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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
113/190

113話 約束の場所へ

 十五分程小道を下ると、突如広い空間に出た。木々に囲まれてはいるが完全な平地で、ついに麓にたどり着いたことが分かった。


「ハンスさん!」

 到着してすぐに広い空間の先から声がした。ハンスはその声の主を確認した。

「スミルノフさん…!」

 スミルノフはハンスに駆け寄ると笑顔になった。

「来てくれたんですね、よかった!…私の気持ちに応えて頂いてありがとうございます。」

「やめてください、お礼を言うのは僕の方です。」

「いえ、願い出たのは私ですから。ではすぐに行きましょう。いよいよ軍の方が慌ただしくなっています。少し遠回りをした方がいいかもしれない。早朝に会えてよかったです。」

 そのときスミルノフはハンスの後ろに居るルカの存在に気づいた。


「そちらの方は…?」

「あ、えっと…アレクがカザンから戻るときに一緒に来た、アレクの娘みたいな奴です。…ルカ、アルデバランのメンバーのスミルノフさん。」

「…ルカです。初めまして。」

「初めまして、スミルノフです。…あなたも一緒にアトリアへ?」

 スミルノフが少し屈んでルカの目を見て尋ねると、ルカははっきりと答えた。


「はい。お願いします。私もアトリアに行きたいです。」

 ルカの返事を聞いて、スミルノフは微笑んだ。

「大丈夫です、実はアレクから聞いています。もしハンスさんと共に来た少女が自らの意思でアトリアへ渡ると言うなら、彼女の意見を尊重して欲しいと。」

「アレクが…!?」

「ええ。ハンスさんと会った数日後にはアレクと連絡を取りました。アレクから来た最後の手紙の中に彼女のことが書かれていました。」


 ハンスはアレクがどこまで予期していたのか分からなくなった。ルカが一緒に行くことまで想定して、わざとルカを案内役にしたんだろうか?ルカがこんなことを言い出すなんて、自分には全く予想できなかったけれど…。

 するとルカはハンスの横に立ち、スミルノフに向かって深く頭を下げた。

「…よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします。アレクの頼みですから、一緒に行きましょう。」

 スミルノフは二人を先に置いてあった車に案内すると、すぐに目的地へと向かった。


 2時間ほど走ると海のすぐそばの何もない広い土地で車が停まった。車を走らせている間、スミルノフはハンスに現在のアトリアの状況を説明した。

「今日行われるデモではホマユーン広場に約40万人、セントラルの他の場所やアトリア各地方でも演説が中継され、デモ全体の参加者の人数は350万人を超えると予想しています。これはアトリアの全人口の約10%に当たります。ただ自宅のラジオで聞く人々はその何倍にもなるので、おそらくアトリアのほとんどの人々が今日の演説を耳にすることになるでしょう。」

「そんなに…?やはりこの一ヶ月のアトリアの状況は悪化しているということですか?」

「ええ。貧困街の人々はもちろん、中流階級にあたる労働者までもまるで現在のアトリアは牢獄のようだと不満を漏らしています。」

「…そんな中よくデモが許可されましたね。」

「これだけ不満が溜まるとガス抜きが必要です。今回のデモはあくまで平和的なもので、一切武器を持ち込まないこと、事前チェックを通った分単位でのプログラムを正確に実行すること、主催者をはっきりさせ、実行委員全員の身分証明書を提出すること…などいくつかの厳しい条件をクリアした上で成り立っています。」

「政府側としては無秩序なデモや暴動が頻発して手がつけられなくなるよりも、平和的なデモで不満を緩和させたいという狙いがあるということですね。」

「ええ。ただ、アルデバランの狙いはその逆とも言えるものですが。」

「…アルデバランの目的は、このデモで民衆の心に火をつけ、世論を独立へと傾けさせることですか?」

「そうです。世論を味方につけることができなければ、独立して民主的な政治を実現させることなど到底不可能になります。そのため、このデモで民衆へ独立がアトリアに残された唯一の道であることを認識させ、人々の心を独立へと動かすことは何よりも重要なことなんです。

 …それに、そもそもアルデバランがラスキア軍と対等に渡り合うには何より人員面で不足しています。デモを成功させることによってアルデバランへの賛同者を増やし、組織の拡大を図れなければ戦況は厳しくなります。」


 ハンスも今日のデモがアトリアを独立させるうえでかなり重要なものとなることを認識していた。ここまでの規模のデモを企画することはそうそうできないし、タイミング的にもここで民衆を味方につけることはこれから戦争を始めるうえで何よりも大切なことのように思えた。

「…主催者がアルデバランだということは政府側も知っているんですか?」

「申請時にはそれは伏せていますが、軍の上層部はすでに気づいているはずです。デモの許可を申請して以降、少しでもアルデバランに関係があるとみなされた人物の摘発が相次いでいますから。」

 ハンスはその中に自分が含まれていたことを察した。すると同時にゾフィーのことが心配になった。


「あの…、今のゾフィーの状態については何か知っていますか?」

「いえ、私は何も…。申し訳ありません。現在アルデバラン内でのアトリアと本土との連絡は緊急時のみに制限されていますから。今はアトリアへの監視がかなり厳しいので、足がつくのを避けるためです。」

「そうですか。いえ、ありがとうございます。アトリアへ行ったら自分で確かめます。」

 ハンスは窓の外を眺めながらアトリアへ渡った後のことを考えていた。ルカは後ろの席でただずっと黙って二人の話を聞いていた。


 車が到着するとスミルノフから少し待つように言われた。三人は車を降りて間もなくやって来るというヘリの到着を待った。本土沿岸の切り立った断崖絶壁は海の向こうから吹く強めの南風にさらされていた。


「アトリアへ渡ったら、まずはどちらへ向かいますか?ゾフィーさんに会いにクルト・フェルマン氏の自宅へ?」

 海を眺めながら口を開いたスミルノフの問いに、ハンスははっきりと答えた。

「いえ、ホマユーン広場へ向かいます。」

 スミルノフはハッとしてハンスを見た。

「まさか…、アルデバランに…?」

「はい。」


 ハンスは即答した。スミルノフは一瞬驚いた顔をしたが、真剣なハンスの目を見返すとすぐに笑顔になった。

「…あなたをメンバーに迎えることができて心から嬉しく思います。以前直接お伝えしたように、私はやはりどこかあなたに期待してしまっていました…。あなたにとっては迷惑なことだとわかってはいるのですが。」

「…いえ。あのときは否定してしまいましたが、今は父のことも、自分のことも受け入れられる気持ちです。僕は自分の役割を果たすためにアルデバランと共に闘います。」

「それは…、すごく心強い言葉です。…まだ16歳のあなたにこんなことを言うのもおかしいですが。」

 それでもスミルノフは目の前のハンスの姿をかつてのフランツに重ねずにはいられなかった。以前に会ったときにはまだ迷いの色が濃かったハンスの目は、今はすでにアトリアに居た頃よりも力強い光を帯び、より一層フランツに似てきたように思えた。


「…ルカさんはどうされますか?ご希望の場所があればどこへでもお送りしますが。」

 スミルノフは静かに話を聞いていたルカに尋ねた。

「…私もハンスと一緒に行きます。」

 その言葉にスミルノフは柔らかく頷いた。

「わかりました。ではお二人をホマユーン広場にお連れします。」


 そのときバリバリという大きな音が聞こえて、海の向こうから一台のヘリが近づいて来るのが見えた。三人は初夏の強い日差しを通したコバルトブルーの美しい海を越え、混沌のアトリアへと渡った。

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