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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
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29話 奪還

 ゾフィーが顔を上げると、たった数メートル先にここにはいないはずの兄が息を切らしながら立っていた。


「…お兄ちゃん!?」

 突然のことに理解が追いつかず、ゾフィーは呆然と兄の顔を見た。

「こっちへ来い、走るぞ。」

 周りが反応する前に、ハンスはゾフィーの手首を掴んで走り出した。アドルフは一瞬のことで何が起こったか理解していなかったが、ゾフィーの腰から手が離れた瞬間、「おい!待て!!」と後ろで声を張り上げていた。


 ハンスは当然のようにその声を無視して、二人は開いていた窓側のガラス戸からテラスへ出た。

 テラスから向こうはホールからの光が届かない暗い庭が広がっている。ハンスはそのままその庭へ飛び出し、暗い木々の茂みへ向かって走った。

 …問題はこの先だ。門を出るにはレセプションの警備を突破しなくてはならない。普通の参列者を装えばもちろん門を出ることはできるが、そのために足をゆるめればすぐに追っ手が追いつくだろう。


「お兄ちゃん!あれ!!」

 ゾフィーが庭の左側の塀の手前で木々が隙間なく植えられているあたりを指差した。その先では二人の人間がこちらに向かって手を振っているように見える。暗い中目を凝らしてよく見ると、その人物はクリスとジルベールだった。


「こっちへ!」

 二人の方へ近づくと、クリスがハンスたちを誘導した。4人は声もなく木々の茂みに隠れながら塀沿いを走り、塀の途中の木の陰にひっそりとあった小さな木製の扉がある所で反対側に出て、すぐにそのドアを閉めた。


 全員はぁはぁと息を切らしながらその場にしゃがみ込んだ。するとすぐにクリスが息を整えて口を開いた。

「…この扉は普通には知られてないから、すぐには見つからないだろう。他の出入り口は正面の門しかないから、出ようとしたらどうせレセプションで引っかかると思って油断してるだろうしな。」

 ハンスはそれを聞いて少し安心した。

「すまん、助かった…。でも何でお前らここにいるんだ?やっぱりあの声はお前だったのか、クリス?」

「ああ。本当に偶然だったけどな。シエラたちと一緒にテラスに出てたら、入り口の方で大きな声がしたから何かと思ってよく見たら、お前が誰かともめてたからさ。」

「そうか…、そのおかげで助かった。ジルベールはゾフィーと一緒にいなかったのか?」

「…俺は親父に挨拶回りさせられてたら、突然お前がゾフィーを呼ぶ声が聞こえて驚いたんだ。声の方を見ても人垣でわからなかったから、掻き分けて前に出ようとしたらクリスに声を掛けられて…」言いながらジルベールはクリスを見た。


「俺はハンスが相手をかわして玄関から入って行ったのがわかったから、この会場に来ようとしてるんだと思って、慌ててテラスから中に入ったんだ。すぐそこにジルベールの姿が見えたから、知らせようと思った瞬間にホールにお前が入ってきてゾフィーを連れて行った。それで急いでジルベールを呼んで一緒に先回りしたんだ。」

「そうか…危なかったな。偶然が重なって助かったのか。」

 ハンスはそう言って笑ったが、ゾフィーがやっと息を整えて混乱したまま口を開いた。

「お兄ちゃん、ありがとう…助けてくれて。…でもなんでここにいるの?」

それを聞いたクリスは怪訝な顔でハンスを見た。

「一体何があったんだよ、ハンス。ゾフィーのそばにいたのは国防長官の息子じゃなかったか?俺も一度挨拶した覚えがある。あいつ、ゾフィーに何かしたのか?」

だがその答えはジルベールが冷静な意見に遮られた。

「聞きたいのはわかるけどとりあえず今はここを出ようぜ。 ヴィクトワール宮の方に俺の車がある。親父のとは別だから、とりあえずそれに乗ってここから離れよう。」


 ジルベールの言葉に全員が頷いて、再び黙って走り出した。4人は宮殿の中の迷路のような裏道を通って暗闇の中をヴィクトワール宮の方へ走り抜けて行った。



 無事全員が車に乗り込み走り出すと、ようやく少しほっとした。ジルベールはいつも車に備えてある水の入った瓶を全員に渡した。走り通しだった4人は喉を鳴らしてそれを飲んだ。


「…で、こうなった理由を教えてくれよ。ハンス。」

 クリスは水を飲むのもそこそこに、ハンスに事の顛末を聞きたがった。

「ああ、そうだよな。お前らを巻き込んで本当に悪かったよ。こうなるはずじゃなかったんだけど…。」

「ゾフィーはあの国防長官の息子と政略結婚でもさせられそうになったのか?」

 バツの悪い顔をするハンスに対し、クリスが核心をついた。ハンスはなんとなくゾフィーの表情を確認してから返答した。


「…まぁ、そんなところだ。少し前にその情報を聞いてから、なんとか阻止しようと思ってた。本人たちが会う前にゾフィーだけこっそり連れ出せばいいと思ってたんだけど、入り口のところで義兄が見張ってて、止められてさ。強引に突破したんだけどもう遅くてー。」

「…それでいきなりゾフィーを連れ去ったのか。他にやり方無かったのかよ?あいつ、相当キレてたぜ。」

 クリスが半分呆れて言った。だがジルベールが庇うように口を挟んだ。

「いや、あのバカ息子からゾフィーを無理やり引き離そうとしたなら、どっちみち喧嘩になってただろうな。あいつ、政界でも相当評判悪いぜ。パーティーでも毎回違う女連れてて酒癖も悪いってな。…それよりゾフィー、何もされなかったか?」

 ジルベールは心配そうにゾフィーを見た。

「私は大丈夫。強引に部屋へ連れて行かれそうになったんだけど、そのとき突然お兄ちゃんが現れて私を連れ出してくれたの。」

「まじかよ!?あいつ…噂通り相当な下衆野郎だな!…そんな状況なら、実はあの方法が一番被害が少なかったかもな。一瞬だったから周りは何が起こったかよく分かってなかっただろ。」


 ジルベールはゾフィーが助かったことにほっとして笑みをこぼした。それを聞いた3人も少し安心した気持ちになった。だが次の瞬間、ジルベールがハンスを見て表情を変えた。

「…おい、お前右利きだよな?なんで左手で飲んでる?」

 クリスとゾフィーもぱっとハンスを見た。ハンスは少しぎくっとした顔で言い訳した。

「いや、義兄ともめたときにちょっと右腕をやられて…、でも大丈夫。大した事ないよ。」

 その焦った様子を不審に感じたクリスはバッとハンスの右腕をまくりあげた。


「いてっ!」ハンスは激痛に顔をしかめた。

「なんだよこれ…!?」

 紫色に腫れ上がったハンスの右腕を見て、クリスは思わず声をあげた。

「お兄ちゃんこれ…ひどい内出血!痛みがあるのなら、もしかしたら骨に異常があるかも…。」

ゾフィーは自分のせいで兄が怪我をしたと思ってショックを受けた。しかも大事なレースが近いこの時期に…


「お前、怪我したのならすぐに言えよ!レースはたったの10日後だぞ!?」

ジルベールはつい大きな声を出したが、すぐに反省して気持ちを落ち着かせた。

「…すまん、必死でゾフィーを守ってくれたのに。でもこの怪我、すぐに医者に見せないと。」

「いや、それはまずい。病院から学校に怪我のことがバレたら出場を取り消されるかもしれない。」

 ハンスはきっぱりと言った。

「でもこのまま放っておいて操縦桿が握れなくなったら元も子もないだろ。何とかして治療しないと…。」

クリスは心配そうに怪我を確認した。大きく腫れた患部はハンスの細い腕を変形させていた。


「そうだ、確かイアンの家は病院だろう?一度だけあいつの兄貴に会ったことがあるが、結構年が離れてて当時は医学部の学生だった。今はもう医者になってるはずだ。もしかしたらこっそり診てくれるかもしれん。」

 ジルベールの意見が採用され、とりあえずこのままイアンの家に向かうことになった。ゾフィーはどうかレースまでにハンスの傷が治ってほしいと祈るような気持ちだった。

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