114話 6月20日
「おじさん!早く!!」
ミハエル・ケストナーはホマユーン広場へと繋がるバルミラ通りを駆けて行った。今日行われるという大規模なデモに参加するためだった。
「ミハエル、そんなに急ぐな!俺から離れるなよ。デモは危険だって何度も言っただろ。だから止めたのに…」
「だってもうとっくに演説始まってるよ!このデモに参加しないなんてアトリアの人間じゃない。俺たちはラスキアからの解放を目指すんだ!」
「バカ、声がでかい!治安維持部隊に聞かれたらどうする!」
「今日は大丈夫だよ。デモに集まる人たちはみんなそれが目的なんだから。」
「まったく、どこでそんな情報を仕入れて来るんだ。お前みたいな子供が…」
「子供じゃないよ!14歳で働いてる奴なんてたくさん居る。俺だって、母さんやおじさんに言われなきゃ学校なんか行かないで航空機メーカーに入ってレースに参戦してたのに!」
「相変わらず口の減らない奴だ。とにかく広場に着いたら必ず俺のそばにいろよ。」
「わかったよ…。演説台が見える場所を確保しなきゃ!」
言ったそばから人混みを通り抜けて走り出すミハエルに、ウルバノはため息をつきながらその姿を見失わないよう追いかけた。
「ここからならよく見える!」
ミハエルは広場を囲む大階段の中腹あたりに自分の場所を確保した。ホマユーン広場は野外演劇場を兼ねており、前方奥には石で造られた舞台が設置され、その前の広いアリーナを囲むようにある幅の広い大きな階段は観客席の代わりにもなっていた。
ウルバノはミハエルの隣に立ってようやく広場全体の様子を見渡した。
広場にはぎっしりと人々がひしめいていて、少し離れてその周りを治安維持部隊の兵士が取り囲んでいる。広場全体がざわざわとして人々の話し声が飛び交っていた。朝からラジオで生の演説が流されていたが、ちょうど今は演説と演説の間の時間のようだった。
「すごい人だな。それだけ中央政府に対する不満が溜まってるってことか。」
自分の心の声が漏れたかと思ったら、つぶやいたのは隣の男だった。
「デルフィーノ!」
「よぉ、ウルバノ。レース以外で会うなんて奇遇だな。」
確かにレース意外で二人が会うことなどこれまで一度も無かった。大会では常連の二人のためよく顔を合わせるが、あくまで友人などではなく生涯のライバルなのだ。
「…別に会いたくもないがな。お前がデモに参加するなんて意外だな。飛行機以外に興味あったのか。」
「失礼な奴だ。政治に興味のない飛行機バカとでも思ってたのか?」
「よくわかってるじゃないか。自己分析がしっかりできてる。」
「おい、ふざけー」
「デルフィーノさん!?」
振り向くと目を輝かせた少年がまっすぐにデルフィーノを見ていた。
「わ、本物!?すごい!おじさんのライバルのデルフィーノ・ジラルディさんだよね?」
少年はすぐに握手を求めてきた。デルフィーノは面食らいつつもそれに応えた。
「おじさん?ウルバノの甥か何かか?」
「はい!甥のミハエルです。おじさんのレースは毎回観客席で見てます。この前のチャンピオンシップも会場で観戦しました!」
それを聞いたデルフィーノは眉間に皺を寄せた。
「チャンピオンシップも?あの事件で怪我しなかったか?」
「はい。僕はたまたま出口近くの席だったので、母と一緒にすぐに会場を出て無事でした。」
「そうか。よかったな。」
デルフィーノが安心すると、会話を聞いていたウルバノが口を開いた。
「デルフィーノ、あの後ハンスの行方を何か聞いたか?」
するとデルフィーノはパッとウルバノを見た。
「いや…、何も聞いてない。やっぱりお前もか。」
ウルバノが頷くと、デルフィーノは肩を落とした。
「実はさっきお前の姿を見つけて、そのことを聞こうと思って近づいたんだ。…あれから一ヶ月経つが、まだ何も手がかりが無いなんて…。」
「クリスたちに聞いてもわからないの一点張りだしな。あいつ…あんなに凄いレースを展開してぶっちぎりで優勝したくせに、突然姿を消して一体どこで何やってんだか…。」
「ハンスって、優勝したハンス・リーデンベルクのこと?」
ミハエルが突如口を挟んだ。
「ああ。あの事件の後から行方不明になってる。」
「うん…聞いた。でもあのレースはほんとに凄かったな!一度でいいから会ってみたい!ねぇ、おじさんは話したことあるんでしょ?どんな人??」
「どんな人って…、お前と歳もそう変わらないし、いつもでかい口叩くガキだよ。ただあの精神力は大したもんだ。成長したら大物になるかもな。」
ウルバノがハンスについて語ったとき、演説台に誰かが立つのが見えた。
「あ!次の演説が始まる!」
ミハエルは演説者をよく見ようと身を乗り出した。ウルバノとデルフィーノも同じようにその人物に注目したが、遠すぎて顔までははっきりと見えなかった。
ところがその人物が口を開いたとき、二人は息を呑んだ。




