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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
20/190

20話 始動

 レグルスの縄張りを抜けると、二人は足を止めることなくバルタザールの正体とその真意について語り合った。ドレイクの記憶によると、フランツにルッツと呼ばれていた男はフランツよりもかなり後輩で、少し見かけただけでも弟のように可愛がっているように見えたという。


「フランツの後にくっついてるから最初は本当の弟かと思って、たまたま印象に残ってたんだ。直接話をしたことはないが、おそらく当時トップエースであり若くして中将にまで昇進していたフランツを尊敬し、慕っていたんだろう。」

 二人はセントラルの中心部にある、中間層の人々が集うマーケットの人混みを避けながら歩いていた。


「そのルッツがなぜ突然現れて過激派のリーダーになったんだろうな。お前が言っていた通り、フランツの意思を継ぐならまずは我々の組織に入ることを考えるだろう。」

「…現時点では予測でしかないが、あいつと相対したとき、シャツの首元から少しだけ火傷の痕が見えた。フランツと同じ基地に所属していたなら、あいつも同じようにあの爆発事故に巻き込まれた可能性がある。もしかしたらフランツの最期を見たのかもしれん。」

「そこでよりラスキア政府に対する恨みを深めて、6年経っても起きない反乱の目に痺れを切らし、いよいよ無茶な行動に出たのか?…ありえることかもしれないが、あの連中を短期間でまとめあげたんだ。そんなに単純で頭の鈍い奴には見えない。他に何かしら深い理由があるのかもしれないな。」

「それも分かるが…。人の心なんて、強い衝撃を与えられたときにどう行動するか他の奴にわかるはずもない。…だが、俺もひとつ気になることがある。お前も気づいてただろう?あれは普通の煙草じゃない。」

 ドレイクは確認するようにエラルドの顔を見た。

「ああ、あの匂いは明らかに煙草じゃない。麻薬の一種だろうな。あの部屋に入った瞬間から匂いが充満していた。だが過激派組織の連中においては不自然でもないだろう?」

「…いや、あいつが吸っていたのはラーと呼ばれる最も高価で幻覚作用の強い麻薬だ。アトリアで手に入るような品じゃない。それにあの拠点の構造からして、明らかに豊富な資金を元にしないとあり得ない。誰か裏で手を引いている奴がいるのかもしれん。」

「確かにあれは豊富な資金源がないと不可能だな。上流階級の中に過激派を支援している人物がいるのかもしれない。だとするとそっちから当たってみるという手はあるか…。」

「…どうだかな。俺は正直どうやっても説得は難しいと思うが。瞬間的に激昂して銃を放ったときのあいつの目は、虚ろで焦点が定まってない暗い目だった。薬が影響している可能性もあるが、とにかく俺があいつに感じたのはー、虚無だ。何もかも捨ててただ一つの目的のためだけに命を繋いでるだけのような感じがしてならん。俺は戦場でそういう人間を何度も見てきた。…そんな奴を言葉で説得しようとしても無駄だ。」


 話ながらマーケットを抜けて、港の近くにある大きな公園に差し掛かった。二人はそこにあったベンチに腰を掛けた。もう少し歩けば上流階級の人々の屋敷が立ち並ぶ住宅街が広がっている。治安の良い地域にあるこの公園では子供達の遊ぶ声が響いていた。

 ベンチに座ると、ドレイクは改めて続けた。

「どういう経緯かは知らないが、とにかくそんな奴がレグルスのトップになった。かなりやっかいな状況だ。あいつが言っていた通り、奴らが仲間でも何でもないのなら、どんな手を打ってくるか予想がつかない。組織として動かないとすればやたら情報が出てこないのも頷ける。ただの烏合の衆であればもはや警戒する必要も無いが…、あの規模であればそう簡単にはいかないだろうな。」

 ドレイクは苦々しい顔をしながらも淡々と続けた。

「…とにかく、トゥラディアでのバルツァレク長官殺害の件は避けられないだろう。我々が阻止しようとしたとしても、奴らが個々で動いて目的を達成しようとするならば、その全てを抑えることは難しい。スナイパーはいくらでもいるようだしな。」

 ドレイクの言葉にエラルドも頷いた。

「そうだな。我々は長官が殺害された後のことを考えよう。その場でレグルスと治安維持部隊が一般市民を巻き込んだ銃撃戦に発展する可能性もある。さらにその後ラスキア政府がどう動くかー。」


 そこまで発言したとき、エラルドの足元に小さなボールが転がってきた。自然にそれを拾うと、遠くの方で子供が両手を降って投げてくれと合図をした。エラルドはそのボールを子供に向かって優しく投げ返した。

「…その対策に全てがかかってるな。きっかけが何であったにせよ、始まったからには独立を成功させるまで終われないんだ。元々の計画は大幅に修正するしかない。」


 ドレイクは子供が無事ボールを受け取っている様子を眺めながらつぶやくように言った。エラルドもそれを確認すると再びベンチに腰を下ろした。

「計画変更の余儀は無いだろうな。不足分は走りながら補うしかない。…それにしてもようやく五合目くらいまでは来たと思ったら、その先は予想だにしない急勾配だった…か。」

 自分自身に語るかのようにつぶやき、ドレイクも黙ってそれを聞いていた。

「だが…山頂までの道を諦めることは決してない。」

 続けられたつぶやきはエラルドだけではなく二人の、いや組織全体の決意だった。


「まぁ、山頂まで登ってもその先に峰が続いてるんだがな。軍部側の人間としては少なくとも頂きまでは登り切る覚悟だ。その後はお前に任せる。」

「冗談はよせ。登り切ったからといって軍が不要になるわけじゃない。長い峰を進むには体力が必要だ。後ろから石が飛んでくる可能性も多分にあるしな。」

 そこまで言ってエラルドは言葉を切った。この時点から遥か先のことを想像しても意味がないことはわかっていた。ドレイクも同じようで、二人はしばし黙って遠くから聞こえる子供たちの笑い声を聞いていた。



「…話は変わるんだが、もう一つ伝えておきたいことがある。スミルノフたちと会った翌日に軍方面を当たってるクラースから入った情報だが、6年ぶりにアトリアで軍のパイロット試験が行われることになった。」

 ドレイクは突然飛んだ内容が意外だったので、ぱっとエラルドの顔を見た。


「パイロット試験?この時期にか?…ふん、軍の魔女狩りか。6年前と同じように、反政府組織に関与している可能性があると勝手に判断した優秀なパイロットを軍に入れて管理するつもりだろう。となると目的はー、」

 ドレイクは言いながら気付いた。

「そう、フランツの子供たちだ。ハンスもゾフィーも今度のチャンピオンシップに出場する。軍はちょうどいいこの機会を利用して試験を実施しようと考えた。わざわざ試験用のレースを開く手間も省けるしな。政府や軍にとって二人の存在は数多くいる危険人物のうちの一人に過ぎず、とりわけ大きいものではない。長年調査してきて我々反政府組織との繋がりが無いことも確認済みだろうしな。…だが、近年の二人の活躍は目立ちすぎた。年齢も上がってきて、そろそろ可能性のある芽は一旦摘んでおこうというわけだ。」

 エラルドは公園内でボールを蹴って遊んでいる子供達を見た。フランツが死んでからまだ6年しか経っていないのに、その子供達はいつの間にか大きくなって、いよいよラスキアに絡め取られようとしている。


「だとしても、レグルスが長官の殺害を実行するのはチャンピオンシップの最中が最も可能性が高い、だろ?そうなれば試験も何もうやむやになるだろう。」

「いや、長官が狙われるタイミングを考えたら、レース中ではなくその後の表彰式の最中に殺害される可能性が高い。バルツァレクは特別観覧席でレースを観戦するが、その周りは防弾ガラスで囲われている。また建物の中だと位置的にも狙いにくい。表彰式の来賓席に座っているときが最も狙撃しやすい瞬間になるだろう。そもそも政府と軍は別だから、レースが終わりさえすれば試験が実施されたとしてパイロットの採用に動く。そして二人の身柄が軍に引き渡された瞬間に消されるだろう。」

「引き渡された瞬間に…?」

「ああ。何せそのときはバルツァレク長官が殺された直後だ。いよいよ反政府組織が蜂起したとなれば、危険因子の可能性が少しでもあればその重要度に関わらず即排除される。訓練中の事故にでも見せかければ何とでもできるだろうしな。」


 その意見にドレイクは一旦黙ったが、少し考えたあとに口を開いた。

「とにかく二人がチャンピオンシップに出なければいいんだから、適当に捕まえて腕の骨の一つでも折れば出場できなくなるだろうと思ったが…、それこそ我々との接触がばれたら終わりだな。」

 ドレイクは以前自分自身がアンネに言ったことを思い出して自笑した。

「ああ。二人とも同時にレースに出られなくなるのは明らかに不自然だしな。…まぁ、とにかくこの件よりも長官殺害後への準備の方が先だ。二人への対策についてはスミルノフとも相談して考えよう。まだ時間はある。」


 エラルドは少しの間目を閉じた。…随分疲れた一日だ。だがこれからの方がもっと忙しくなる。

 2ヶ月後というのは確かに急だが、この6年間いつ何があるかわからない状態でひたすら走り続けてきた。元々想定外のことが起こる可能性など腐るほどある。あとは覚悟を決めるだけだ。


 そう思い直してから再び目を開けると、春の若い緑に彩られた木々が暖かいそよ風に応えてさらさらと揺れている、目の前の美しい光景を眺めた。

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