表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
16/190

16話 家族の関係

「ご主人様、おかえりなさいませ。お荷物をお持ち致します。」

 養父はいつものように黙って持っていたカバンをマリーに渡した。そして後ろにいた人物に顔を向けながら言った。

「秘書のスミルノフだ。会議をするから、客間に酒とペンを用意してくれ。」

「もうご用意できてますよ。スミルノフ様、どうぞこちらへ。上着をお預かり致します。」

 養父の秘書だというその人は、義兄とそんなに年が離れていないように見えた。ゾフィーはそのまま気づかれないようにそっと階段を上がろうとしたが、養父が気づいて声をかけられた。


「ゾフィー、そこにいたのか。こっちへ来て挨拶しなさい。」

 ゾフィーは諦めて仕方なく玄関へ戻った。スミルノフはマリアンヌに上着を渡すとゾフィーの方に向き直った。

「娘のゾフィーです。いつも父がお世話になっております。」

  ゾフィーがお辞儀をして顔を上げた時、スミルノフは一瞬はっとした顔をしたが、すぐに笑顔をつくった。

「お父さんの秘書をさせてもらっているスミルノフです。もう七年近く秘書をやらせて頂いているのですが、お嬢さんにお会いしたのは初めてですね。こちらこそいつもお世話になっております。」

 握手のために差し伸べられた手を、ゾフィーはすっと握った。養父の秘書と言うと養父と同じように権力欲にまみれた腹黒いイメージがあったのだが、意外にもその人からはそんな感じを受けなかった。


 挨拶を終えて養父たちが客間に向かおうとしたとき、再び玄関のドアがガチャっと勢いよく開いた。タイミングの悪いことに兄のハンスが帰って来たのだ。



 ハンスはただいま、と言おうとしたが、養父や義兄たちの存在に気づいて口を閉じた。そのまま黙って階段に向かおうとした兄に、義父が後ろから声をあげた。


「おい、今何時だと思ってる。どうせ機体の整備だとか言って仲間とつるんでいたんだろう。くだらないことばかりしてないで、大人しく勉強でもしてろ。大学まで出たら適当に口をきいてやると言ってるだろう。…とにかく我々に迷惑をかけるような行為だけはするなよ。」


 兄は養父の言葉を無視し、そのまま早足に階段を駆け上がって自分の部屋に入っていった。


「まったく、可愛げのない奴だ。」

 吐き捨てるようにそう言って、養父たちはようやく客間に入って行った。


 ゾフィーとマリーは顔を見合わせてふっとため息をついた。お食事のご用意ができましたらお声がけしますね、とだけ言うと、マリーはすぐにキッチンの方に戻って行った。



 相変わらず養父の兄に対する態度はことさら冷たい。私に対してより遥かに険悪だ。最初から養父はそうだった。この家に引き取られた当初から養父は明らかに兄のことを毛嫌いしていた。

 原因は分からないが、兄は父によく似ていて、養父は父と兄弟であるにもかかわらず随分仲が悪かったらしいから、そのあたりのことが関係しているのかもしれない。だとしたら、兄は完全なとばっちりだ。

 それに本当にそのことが原因だとしたらどうすることもできない。父はもう亡くなってしまっているんだから。


 自分の部屋で制服から普段着に着替えつつそんなことを考えていると、マリーがドアをノックして食事の用意ができました、と伝えに来てくれた。ありがとう、お兄ちゃんには私が伝えるから、と返事をするとすぐに部屋を出た。


「お兄ちゃん、ちょっといい?」

 ゾフィーはハンスの部屋の前まで来てそのドアをノックした。返事はないが、少し間を置いてからゆっくりと扉を開ける。するとハンスは制服のままベットで仰向けになって航空力学か航空設計か何かの分厚い本を読んでいた。


「…なんだよ。返事してないぞ。」

 ハンスはゾフィーに目もくれず、そのままの姿勢でページをめくっていた。

「いつものことでしょ。飛行機の本を読んでるときは返事もしないんだから。マリーが夕食の用意ができたって。」

 ハンスは引き続き本を読み続けながら空返事をした。

「うーん…後にするよ。今いいとこなんだ。」

「そんなこと言って、この前も結局食べてなかったでしょ。夢中になりすぎよ。パイロットは体力も要るんだから、ちゃんと食べた方がいいわ。…それにちょっと相談もあるの。」

「相談…?」

 意外な言葉にようやくハンスはゆっくりと本を閉じ、上半身を起こしてゾフィーを見た。

「なんだよ?」


 2人は仲が悪いわけでは無いが、思春期の兄妹らしくお互いのプライベートに干渉するようなことはまずなかった。そのためゾフィーの口から出た「相談」がハンスに打ち明けられるようなことはこれまで殆ど記憶にない。

 ゾフィーはハンスの質問に答えることもなくやや早口で促した。


「ほら、早く着替えて。ダイニングに来てね。」

 ドアを閉めながらそう言うと、ゾフィーはそのまま階段を降りてダイニングへ向かった。


 ハンスがダイニングに入ると、白いテーブルクロスがかけられた大きなダイニングテーブルに、マリーが用意した鮮やかな料理が並んでいた。

 白味魚のバターソテーにレタスとパプリカのサラダ、トマト入りのチーズパイ、温かい野菜スープにパンなど、いつものごとくしっかりとバランスの取れたメニューだ。

 ハンスは黙ってゾフィーの向かいに用意された席に座った。


「お坊っちゃま、お飲み物は何になさいますか?」

 ハンスが席に着いたのを見て、マリーが声を掛けた。

「その呼び方、やめてくれって何度も言ってるだろ。ハンスでいいよ。あと飲み物は自分で取るから大丈夫。」

 ハンスが困ったようにそう言うと、マリーは少し微笑んだ。

「失礼しました、ハンスさま。では私は下がってご主人さまの給仕をさせて頂きますね。」

 キッチンにある玄関側のドアを開けてマリーが部屋から出て行くと、同時にハンスは席を立って飲み物を取りに行った。

 キッチンの冷蔵庫から瓶に入った水を取り出し、戸棚に並んだガラスコップを一つ掴んで水を注ぐ。ゾフィーに飲むか?と尋ねたが、マリーが淹れてくれたから大丈夫と言うので、グラスを持って席に戻った。


「で?相談って?」

 椅子に座るやいなや、ハンスはゾフィーの方も見ずに白いナプキンを広げながら尋ねた。

「うん。まぁ、食べよ。いただきます。」

 ゾフィーに促されて、ハンスもいただきます、と言ってから食事に手をつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ