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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
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14話 本音と決意

 デビューしてから約半年後に行われたレースで、それは起こった。


 コース上で最大にGがかかる折り返し地点で、ハンスの機体がゲートギリギリの最短距離で曲がろうとしたとき、追い抜こうとして外側に回り込んだ後続機の一機が一瞬バランスを崩し、ゲートとの間に挟み込む形でハンスの機体と接触したのだ。

 ハンスの機体は左翼がゲートに直撃し、会場にいた観客があっと息を飲んだ瞬間、そのまま海に墜落した。


 次のレースに出場する予定だった俺は待機場でそれを見ていた。待機場とレース会場の間は約1kmほど距離があるが、紺色に赤い鷹の校章が描かれたハンスの機体が墜落する様子は遠くからでもはっきりとわかった。


 すぐに救護ボートが港を出発し、会場がかなりざわついているのが見て取れた。慌てて双眼鏡を借りて確認すると、観客をかき分けて事故現場に駆けつけている集団がいた。その紺色の服装から、それがハンスのチームクルーだとわかった。

 ハンスが救護ボートに乗せられたのかどうかまではわからなかったが、結局その日の大会は残り2レースを残して即中止となった。



 その翌日、仕事が終わっていつも通り会社の敷地内にある練習場に行くと、チームクルーの一人から、ハンスは無事救助されたが、右足と左手首を骨折する重症を負ったことを知らされた。全治5ヶ月のため、3ヶ月後にある次の大会にはまず出場できないだろうということだった。

 ただ俺はそれを聞いた時、次のレースどころかもう二度と出場できないだろうと思った。事故に遭ったときは体の傷よりも心の傷の方が問題だ。


 かつて自分も練習中に事故に遭ったことがある。

 単独飛行を成功させて間もない頃、練習していた背面飛行から転じた瞬間、異常なエンジン音がして機体が急激に高度を落とした。必死に体勢を立て直そうとしたが、当時の自分にはなす術無く、下を流れていたイリテ川に墜落した。運良く水上に墜落したことと救護が早かったことで体の傷は大したことなかったが、墜落する瞬間に味わった死を覚悟するほどの恐怖は、容易に俺をその後半年近くもまともに飛べなくした。


 当時も今も同じだが、自分にとってはパイロットになることが現状を変える唯一の方法だと思っている。もしパイロットになれなければ、このアトリアで俺が貧困のループから脱却することは不可能だろう。


 自分の人生を変えたいというただその一心で、俺はなんとか事故の恐怖を克服することができた。

 でもあいつは…、あいつにはそんなに深刻な理由がない。貧困街でクソみたいな生活をしてきた俺とは生まれてきた環境が全く違う。

 将来有望な学校に通い、栄誉ある代表パイロットにも選ばれた。俺のように恐怖を乗り越えてまでレースに戻ってくる理由は全くない。ましてやあの大事故だ。最速のスピードで障害物に激突した恐怖は、レースで一番大切な攻めの姿勢を失う可能性がある。そうなるともう二度とレースに参戦しようとは思えないだろう。

 


 だがその3ヶ月後ー。驚くべきことに、ハンスはレースに復帰した。全治5ヶ月のはずが、必死のリハビリによりわずか3ヶ月で復帰できるほどに傷を回復させたという。

 いや、真に驚くべきはその身体の回復能力じゃない。何よりもその驚異的な精神力だ。わずか14歳の子供が、大事故からたったの3ヶ月で再びレースに挑戦できるほど恐怖心をコントロールすることができるものなのか?


 ところが本当に理解し難いことはそのレースの後に起こった。ハンスは事故を少しも想起させないような、まさにゲートギリギリの攻防戦を展開し、なんと事故後初の大会にして見事初優勝を飾ったのだ。

 前回の事故を見ていた観客は、その肝っ玉の太さに心から感嘆の声を挙げた。



 あの大会の表彰式で仲間と共に子供のようにはしゃいでいたハンスの横顔を思い出して、今改めて思う。操縦の腕や機体改造の技術やレースの成績じゃない。あいつの強さは、その精神力の強さにある。あの強さに周りは惹かれ、人が集まるのだ。

 ただもし一人でも、誰が賛同しなくても、あいつは自分で決めたことをやり遂げるだろう。絶対に自分の信念を曲げない。だからこそ、一体どこまで追いつめたら見られるのか知りたくて-、あいつの本性が、俺や他の人間と同じように醜い部分が、あいつの中にもあるのを確かめたくて-

 この前の賭けは、そんな気持ちが溢れて止められなくなったんだ。クソみたいな人生にも意味があることを誰かに教えてもらいたかったのかもしれない。


 でもあいつは全く迷いもしなかった。自分の信念をそのまま真っ直ぐ口にした。

(…ああ、そうか。どこまでいっても変わらないのか。)


 自分ならああやってすぐに答えられただろうか?

 次のチャンピオンシップが、アトリアで実施される最後のパイロット試験になる。航空レース自体もラスキア政府によって中止もしくは大幅な規模縮小に追い込まれるだろう-。

 少し前に設計主任からその情報を聞いたとき、俺はもちろん相当ショックだったが、それならもう次のレースに全てを賭けるしかないと腹を括った。

 しかしその事実を知らない状態で、あんなふうにきっぱりと、自分と自分の仲間を信じられただろうか? …無理に決まってる。あいつの意思の固さは尋常じゃない。

 たとえ家が金持ちでも、将来有望な航空学校の生徒であっても関係ない。俺と同じように全てを差し出して、それでもあんなふうに賭けに出る。全員の気持ちをひとつにして、ただ唯一の目標を達成するために。


 終業のベルが鳴って、いつの間にか周りは休憩に入っていた。表向きはここで仕事は終わりなのだが、少しの休憩を挟んですぐに夜の部が始まる。

 アトリアでの労働基準時間は9時間だが、工員に対してそんなことを守っている会社は聞いたことがない。


 だが会社の代表パイロットであるヴィルは毎日ここで仕事を終了して、飛行訓練に向かう。そうだ、あいつのことばかり考えたって仕方ない。何よりも自分で自分の人生を変えるために、このチャンスに全てを賭ける。

 ヴィルは改めてそう決意しながら、日々の生活のための仕事場を出た。夕暮れの光に照らされながら、その足で未来へと繋がる訓練場へと駆けていった。

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