスはこのあたりが中心街にほど近い場所だということに気づいていた。ヴィルはセントラルの中心街の近くにある貧困街の出身だということを知っていたからだ。
ハンスは再びゆっくりと駆け出した。中心街を通り越し、少し外れた場所にあるクルトの家まで真っ直ぐに向かった。
今が何時なのか不明だが、周りの住宅の明かりがほとんど消えていることから、すでに深夜であることを察した。
だがクルトの家の近くまで来ると、リビングのカーテンの向こうから明かりが漏れているのが確認できた。ハンスはすぐに1階のガレージの脇にある呼び鈴を鳴らした。
クルトはリビングにある製図台で現在請け負っている新しい飛行機の設計図を引いていた。少し休憩しようとコーヒーを注ぎにキッチンへ立った時、玄関の呼び鈴が鳴った。
クルトはハッとした。直感的にハンスだと思い、慌てて玄関まで走った。
ガレージにある玄関のドアを勢いよく開けると、やはりそこに立っていたのはハンスだった。髪もシャツも濡れて、下はまだレース用の制服のままだった。右手に包帯を巻き、顔には殴られたような跡があった。見るからにボロボロの状態のハンスに、驚いたクルトは声をあげた。
「これまでどこに居たんだ!?その傷はどうした!?昨日レースの後に起こった事件から行方が分からなくてずっと心配してたんだ。今朝クリスの家に電話したらゾフィーは帰って来てると聞いて安心したが、お前はまだだと言ってたからー」
クルトはついまくし立てるように投げかけたが、ハンスは何も答えなかった。するとクルトはそれ以上追求せず、取り乱した自分の心を落ち着かせるようにハンスの背中を支え、家に入るよう促した。
「とにかく…、まずはシャワーを浴びて着替えろ。昨日の制服のままじゃないか。そのあと傷を手当てしてやる。」
ハンスは顔をあげ、ようやく口を開いた。
「いいんだ、それよりおじさんに聞きたいことがあってー」
「だめだ!!昨日のレースでも相当無理をしたと聞いてる。そのあと何があったかは知らないが、ケガもしてるしまずは体を休めてからじゃないと話はしないぞ。」
焦る気持ちを抑えて、ハンスは仕方なく言われた通りにした。家に入るとすぐシャワーを浴び、クルトが用意したシャツとジーンズに着替えた。ハンスがリビングに戻ると、クルトは黙ってハンスの顔の傷を手当てし、右腕の包帯を巻き直した。
さらに手当てが終わるとすぐキッチンに向かい、温めておいたラトゥを皿に注いだ。
「食べろ。食べ終わったらお前が聞きたいことに全て答えてやる。」
それだけ言うとクルトは製図台に戻り、設計図の続きを描き出した。
ハンスは昨日から何も口にしてなかったが、なぜか全く食欲は沸かなかった。それでも話を聞くために、目の前のラトゥを少しずつ口に入れた。好物のはずなのに味はしなかった。
ハンスが食べ終わると、クルトは製図台のイスを立ってキッチンでコーヒーを淹れた。ハンスにリビングの中央にある大きなソファに座るよう促し、木製のローテーブルの上に二杯のコーヒーを置いた。
ハンスが席を立ってそちらに移動すると、向かいに座ったクルトがゆっくりと口を開いた。
「…約束通り、お前の聞きたいことに答えよう。それがお前がここに来た理由だろう。」
クルトがハンスを見ると、ハンスもその目を見返して頷いた。
「おじさんは以前俺に、お前は父親の強さを受け継いでる、それが何かわかったら聞きに来いって言ったよね?それは…、父さんの秘密に関係がある?」
クルトはハンスのひとつめの質問にはっきりと答えた。
「ああ、そうだ。…それを知ったんだな。お前は昨日の事件の後、アルデバランに居たのか?」
クルトの方からアルデバランという言葉が出たことに、分かっていながらもどうしようもなく違和感を覚えた。やはりおじさんはずっと前から父親の正体を知っていながら自分たちには隠してきたんだと思うと、複雑な感情に心を支配された。
「…おじさんは…ずっと知ってたの?父さんが反政府組織のリーダーで、アトリア独立のために動いてたってこと。」
「知っていた。知ったのはソフィアが死んでからだがな。フランツがアルデバランに入ったのはそれよりだいぶ前だ。」
時系列を考えれば、おじさんがそのことをまだ子供だった自分たちに言わなかったのは理解できると思った。けれどクルトおじさんはこれまでずっとパイロットを目指す自分を心から応援してくれていた。それが叶わないと知っていながら黙っていたということは、自分の知っているおじさんの姿からは考えられないことだった。
「アルデバランから軍に入るのを止められたんだな?」
クルトはハンスの考えていることが分かっているようだった。ハンスはただ黙って頷いた。
「…そうか。やはりな。昨日のあの事件はあまりにも突然だった。まさかこんなにも早く仕掛けるとは思っても無かったんだ。」
ハンスにはその意味が分からなかった。だがクルトはハンスを真っ直ぐに見て続けた。
「お前には本当に残酷なことをしてしまった。あの事件が発生する前までは、もしお前がパイロットになって軍に入ったとしてもすぐに殺されたりするようなことは無かっただろう。だからもしこの先アトリアで本格的な独立戦争が勃発するような気運があれば、そのときには俺がお前たちをいち早く連れ戻せばいいと思ってた。そして三人で海外にでも行って暮らそうなんていう、甘い夢を見てたんだ。」
ハンスは少し安心した。何であれクルトが自分たちと一緒に暮らそうと考えていてくれたことを嬉しく感じた。だが同時に自分の人生が昨日の事件によって大きく変えられたことを知った。
「…昨日の事件はアルデバランが仕掛けたことじゃないの?おじさんはあの組織とどこまで関りがある?」
「ニュースを聞いてないのか。あの事件は過激派の反政府組織レグルスから犯行声明が出てる。アルデバランは関わってないはずだ。」
ハンスはアルデバラン以外にも反政府組織があると聞いたことを思い出した。するとクルトが続けた。
「俺はアルデバランとは関係ない。フランツは俺に関わって欲しくないとはっきり言った。お前たちを守るためだ。」
「俺とゾフィーを…?」
「そうだ。もし自分に何かあったときには俺にお前たちを託したいと言っていた。そのときに俺がアルデバランと関係があることがバレると全員が排除の対象になる。…ただ、残念ながらお前たちを預かることは叶わなかったけどな。お前が自らヨーゼフのところに行くと決めたから。」
ハンスは父の思いを図りかねた。自分とゾフィーのことを想うなら、そもそもなぜ父は反政府組織に加担したのか。やはりそこが分からなければ父の本当の考えを知ることはできない。
「…お前はフランツが反政府組織にいたことを知って、父親に裏切られたような気持ちになったかもしれないが、それは違う。」
クルトはまたもやハンスの気持ちを読み取っているようだった。
「フランツはお前たちのことを心から愛していた。お前たちのことが誰よりも大切だった。アトリアの独立は確かにあいつの宿願であったが、そのことでお前たちが不幸になる可能性があることに最期まで苦しんでいた。それでも進まなくてはならない理由があいつの中にあったんだ。お前がフランツの強さを受け継いでいると言ったのは、何があってもひたすら前に進もうとする姿がフランツのそれと重なって見えたからだ。」
ハンスは父が最後まで自分たちのことを想っていたということと、反政府組織のリーダーとして精力的に活動していたことにどうしても大きな溝を感じた。やはりそこを理解するにはなぜ父が反政府組織に加担したのかという理由が重要だと思った。
「その、父さんが何があっても進まなくてはいけなかった理由って何?それは母さんに関係がある?」




