肆 本編 戦国石田三成異聞(弐)
吉継は三成に決して武の才能がないとは思っていない。
ましてや、今回は二万もの兵を与えられ、更に北条氏と争っていた北関東の強豪たち常陸の佐竹(義宜)、下野の宇都宮(国綱)といった者たちも続々と参陣し、総兵力は三万を超えんとしていた。
普通にやればそう手間を取らずに勝てる条件なのだ。
何かあるとすれば…… それは……
(佐吉自身の焦りからくる失策以外に考えようにないのだ)
吉継は親友の心中を思いやった。
◇◇◇
龍森の城は関東の北条氏の領国にあって、拠点と呼べる支城だった。
小田原の本城よりははるかに小さいが、拠点と呼ばれるだあって、ある程度の規模はある。
それでも三成麾下の三万の兵をもってすれば、余裕をもって包囲できた。
「さて」
放った草の者等により、城内の状況はほぼ把握できている。
本来の城主は精鋭部隊と共に小田原の本城に召集されてしまっている。
今、城内にいるのは留守部隊一千と動員された農民あわせて三千といったところ。
城将は南条因幡守。
「南条因幡とはどのような男か? 左衛門大夫殿(氏勝)ご存知か」
三成の問いに、氏勝は淡々と答える。
「旧知の間柄でござる。武でも文でもとりわけて優れたところはござらぬ。ただ、話が分からぬ男ではない故。話せば開城交渉に応じると思いまする」
「ふうむ。龍森の城自体には何かあるのか?」
「それは、この地の古老を呼んでおりまする。おい、入れ」
地の古老は恐る恐るといった感じで陣幕に入って来る。
「遠慮はいらぬ。龍森の城について、知っていることを何でも申せ」
氏勝の催促に、古老はゆっくりと口を開く。
「龍森の城は、おとかが縄張りを引いた城。力攻めでは決して落ちることはありませぬ」
「!」
三成は反射的に立ち上がった。
「おとか? おとかとはなんだ?」
氏勝が慌てて話を継ぐ。
「土地の者の言葉で『きつね』のことでござる」
「何? きつね? きつねが城の縄張りをしたというのか?」
(これだから田舎者は。根拠のない伝説を妄信しおって。こやつら南蛮人など見たこともあるまい)
三成は言いようのない怒りに駆られ、その場で言い放った。
「明朝より力攻めにいたす。一揉みに揉み潰せっ!」
「待てっ! 佐吉」
親友の焦りを感じた吉継は止めにかかる。
「左衛門大夫殿(氏勝)は無血開城も出来ると言われた。何も力攻めにすることはあるまいっ!」
「紀之介。お主も聞いていたであろう。関白殿下(秀吉)はわしに『武功を立てよ』と言われたのだ。力攻めにしなくてどうするっ?」
(違う。関白殿下(秀吉)が言われたのはそういう意味ではない。だが……)
「紀之介。ここはわしのやり方でやらせてくれ。わしの武功を天下に示す。またとない機会なのだ」
(くっ、やはりか……こうなると……止めても聞くまい……)
吉継は小さく息を吐くと、言葉を返した。
「分かった。しかし、承知しているとは思うが、この兵は関白殿下(秀吉)からお預かりしたものだ。無理が見えたら、すぐに引くということなら、従おう」
「うむ。すまぬ。紀之介」
明朝をもって、総攻撃。それはその晩のうちに全軍に周知された。
◇◇◇
その朝は、三成には前途を祝福するような好天に見えた。
攻撃軍の士気を高めるべく、陣太鼓が鳴り響き、城を包囲していた兵たちは、城壁にとりつくべく、一斉に突撃を開始した。
「このような小さな城。瞬く間に落ちてしまうわ」
勇猛果敢な突撃ぶりをながめながら、三成は呟いた。
だが、それは長く続かなかった。
攻撃軍の兵たちは、次第に地面に足を取られ、思うように進めなくなっていった。
軟弱地盤。
関東を代表する河川。利根川、渡良瀬川、そして、荒川。
三つの大河が近くを流れるこの土地の地盤は柔らかい。
そして、この地の性質の悪いところは、一見、固い土に見えるところにある。
ある程度は進めるのだが、少しずつ少しずつ足を取られていく。
「むう」
三成が唸ったのと、城内から弓矢と鉄砲の猛射撃が開始されたのはほぼ同時だった。
身動きが取れなくなった攻撃軍の兵たちの損害はみるみるうちに増してゆく。
「いかん」
吉継は立ち上がった。
「引き上げの合図の陣太鼓を鳴らせ。泥に足を取られた者を周りの者は助けよ」
まだ辛うじて歩ける者は這うようにして、城から離れて行く。
もう、既に歩けなくなってしまった者は周囲に助けを求めるが、大半の者は助けられる前に城の射撃の前に命を落とした。
龍森城への総攻撃は無残な失敗に終わったのである
◇◇◇
今後の城攻めについて、「追って沙汰を待て」との指示を三成は下した。
陣中には言いようのない不安が漂い始めていたが、今はその指示に従うしかない。
三成が次の決断を下すまでの間、吉継はゆっくりと城の周囲を見て回ってみた。
「なるほど……」
見れば見るほど見事な縄張りである。
三成が怒ったように「きつねが縄張りをした」というのは確かに眉唾ものかもしれない。
しかし、この城の縄張りをした者は相当の技量の持ち主だ。
軟弱地盤は諸刃の刃である。
うまく利用すれば、このように大きな効果が得られるが、逆に守備側に悪影響をもたらすことだってある。
この城の縄張りは見事なくらい守備側にとって良いところを活用し、良くないところを排除している。




