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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
36/190

36話 心の強さ

 パイロットたちへの激励の拍手に包まれた会場に、選手たちへスタート地点への移動を促すアナウンスが流れた。会場全体がこれから始まるレースへの期待に溢れていた。


 機体とピットはスタート地点に近い方からランキング順に並んでいるため、1位のゾフィーから順に搭乗してスタート地点へ移動することになる。

 アナウンスを聞いてハンスも自分の機体に搭乗しようと、チームクルーのみんなに出発の合図をしてから機体の方へ駆け寄った。だが機体に手をかけたとき、後ろからオイ、と呼び止められた。

 振り向くとその相手は隣の機体に搭乗するヴィルだった。

「…賭けのこと、覚えてるだろうな?」

 ヴィルはハンスの目を見て確認した。

「もちろん、覚えてるよ。」

 通常では搭乗直前に他のパイロットに話しかけることはまずないなので、ハンスは少し驚きつつも答えた。

「…ならいい。」

 それだけ言うと、ヴィルは自分の機体へ戻ろうとした。ハンスは咄嗟にそれを呼び止めた。

「ヴィル!」

 ヴィルが振り向くと、ハンスは駆け寄ってはっきりと言った。

「お互い、正々堂々とやろう。」

 ハンスが手を差し出したときヴィルは驚いた様子だったが、少し考えた末、黙ったままゆっくりと自分の手を差し出した。

 二人は初めて握手をしてお互いの目を見た。そしてすぐに離れてそれぞれの機体のもとへ戻っていった。


「おい見たかよ!?ハンスとヴィルが握手したぞ!」

 ピットからその様子を見ていたエリックは驚いて声を上げた。

「すげーな!雪でも降るんじゃねぇの?」

 アルバートも同じように続けると、クリスが笑って答えた。

「ヴィルがああだから昔から犬猿の仲だけど、結局目標は一緒だからな。本当はライバルとして認め合ってる部分があるんだろ。」


 そのとき機体に搭乗したハンスがこちらに笑顔で手を降って、スタート地点への移動を開始した。ハンスの腕にはチームクルーから贈られたパイロットウォッチが光っていた。それを見た全員がピットから大きく手を降って見送った。

「…すごい笑ってる。ハンスって緊張したことあるのかな?」

 イアンがふとつぶやいた。

 全てを賭けたこのレースで、かつケガをしてからは練習もままならなかったのに、あんな風にスタート直前で心から笑っていられるのが本当に不思議だった。

「俺はあいつがパイロットになった初年度からずっとチームクルーとして一緒にやってるけど、緊張してるところは見たことないぞ。むしろ想像できん。」

 ジルベールがイアンに答えるように言った。するとクリスも続けた。

「俺も見たことないな。義務学校からずっと一緒だけど、レース以外でも一度も。…ハンスはそもそも思考回路が違うからな。」

 それを聞いたジャンも口を開いた。

「あいつはうまくやろうとか失敗したらどうしようとか、全く考えないもんな。そのおかげで無茶することも多いけど。今回もそれが心配だ。」

「…ハンスって、恐怖心とかも無さそうだもんね。」

 ヘンリーがぼそっとつぶやき、隣にいたレイも同調した。

「操縦訓練の授業でハンスと一緒に飛んだら、絶対に曲がり切れないって思うところまで平気で最大速度で突っ込んで来るからね。それでも曲がり切れる技術を身につけたのは凄いけど、初めは正気を疑ったよ。」

「あいつの操縦はあの精神力でもってるようなもんだからな。ゾフィーの無駄のない軽やかなそれともまた違う。あいつと一緒に飛ぶとチキンレースでもやってるような気になるぜ。かなり危なっかしいけど、それでも俺たちの学年では4年連続で1位をキープしてる。技術を補うために誰よりも努力してることは認めるが、あいつの一番の武器はあの並外れた心の強さだな。」


 ジルベールのその言葉に、クリスは2年ほど前にハンスが事故をしたときのことを思い出した。

 ハンスの機体が海に墜落した瞬間にジルベールやジャン、レイやヘンリーを含む当時のチームクルー全員が一目散に現場近くまで駆けつけた。同時に救急隊も出動してすぐに救出されたが、ハンスは意識が無いままぐったりとした状態でタンカに乗せられてていて、制服の右足と左腕には血が滲んでいた。

 それを見たときはかなりショックで全員が顔面蒼白になったが、その後のハンスのリハビリやレースへの復帰に対する努力と執念は凄まじかった。

 さらにわずか3ヶ月後にあった次のレースに復帰したときの、事故の前以上に勢いを増したゲートギリギリの攻防戦を見たときには、昔から一緒にいる自分でさえもその精神力の強さに驚愕させられた。

 見事1位でゴールしたハンスの機体に駆け寄ったとき、ハンスは操縦席で満面の笑みを浮かべていた。恐怖心をこれっぽっちも感じさせないその様子に、当時のチームクルーはみな正気を疑った程だ。


「あいつなら、この大事なレースでもいつも以上の力を発揮できるだろう。ケガは心配だけど、もう俺たちには見守ることしかできないからな。信じて待とう。」

 クリスがそう言うと、みんなも頷いた。ハンスはいつだってこうやって仲間を一つにして力強く引っ張っていく。

 クリスはずっとそれを側で見守ってきたが、ハンスが一人でどんどん前に突っ走って行っていつか見えなくなってしまうんじゃないかと、そんな漠然とした不安のようなものが常に頭の片隅にあった。それが何故だかはわからないけれど、ハンスにはそんな危うさと力強さを同時に秘めたようなところがあることをクリスは感じていた。

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