31話 変わらない心
「…で、どういうことだよ。何でこんなことになったんだ!?」
ジャンは悔しさの矛先をどこにぶつけたらいいか分からず、声を荒げた。
「…ごめん、全部俺の責任だ。俺が判断を誤った。」
ハンスがはっきりとそう言った。すると廊下の方からビーっという呼び出しベルの音が響いた。
「きっとレイたちだ。続きはハンスの治療が終わってからにしよう。」
イアンがそう告げて廊下に出ると、モーリスが副木や包帯を持って帰ってきたところだった。部屋に入るとモーリスは早速ハンスの腕に木製の副木を添えて、自分でもできるようによく見ててね、と言いながら包帯で固定していった。その間にイアンは玄関へ走った。
レイと双子が同時に部屋に入ってきて、訳がわからないという顔をしながらも黙ってソファに座った。治療が終わるまでは静かにするようにとイアンが告げたらしい。
モーリスは手際良く包帯を巻き終え、ハンスの腕を首から下げた白い布で固定した。
「できたよ。くれぐれも安静にね。もし何かあったらいつでも言って。俺はすぐそこにある親父の病院に勤めてるから。」
ハンスはありがとうございました、と席を立って丁寧に頭を下げた。モーリスはそれじゃあ、とだけ言うとさっと部屋から出て行った。
どんよりとした部屋の空気に、双子の一人のエリックがたまらず声をあげた。
「…訳わかんないんだけど!なんでハンスは怪我してんの?レースはどうなる!?」
隣のアルバートやレイも全く同じように戸惑った表情をしていた。その言葉に応えたのは意外にもゾフィーだった。
「ごめん…、私のせいなの。私がお兄ちゃんに相談してなければー。」
ゾフィーはそこまで言って喉を詰まらせた。自分のせいでハンスにとっての大事なチャンスを棒に振ってしまったかと思うと、あのとき自分のエゴでハンスに相談したことを激しく後悔した。私はただ兄に庇って欲しかっただけだったのかもしれない。
「ゾフィーのせいじゃねーよ!!他に回避する方法はなかった。もし回避しなかったらゾフィーは今頃…どうなってたか分からないだろ。」
ジルベールがゾフィーを庇うように言った。
「そうだ、少なくともゾフィーのせいじゃない。…順を追って全部話そう。今日何があったか。」
そしてクリスが今日あった事件の経緯を全て話した。ゾフィーの義父が政略結婚を企てていたこと、義兄がハンスの腕にケガを負わせたこと、ハンスがゾフィーを連れて逃げたこと。全て話したところでようやく当事者以外の全員の目にも理解の色が浮かんだ。
「…なるほどな。それは確かに…、、仕方ないな。」
ジャンは複雑な気持ちに整理をつけるようにつぶやいた。
「いや、俺が失敗したんだ。もし予めクリスやジルベールに話しておいたらもっとうまくやれたかもしれないし、そもそももっと他の方法を考えてれば、ゾフィーがパーティーに行かなくて済むようにもできたかもしれない。」
ハンスは珍しく悔しそうに下を向いた。
「…今そんなことを考えても仕方ないだろ。とにかく、チャンピオンシップは辞退するしかない。賭けのことはヴィルに話してー」
ジルベールはそこまで言って慌てて口をつぐんだ。ゾフィーにはヴィルとの賭けのことは内緒にしておこうとみんなで決めたことを思い出した。もしゾフィーが賭けのことを知ったら、今回のレースには出ないと言い出す可能性がある。妹の情けで優勝できたなんてことになったら絶対に嫌だとハンスは言い張った。
「いや、レースには絶対に出る。こんなケガなんて関係ない。」
突然はっきりとそう断言したハンスに、全員が驚いて顔を上げた。
「機体の改良は上手くいったし、操縦訓練も十分してきた。もう優勝できる自信はある。あとは10日でこのケガを治してレースに出場できればいい。」
「お前…本気かよ!?ケガを治すのに1ヶ月近くはかかるって…」
ジャンは整理をつけようとしていた気持ちを再びかき回されて、どう考えたらいいかわからなくなっていた。
「もちろん、本気だよ。…俺が代表パイロットになった初めての年に、一度大きな事故をしたことがあったろ?あのときはこれより随分ひどかったよな。右足と左手首を骨折して、病院で全治5ヶ月って言われて。…でも、その3ヶ月後にあった次のレースで初めて優勝したんだよな。」
ハンスは黙って話を聞いているみんなの顔を見ながら、初めて表彰台の一番高いところに登ったときの興奮を思い出して笑った。
「今回はあのときに比べたら断然ましだよ。完全に骨が折れてる訳でもないし、ひびくらいすぐくっつくさ。いや、絶対に治す。そしてまたあのときみたいに優勝する。」
いつもの生き生きとした目をして力強く放たれるハンスの言葉に、全員の心が一気に勇気付けられた。一人一人の胸の奥で消えそうになっていた炎が再び大きく燃え上がるのを感じた。
「…よし!やろうぜ!逆に面白くなってきた!障害がある方が俺らは強いからな。」
「そうだな!ハンスにケガさせた奴に目に物見せてやろうぜ!」
さっきまでお通夜のように静かだったエリックとアルバートが、突然いつもの調子を取り戻して騒ぎ出した。その変わりように思わず全員が吹き出した。
「まったく、お前らはこういう時ほんと息が合うよな。…でもその通りだ。予定通りレースに出て優勝しよう。」
クリスがそう言うと、全員が力強く頷いた。
ゾフィーは兄のケガが心配だったが、兄を輝かせている光が少しも失われなかったことに激しく後悔していた自分の心を救われた気がした。
笑顔でみんなと話すハンスを見て、あの顔をいつまでもそばで見ていたいー、ゾフィーは一人心の奥でそんなことを思った。




