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群青、君が見た空の軌跡  作者: 乃上 白
第一章
104/190

104話 心火

「…話を戻そう。アルデバランの真の目的は独立の先にある。それはひとえに全ての人々にとっての幸福な社会を実現させることであり、そのための手段としての正当な民主主義国家の樹立に他ならない。

 なぜなら、唯一民主主義においては全ての人々の幸福を追求するための方法を国民自身が自由に選択し、自由に切り開いていくことが可能だからだ。独裁主義や共産主義ではそれは不可能だ。

 たとえ道徳に優れた指導者がトップに立ったとしても、その人間の全ての判断が必ず国民全体の福祉にかなうということを一体誰が保証できる?いくら優れた指導者であってもあくまで人間であり、神ではない。人間の考えにはどんな場合でも間違いはあり得る。

 もちろん民主主義であっても、多数決によって決められた大勢の意見が間違っていたということはあり得るだろう。しかし、民主主義においては言論の自由によって政治上の誤りを常に改めてゆくことができる。その繰り返しによって国民はだんだんと賢明になり、政治的に目覚めた有権者となって、いずれは多数の支持する政治の方針が国民の福祉にかなうようになってくる。

 そうやって国民が自らの手によって絶えず政治を正しい方向に向けてゆくことができる点に、言論の自由と結びついた多数決原理の最もすぐれた長所がある。それを有した民主主義は、人類全体を希望と光明に導く唯一の道なんだ。僕たちはそう信じている。かつてのホルシード王国の人々と同じように。」


 フランツは力強いルアンの目を見た。同時にずっと知りたかったルアンを突き動かしているものが何なのかということを理解した。それは全てを奪われたかつてのホルシード王国の人々の魂の叫びであり、また人類における真の平和を実現したいというルアン自身の限りなく純粋な願いだった。


「僕たちは暴力によって踏みにじられた理想を取り戻そうとしている。失われた自由と尊厳をもう一度この手にし、我々の祖先が目指していた全ての人々にとって平和で幸福な社会を実現する。

 そのためにはどんな犠牲も厭わない。収容所に入れられようが拷問を受けようが、そんなことはささいなことだ。アトリアの人々が蜂起するときにその礎となれるなら。そのときに武器が必要であれば用意する。兵士が必要ならば軍をつくる。…ただそれだけのことだ。

 もちろん平和的な手段だけで理想が実現できるならばもちろんそれに越したことはない。だが、世界に先駆けて軍事力強化に走り、強硬な理由で他国に戦争を仕掛けたり自国の利益のためだけに他国の戦争に介入している近年のラスキア共和国の状況からして、武力闘争なしに独立が果たせるとは到底思えない。

 平和的努力によって訴えても、いざ軍を差し向けられたらそれで終わりだ。アトリアの人々が虐殺され蹂躙されるのをただ待つなんてことはできない。」


 アレクはルアンが訴える自分たちの祖先の無念や恒久平和実現への思いは十分理解できたが、それがあまりに理想主義的すぎることに若干の違和感を覚えた。そういった限りなく遠い目標のために自分の人生を全て捧げ、命を削ってまで突き進めるほどただただ純粋に居られるものだろうか?


「…ただ、僕が組織に入って武力を持つことを唱え、組織の変革に手を掛けたのは、今述べた理想的で崇高な理念に基づくものだけじゃない。」

 アレクはハッとルアンを見た。まるで自分の考えを見透かされているように思えた。


「君たちは何のために軍に入って闘っている?何のために人を殺している?

 例えば世界平和の実現といった崇高な理念を心のうちに抱いていたとしても、実際に同じ人間である敵を目の前にしたとき、その漠然とした理由だけで相手を撃つことは難しい。

 命令を繰り返すうちに感覚が麻痺するということは十分あり得るが、自ら志願して軍に入った君たちは、少なくとも当初はもっと身近で強力な思いに突き動かされたんじゃないか?仲間や家族や恋人といった、ただ自分にとっての大切な人々を守りたいという。」

 フランツはルアンの目を見て頷いた。自分が戦場に向かうときの思いは、共に戦う仲間を死なせたくない、自分にとっての大切な人々を守りたいという、ただそれだけだった。


「それは僕と全く同じだ。ただ家族や仲間を守りたかった。

 僕は貧困街で生まれて、両親を早くに亡くし、妹のソフィアを育てながら泥水をすするような生活をしてきたが、その中でもたくさんの人々に助けられたし、信頼できる仲間もできた。愛する人にも、心から尊敬する人にも出会った。

 そんな人々が理不尽な理由で苦しいまま生きていくのをただ見過ごすことを、僕は自分自身に許すことができなかった。

 大切な人々を救うためであればどんな形であれ僕の信義に反するところではない。それは平和とは矛盾した理論かもしれない。全ての人々がそう考えて武器を持ったとしたら、戦争は終わらない。

 だからこそ僕は、個人が選択できる自由を有した社会制度の構築を目指す。時代と共に蓄積されていく一人ひとりの知恵と思想の成長が社会を成熟させ、いつか理想の世界にたどり着くことに賭けたんだ。」


 ルアンの言葉はまっすぐに届いた。アレクはようやくルアンの思いの全容を見た気がした。貧困街で幼い妹を抱えながら生き抜いてきたルアンの人生には、自身をここまで駆り立てる多くの要因があったことを察した。それが真の歴史や理想の世界への構想と結びつき、ルアンの中にある揺るぎない信念を形成したことが伺えた。


「…だが、僕個人の役目は終わった。」

 ルアンは息を吐くようにふっとつぶやいた。それまでの熱意と反対に全てを投げ出すようなその言葉を、フランツはすぐに受け入れることができず困惑した。

「それは…どういう意味ですか?」

 フランツの問いに答える前に、ルアンは短くなった2本目のタバコを床に落とした。


「僕は軍を持つ組織のリーダーとして、自分自身はもちろん全てのメンバーが過激思想を持つ可能性を一切排除する必要があった。武力を持つことはあくまでも平和のための手段であって、それを行使しなくてもいいように最大限努力するべきだ。

 だが、武器を手にした者たちの中には積極的な武力革命を唱える者も出てきた。力を持つ者は力を行使されることを覚悟しなければならない。僕はそれを身をもって伝え、一部のメンバーの暴走を抑えるために自ら収容所に入った。自分を人質にすることで暴走を止めさせたんだ。」


 フランツは聞いているうちにルアンの声が徐々に弱くなっているように思えた。アレクも話が進むにつれてルアンの息が若干荒くなっていることに気づいていた。


「…収容所に入っていた6年間の間、僕は少しずつ全てのメンバーに自分の考えを浸透させていった。基本的に個々で活動するメンバーに対して何度も手紙を送り、ときには看守の仲間を通じて直接会って語りかけた。同時にさらなる組織の拡大を図るため、アトリア各地に一万通以上の檄文を送った。

 そうして得た組織の理念に深く共感し、あらゆる覚悟を持って理想を貫くことを固く誓った仲間は、組織の拡大に合わせて自分たちの手で新しい内部体制を整えてくれた。それは僕の思い描く理想の組織の形だった。

 民主主義を実現させようとする集団がリーダーの独裁を強いているようでは話にならない。アルデバランは共和的な組織の縮図としてうまく機能している。」


 最後には少し苦しそうに言葉を吐き出すと、ルアンは突如ゆっくりと立ち上がり、鉄格子に手をかけていたソフィアの目の前まで歩み寄った。

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