41話 拉致
「お前はここにいろ!」
不安そうな顔をしているゾフィーに向かってそう言ってから、ハンスは先にある通路の出口まで向かおうと駆け出した。だが出口まで出る前に誰かが通路に駆け込んで来た。
「ハンス!ゾフィー!」
二人の名前を呼びながら駆け込んで来たのはクリスだった。少し後ろにはジルベールもいる。
「クリス!?」
足を止めたハンスはただならぬ様子の二人を見た。
「よかった、起きてたんだな。走れるか?逃げるぞ!」
「は!?何があったんだよ!?」
「わからない、とにかく会場の端の方で誰かが撃たれた。その後銃撃戦になってる。」
クリスが手短に言うと、続いて来たジルベールも続けた。
「みんなで表彰式の会場近くに居たんだけど、突然銃声がしてすぐに現場はパニックになった。ここは銃撃戦になっている場所からは少し距離があるから、今のうちに急いで会場を出るぞ!」
ハンスとゾフィーは突然の内容に戸惑いながらも頷いた。状況を把握しきれないままにして、とにかく4人は走り出した。
「他のみんなは!?」
「北側の出口で待ってる!先に行かせたんだ!」
ハンスの問いにクリスが答えたとき、4人は通路の先から外に出た。
建物の外は80メートルほどの幅のある道路があり、その先は船着場になっている。ハンスがいた救護室は建物の中心より左側に位置していたらしい。
右側を見ると表彰式の会場が仮設で設置されているようだった。右端の観客席の角の対角線のあたりに衝立のようなものがあって、その前にイスが沢山並べられている。だが確かにそのあたりから銃声が聞こえて、沢山の人がこちらに逃げて来ていた。
その中には政府関係者と見られるスーツを着た人たちもいて、その人たちを守るように軍服を着た兵士が手前の方で銃を持って応戦しているようだった。建物の上の観客席にいる人たちも全員慌ててこちら側の方へ移動して来ている。
ハンスとゾフィーが驚いてその様子を見ていると、クリスとジルベールが「こっちだ!」と呼びかけて逃げ惑う人々と同じ方向に走るよう促した。4人は再び走り出して、建物に沿ってみんなが待っているという北側の出口を目指した。
後ろから聞こえる銃声は止むことはなく、むしろ少しずつ近づいて来ているように思えた。ハンスたちがスタート地点に向かうために通った左側のトンネル部分はレースが終わってすでに閉鎖されていたため、出口はこのまま真っ直ぐ行った先にある北側の出口と、銃撃戦の中心地となっている南側の出口しかない。よって人々は全員その北側の出口を目指していた。
逃げ惑う人々はまさにパニック状態だったが、先の方に見える出口はまだ人が詰まったりしているような様子はなく、このまま走れば外に出られそうだった。
少し走って出口が近くに見えてきたとき、その出口の横に紺色の制服を着た集団がこちらに手を降っているのが見えた。チームクルーのみんなだ。人数が多いと思ったら、ゾフィーのチームクルーもいるようだった。
ハンスの後ろを走っていたゾフィーもチームクルーが全員揃っていることを見て安心した様子だった。だが次の瞬間、突然横から誰かに思い切りぶつかられた。ゾフィーは驚いて思わずきゃあ、と声をあげながら隣にあった建物の壁にあたって倒れた。ハンスはその声に気づいて振り返った。
「ゾフィ!」
すぐに駆け寄った瞬間、後ろで大きな爆発音がした。音と共に爆風が来て、ハンスは一瞬ゾフィーを庇うように体をかがめた。
爆風はすぐに収まり、ハンスは再び出口の方を振り向いた。すぐ近くに何かが爆発したような跡があったが、人が倒れたりはしていなかった。出口付近ではクリスとジルベールがみんなと合流したところだった。
「ハンス!ゾフィー!」
クリスが振り返り、すぐさま建物の脇にいる二人に気づいて呼んだ。ハンスはすぐにゾフィーを連れて立ち上がり、みんなの元に駆けようとした。だが、そのとき目の前で2回目の爆発が起こった。
爆発はクリスとハンスたちのちょうど間くらいの位置で起こったようだった。今度は大量の煙が発生し、途端に視界が悪くなった。さらに大きな銃声も聞こえた。後ろから近づいてきていた銃声がついにすぐそばまでやってきたようだった。
ハンスは咄嗟にゾフィーを連れてすぐ近くにあった建物の内部に続く通路に隠れた。煙が少し途切れたとき、クリス達がまだ出口のあたりに居るのが見えた。
「お前らは先に行け!!ゾフィーは俺が連れて行く!」
ハンスの声にクリスは駆け寄ろうとしたが、同時に目の前の地面に何発かの銃弾が打ち込まれた。その瞬間ジャンがクリスの腕を掴んだ。
「ここは危ない!一旦外へ出るぞ!」
クリスは拒否しようとしたが、再び銃声がして周りは完全にパニックになっていた。咄嗟にまずはみんなを外へ出さないとと思い直し、後ろ髪を引かれる思いで一旦出口まで走った。
ハンスはみんなが出口まで走って行ったのを見届けて心からほっとした。ゾフィーも同じ思いだった。
「よかった、みんなは外に出たぞ。俺たちも行こう。」
ハンスの言葉にゾフィーははっきりと頷いた。銃声が少しでも収まれば壁沿いに出口まで一気に走ろうと、ハンスは慎重に外の様子を確認した。だがその瞬間、通路の奥から声がした。
「動くな!!」
二人はハッとしてその声の方を見た。すると銃を持った兵士が一人、こちらに銃口を向けていた。
二人は一瞬固まったが、兵士は二人の顔を確認して言った。
「…子供か。一般客だな?こちらへ来なさい。安全な場所に案内する。」
兵士はすぐに銃口を下げた。その胸元にはラスキア軍の軍証があった。
「…ラスキア軍の治安維持部隊ですか?」
突然現れた兵士に少し違和感を感じたハンスは念の為確認した。
「そうだ。早く!」
ハンスは一瞬ためらったが、外の銃声はより激しくなり爆発音も響いた。一瞬の間に逡巡した末、ハンスはゾフィーを連れて奥に行けと合図する兵士の方へ走った。
兵士は二人を先に行かせて後ろから声をかけた。
「そこの角を右に曲がれ!奥の扉の向こうに出口に繋がる道がある。」
言われた通り通路の角を右に曲がると、確かに奥の突き当たりには扉が見えた。
ハンスは扉の前で立ち止まり、ゾフィーを少し後ろに下げてから一息にその扉を開けた。
すると、すぐ目の前に一人の男が立っていた。
「来たか。…なんだ、フランツにそっくりだな。」
ハンスは意外な展開に面食らった。だが男の言葉を理解するとハッとして聞き返した。
「フランツ!?父さんのことー」
その瞬間、首の後ろに強い衝撃を受けてハンスはその場に倒れた。
「お兄ちゃん!!」
ゾフィーは慌ててしゃがみ込み、倒れたハンスの肩に手を掛ける。だがハンスからの反応は無い。
「おい、ケガ人に手荒なことするなよ。」
目の前の男がそう言うと、ハンスを倒したさっきの兵士がその男を見て答えた。
「…報告を聞いてるだろ。こいつは大人しく従うような奴じゃない。こうするのが一番早い。」
ゾフィーは必死にハンスを呼び続けたが、ハンスが応えることは無かった。
「おいおい、こいつは元々今日のレースで体がガタガタなんだ。ちょっと寝かしてやれ。」
目の前の男は片膝をつくとハンスの体を持ち上げ、うつ伏せの状態で軽々と肩にかけた。
「やめて!!離して!」
ゾフィーは目に涙を溜めて訴えたが、訴えられた男は困ったような顔でもう一人の男を見た。
「…女に泣かれるのは苦手だ。クラース、説明してやれよ。」
「そんな時間はない。ゾフィー、後で説明するから我々に付いてきてくれ。ハンスにはこれ以上危害は加えない。もし君が来れないなら、ハンスだけ連れて行く。どうする?」
ゾフィーにはこのまま兄と別れるなど到底出来なかった。自分たちや父の名前を呼んだこの二人がどういう人物なのか全く検討がつかないけれど、兄が連れて行かれてしまうなら自分も一緒に行く以外の選択肢はない。
ゾフィーはその正体不明の二人に次いで、暗い扉の向こうに足を踏み入れた。




