107話 葛藤
「アレク!!何でアルデバランを離れたの!?」
ハンスが叫ぶと、歩き出していたアレクはゆっくりと振り返った。
「父さんの宿願は完遂されてない!父さんが死んだからって、そこで終わりじゃない!
組織に入ったときのアレクの覚悟はどうなったんだよ!?アレクこそ自らの固い意思によるものじゃなくて、父さんに流されただけじゃないか!!」
「…そうかもしれないな。純粋に故郷を守りたいという思いでは無かったかもしれない。ただ、少なくともフランツを支えるという覚悟には一点の曇りも無かった。
お前はどうだ?フランツがアトリアの独立を目指した理由を聞いても、まだ納得できない何かがあるんじゃないか?」
「そんなことない!俺は武力を持ってしてでもアトリアをラスキアから独立させる、その思いはアルデバランと同じだ。」
「それはわかる。そうじゃなくて、お前とフランツの問題だ。」
「何だよそれ…何が言いたいの?そんなのもしあったとしても、もう父さんは居ないんだから聞くこともできない!」
「聞くことはできなくても、考えることはできる。お前が本当はどうしたいのか、何のために闘おうとしてるのか、もう一度しっかり考えた方がいい。」
「そんなのこの一カ月ずっと考えてきたよ!アレクがそれを促したんじゃないか!!俺に本の整理を頼んだのも、あの書庫にある本の思想や知識が今の俺に必要だと思ったからだろ!?
あの選書はきっと…偏ってる。アルデバランやルアンさんの思想に…!」
そこまで口に出すと、ハンスはアレクを睨むようにして続けた。
「アレクは俺をどうしたいの!?アルデバランに入れて父さんの意思を引き継がせようとしたんじゃないの!?
俺は今アレクの話を聞いて気づいた。アレクが俺に特定の本を読ませたのは、ルアンさんの思想を理解させるためだったんだって!
でも…俺はそれもわかったうえで言ってるんだ。ただそれはアレクの意図に沿う為じゃなく、あくまで自分がそうしたいと思ったからだ!」
「今お前の言っている覚悟は、俺にはただの捨て身のように聞こえる。
ハンスの中にある問題はそんなに複雑じゃないと思う。その答えを見つけてからじゃないと、中途半端な覚悟では目的を完遂するどころかすぐに死ぬ。
ましてや向こう見ずなお前のことだ。俺はそうなって欲しくないだけだよ。」
「答えになってない!アレクの目的は何!?俺がここに来ることも本当はずっと前から分かってたんじゃないの!?」
「確かにいつかハンスやゾフィーが俺のところに来ることは頭の中にあった。アトリアの情勢の変化でアルデバランが動くようなことになれば、二人が父親の正体や俺のことを知る可能性があるからだ。
だが、そうしてやって来たお前たちにフランツの意思を継がせようなんてことは一切考えてなかった。そもそもお前を強制しようなんて、そんなことは不可能だ。」
「…強制じゃなくて誘導だ。ルアンさんが父さんにしたように。」
その言葉にアレクはハッとハンスの顔を見直した。
「父さんとルアンさんが話をさせることを提案したのはアレクだけど、ルアンさんは本当はそうなることを全部見越してたんじゃないの?
自ら秘密警察へ行ったのは、最期に自分の命を使って組織の役に立つためだけじゃなくて、自分の後釜として計画を進めてくれる人物に意思を継がせるためだ。
自分が秘密警察に行って拷問を受けても吐かなければ母さんが連れてこられる可能性がある。アルデバランにそれを救う用意がないことは分かっていたけど、父さんがそれを放っておくはずがないって踏んでたんだ。
そうしてやってきた父さんに、最も効果的な方法で自分の意思を伝えた。拷問で受けた傷や死の瞬間まで利用して−」
「やめろ!それは違う…ルアンさんはフランツを利用しようとしたんじゃない!」
「なんでそんなことが分かるの!?ルアンさんは組織を変革するためにメンバーを扇動したと自ら言ったけれど、それは洗脳と同じだ!そうやって父さんにも自分の思想を強烈に植え付けて−」
「ハンス!!」
アレクはハンスの言葉を遮り、胸ぐらを掴んで真っ直ぐ自分の方に顔を向けさせた。
「お前にルアンさんの何が分かる!?実際にあの姿を目にしてもいないお前に!不治の病にかかり拷問を受けて死の淵に立たされた人間の最期の叫びを疑うのか!?
彼の思想は過激かもしれないが純粋だった。本当に周りの人間やアトリアの全ての人々、引いては世界中の人々のための理想の社会を実現させようとしたんだ。
自分の野望を押し付けるようとするような意図が彼の言動に透けて見えたなら、フランツだって必ず気づいてる!」
「でも自分の最期を悟って全てを語ったのは、少なくてもその相手に自分の意思を継ぐ可能性を感じていたからだ!さらに自らの死を使って選択肢を無くしてる!それは一方的な押し付けとどう違う!?」
「ルアンが俺たちに全てを語ったのは俺がソフィアを救うためにそうさせたからだ!
それにもし彼の中に俺たちを組織に入れる意図があったとしても、あくまで選択したのはフランツ自身だ。
…お前は父親が殺されたことに納得がいかないだけだ。父親を死に追いやった原因を探して、それに自分を重ねてる。
それも分かったうえで同じようにしようというなら、それは死ににいこうとでも言うことか!?そんなことは俺が許さない!」
「アレクに許してもらわなくたっていい!俺はもう子供じゃないし、アレクの息子でも何でもない!!」
「…もうやめてよ!!」
たまりかねたルカが叫ぶと二人は黙ったが、お互いの視線を外すことはなかった。
するとルカがハンスの胸ぐらを掴んでいたアレクの手を取って引き離した。
「…帰ろ。」
ルカは両者に対して声を掛けたが、ハンスはすっとその場を離れて森の方へと歩き出した。
「どこ行くの…!?」
ルカの声に答えることもなく、ハンスは黙って一人森の中へ入っていった。ルカはハンスを追いかけようとしたが、アレクがそれを制止した。
「そっとしておこう。」
「でも…、」
「大丈夫。少し混乱してるだけだ。真実を一気に聞いたから自分の中で整理できてないんだろう。冷静になったら帰ってくるよ。」
アレクはもと来た方向へと歩き出した。ルカはハンスが消えた方を眺めながらしばしの間迷っていたが、少しすると諦めてアレクの後をついていった。




