111話 別れ
「ハンス!開けるな!」
アレクは素早くハンスの片腕を掴んで窓から引き離した。
「何!?」
ハンスは驚いてアレクを見た。
「…ルカ、こっちへ。」
アレクはハンスの腕を掴んだまま窓から離れ、テーブルにいたルカを呼んだ。するとルカはすぐに席を立って二人のもとに近寄った。
「ハンス、ルカ、すぐにここを出るんだ。」
突然の言葉に二人は思わず聞き返した。
「どうして!?」
「あれは…おそらく軍用車だ。」
窓の方を見ながらアレクが告げた。光はもう見えなかったが、確かにかすかに車のエンジン音が聞こえた。ハンスはなぜ突然軍がやって来るのか理解出来なかった。
「それってもしかして、アレクのこと−」
「それはない。この6年間あらゆる情報網に触れてきたが、軍が死んだはずの俺の存在に気付いたような話は一切出てない。」
「じゃあ何で!?」
ルカが焦ったように聞くと、アレクは落ち着いて答えた。
「恐らく狙いはハンスだ。」
思いもよらない答えにハンスは戸惑った。
「俺!?まさか…」
「アルデバランは今日アトリアで大規模なデモを行うが、そのためには72時間前までに治安維持部隊に届出る必要がある。軍はフランツの息子としてマークしていたハンスを軍に入れることに失敗したが、そこまでの危険分子では無かったため放置していた。だが突然アルデバランが動き出したことを受け、少しでも可能性がある人物は全員確保する命令が出たんだろう。」
「アレクはそれを予期してたの?」
「ああ。だがこんなに早くやって来るとは正直思って無かった。たった3日でここを突き止めたことになる…いや、突き止めたかどうかは分からないな。他にも複数当たってるに違いない。とにかく、ハンスはすぐにここを出るんだ。スミルノフにはすでに麓で落ち合うよう連絡してある。ルカはハンスを南側の麓まで案内してくれ。ルカの存在を知られて素性を探られることも避けたいからな。」
ハンスはさらっとスミルノフの名前が出たことに驚いた。だがスミルノフの方からアレクに連絡した可能性はあると思った。
「でも…アレクは!?」
ルカの問いにアレクは笑って答えた。
「俺が交渉事が得意なのは知ってるだろ。大丈夫。これまでに比べたらこのくらいのことを誤魔化すのなんて簡単だ。」
その笑顔を見てもまだルカの中の不安は消えなかったが、とにかく今はまずハンスを逃がさないとと思った。
「ほら、急いで裏口から出るんだ。もうすぐ夜が明ける。麓に着く頃には明るくなってるだろうが、道中は十分気をつけてな。」
ハンスは突然やってきたアレクとの別れに戸惑ったが、アレクは最初に会ったときと同じようにハンスをぎゅっと抱きしめた。
「ハンス…、俺はいつでもお前の味方だ。ただ自分の信じる道を行け。」
アレクの口から手紙に書かれていた父と同じ言葉が出たことに、ハンスにはアレクと父の姿が重なったように見えた。ハンスはゆっくりと体を離してアレクの目を見返した。
「アレク…ありがとう。アレクと出会えて、話を聞けてよかった。それに…、まるで父さんに会えたみたいだった。…アトリアのことは俺に任せて。全部終わったらまたここで会おう。」
アレクは柔らかく微笑んで頷き、そっとハンスの右手に自身の手を重ねた。その手には一通の封筒が添えられていた。
「エラルドに渡してくれ。」
ハンスは驚いてそれを見た。
「これ−」
そのとき庭の方から足音が近づいて来るのがはっきりと聞こえて、ハンスは瞬間的に口をつぐんだ。するとアレクは二人に小声でささやいた。
「さあ、行くんだ。ハンス、ルカ、二人共気をつけてな。」
最後にアレクが二人の手をぎゅっと握り、二人がその言葉に頷いたとき、玄関からドンドンというノックの音が聞こえた。アレクはすぐに玄関へと向かった。
「行こう。」
ハンスが小声で声を掛けるとルカも頷き、二人は静かに玄関と反対側にある裏口へ向かった。音が立たないようにそっと扉を開けると、夜明け前の暗い森へ向かってそっと駆け出した。




