親子同士の盤外戦術
外出できないなら、将棋を指せばいいじゃない!
「親父、将棋指そうぜ」
日曜日の朝、俺は親父にそう声をかけた。
どちらも大して強くないが、声をかけると親父は挑戦を受けてくれる。
将棋を指すというより、息子と過ごす時間が嬉しいのかもしれなかった。
「お、いいね、やろうやろう」
ドアを開けて顔を出し、親父が言った。
無精ひげの生えた顔を笑顔にして、親父は快く乗ってくれた。
--ここだ。
「ああ、すまん親父。まだ学校の課題が終わってなかった。夜に指そう」
「ん、そうか、わかった」
親父は一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに頭を掻きながらリビングに行った。多分テレビを見るつもりなのだろう。
さてと。仕込みは完了した。
あとは。
「……待たせやがって!クソ!漏れる!クソが漏れる!」
ついさっき、親父が入っていたトイレに、俺は悪態をつきながら飛び込んだ。
そして、夜になった。
「じゃあ、はじめるか」
「よっし」
俺の部屋の床の上で、お互い胡坐を組んだまま将棋を指す。
俺はトマトジュースの入ったコップをわきに置き、親父も氷と茶色の液体の入ったグラスと、カシューナッツの入った皿をわきに置いている。
夕方ちょっとした想定外はあったものの、体調は何とかなっている。
将棋の歩を五枚手に取り盤の上にばらまく。
本来は俺ではなく第三者がやるのが筋だが、やる人がいないから仕方がない。
母さんは皿洗いしてるし、妹はテレビ見てるし弟は風呂入ってるからな。
「歩が三枚、俺の先手だな」
俺はそう言って駒を並べ始めた。駒箱の中にある駒は計四十一枚。
それらを正しく並べて、駒箱やらをその辺に置いておく。
そして俺は、飛車先の歩をつき、親父は角道を開けた。
たった今から始まるのは、正々堂々とした勝負……ではない。
なぜなら、俺は正々堂々としていないし、そもそも勝負が始まったのはたった今ではないからだ。
俺が朝、勝負を申し込み、父が受諾した時点で始まっている。
俺は、ちらりと親父の傍らにあるグラスに目を向ける。
そう、課題が終わってないというのは、まったくの嘘。
本当は土曜までにすべて終わっている。さっきまでほとんどスマホをいじって過ごしていた。
ではなぜ、そんな嘘をついたのか。
答えは簡単。夜に勝負を持ち越すことで、勝負を有利に進めるためである。
もっと言えば、親父に酒を飲ませて、思考力を低下させるのが狙いだ。
親父は普段、夕方あたりから酒を飲み始める。
そして夜になれば、それなりに酔っている。
酒を飲んだ親父と、素面の折れ、集中力の差は明確だ。
さあ、俺の盤外戦術の前に敗れ去るがいい!
◇◇◇
さてと、序盤の駒組はもう終わったな。
俺が中飛車。
んでもってあいつはいつも通り馬鹿の一つ覚えの棒銀でいやがる。
酒飲んでるから余裕だろ、考えてやがるんだろうな、このバカ息子は。
ふっ、馬鹿馬鹿しい。
ーー俺がまさか酒飲んでお前と将棋指すとでも?
ーーこのグラス、中身はただの麦茶だ。
いつもなら酒を飲んでるんだが、グラスがグラスなだけにごまかせた見てえだな。
それに俺も、正々堂々戦うってわけじゃねえ。
この馬鹿息子が課題なんてとっくに終わらせてることは承知の上だ。
なんせ、こっちはこいつのSNSのアカウントを特定して、あいつのつぶやきは全部チェックしてるんだからな。
それに加えてごく普通のアニメ好きを装って、相互フォローの関係にまでなっている。
あいつは俺がアカウントを特定していることを知らない。
今日、勝負をすることが決まってからひたすらにSNSで見つけたエロ画像をつぶやきまくったから、当然こいつも目にしてるはず。
そして大量の画像を目にすれば、ナニをするかは一目瞭然。
体調が万全でないのは、お前のほうなわけだ。
まあ、要するに。
◇
俺がナニをしたせいで体力的に消耗しているはずだ、なんて思っているのかな、親父は。
だとしたら、馬鹿馬鹿しい話だな。
確かに俺は親父のエロ画像爆撃に屈し、俺の中の性欲に負けてしまったが、それはそれ。
ちゃんと昼寝したから問題ない。
この親父は自分の垢がばれてないと思ってるんだろうが、スマホの暗証番号を誕生日にしている時点で論外だ。
むしろばれないほうがおかしい。
俺は体調万全、あっちはそうじゃない。
ここから考えられることはつまり、
「「勝つのは!俺だ!」」
どっちが勝ったかはご想像にお任せします。