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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
37/190

37話 スタート

 スタート地点にスタンバイしたハンスは、このレースでの操縦について考えていた。みんなにはああ言ったが、正直ケガの具合は芳しくなかった。

 痛み止めによって平常時の痛みは抑えられているが、やはり動かしたときには鋭い痛みを感じる。Gがかかった状態で操縦桿を握ったときにどんな状態になるかは分からない。


 レイの言った通り散々イメージトレーニングはしてきたが、やはり利き手ではない左手だけで操縦することには無理があると感じていた。特に自分の操縦は最大限にスピードを出してそれを無理やり押さえ込んで曲がるようなスタイルだから、そのときの細かい操作が重要になり、どうしても右手を使うことになるだろう。あとはその痛みにどれだけ耐えて自分の本来の力を発揮できるかということだけだ。


 スタートの合図は無線でのカウントダウンだ。スタート5分前から1分ごとにアナウンスがあり、3分前でエンジン点火の指示が入る。そして1分を切ると1秒ずつのカウントダウンに切り替わる。

 カウントダウンが10秒を切ったとき、会場は静まり返った。


 ハンスはいつもにも増して高揚していた。覚悟は決めた。後はスタートするだけだ。


 カウントダウンが0になった瞬間、ついに9体の機体が一斉にスタートした。滑走路の先にある離陸ラインまで機体を走らせると、9つの機体は音もなくふわりと舞い上がった。すると観客から最初の歓声が上がった。


 コースに入るラインとなるスタートゲートは広く設置されており、9体はほぼ横並びでそれを突っ切る。勝負はここからだ。1つ目のゲートまでの直線でまず最初の順位が付く。

 ゲートを通過する際には機体を横に90度水平になるよう傾けて通過することがルールとなっているが、それでもスタート/ゴールゲート以外の通常ゲートはその狭さから同時に通過できるのは3体が限界だからだ。

 ただ、その1つ目のゲートを通った直後には、垂直方向に急上昇して弧を描くように高高度で宙返りをする、バーティカルターンと呼ばれる最大にGのかかるポイントが待っている。直線でスピードを出し過ぎたまま1つ目のゲートを通過すると、次のバーティカルターンで急激にかかるGに耐えられなくなる可能性がある。そのギリギリを行く駆け引きが必要となるシーンだ。


 ハンスは直線で当然のごとく最大出力を出した。そのため1つ目のゲートを通過した瞬間にはゾフィー、ウルバノに次いで3位につけていた。

 ただ超高速で飛行中のパイロットには自分の正確な順位を確認するほどの余裕はない。とにかく早く正確に全てのゲートを通過することしか頭にないのだ。


 1つ目のゲートを通過した直後、そのスピードのまま急上昇してバーティカルターンに入った。その最大にGがかかるポイントで、ハンスは突如自分の腕に異変を感じた。

 ターンのために操縦桿を動かしつつ急激なGがかかった瞬間、激痛がハンスの右腕を襲った。それでもなんとか機体を制御してターンを成功させ、次のゲートへ向かう。

 だが、そのときの一瞬の遅れで後続の2体に抜かれていた。抜いたのはヴィルとデルフィーノだ。ハンスは急降下して次のゲートに向かう一瞬の間にヴィルに抜かれたのがわかった。だが考える暇もなく機体を水平に起こして2つ目のゲートを通過し、次の難しいポイントの一つであるスラロームに入る。


 スラロームは5本のシングルゲートの間を左右に高速で駆け抜ける、高い操縦技術と機体の機動性が試される難関ポイントだ。ハンスはここで一度目の勝負に出た。


 通常スラロームではその軌道の複雑さから若干スピードをゆるめて通過する。

 少しでもゲートに接触すると即失格となるため、それを避けるためにどのパイロットもみな慎重になるからだ。

 だがハンスはあり得ないことにそのスラロームを最大スピードで駆け抜けた。機体を完全に90度傾けて水平にし、ゲートギリギリをほぼ直線で突っ切ったのだ。


 この大胆な飛行には観客も大きな歓声をあげた。クリスらチームクルーも驚いたと同時にハンスの機体が一気に2機を抜き去ったことに飛び上がって喜んだ。

 だが、すぐに次のポイントが来る。スラロームを抜けた先にある3つ目のゲートを通過すると同時に左に急展開し、そのまま2回目のバーティカルターンに入るのだ。


 ハンスはスラロームで2機を抜いたことは確認できたが、抜けた先にある3つ目のゲートに向かうときに前にいた機体はヴィルだった。

 最初のバーティカルターンで3位につけていたヴィルは、ハンスと同じくスラロームでウルバノを抜いて2位となっていたのだ。これでハンスの前を行くのはヴィルとゾフィーのみになった。


 ヴィルに次いで3つめのゲートを通過した直後に左に急旋回すると、ハンスは恐れることなく再び最大出力を出してバーティカルターンに臨んだ。

 1回目のバーティカルターンで右腕に激痛が走ったにもかかわらず、一切迷うことなく最大スピードを出したのだ。

 どれだけ痛かろうが関係ないー!ハンスは当然のようにそう思った。だが急激なGがかかった瞬間、1回目を上回る衝撃が走り、腕がみしりを音を立てたような感覚がした。それでも1回目のときのような遅れはない。それどころか、ここでハンスは二度目の勝負に出た。


 2回目のバーティカルターンの後には4つ目のゲートがあるが、通常はターンのため急上昇した頂点で宙返りして背面のまま急降下した後、一度体制を180度回転させて垂直に整え、次のゲートの直前でまた水平に傾けて通過する。

 だが、ハンスは頂点で宙返りしたあと背面飛行で急降下すると、その最大スピードを維持して背面の体制のまま4つ目のゲートに突っ込んで行ったのだ。


 それを見ていた観客は誰もがゲートに激突すると思い目を覆った。チームクルー全員も一瞬で血の気が引いた。

 だが次の瞬間、ハンスはゲートを通過する瞬間に背面の体制から一気に右に90度機体を回転させ、見事美しい水平の状態で4つ目のゲートを突っ切って行った。


 その通常ではあり得ないアクロバットな飛行に観客は大いに沸いた。一方クリスは冷や汗と興奮が交互に現れて心臓が飛び出しそうになるのを必死に抑えていた。いや、クリスだけでなくチームクルー全員がそんな状態だった。

 ただその4つ目のゲートを通過する直前でついにハンスはヴィルを抜いて2位となり、前にいるのはゾフィーの機体のみになっていた。


 ゾフィーを抜けば優勝できるー。すでに全員が息をするのも忘れてただレースにのめり込んでいた。

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