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盗賊首領は小市民

作者: 濃見 霧彦

 「普通異世界転生っつったら勇者とか貴族とか、なんだったら自由気ままな冒険者だろうが!!なんで盗賊のっ!しかもいきなり首領なんだよぉっ!!」


 モンスターが闊歩し常人は滅多に近寄らない深い森のの奥にある洞窟、その中に作られた豪華な一室で男が叫ぶ。男の名は鬼沢虎太郎(おにざわこたろう)、厳しい名前の割に小心者である。


 さて、なぜこの男が叫んでいるかといえば、話は数十分ほど遡る。酔っ払いに女性が絡まれていようが普段なら絶対に近寄らないこの男、その日はなんの気紛れかうっかりそこに首を突っ込み、そして刺されて呆気なく命を落としてしまった。


 幸いな事に絡まれていた女性の命は助かり、その自己犠牲にいたく感銘を受けた女神と名乗る女性が生き返す事は出来ないが、そうそう死なない程度の力を与えて異世界に転生させることは出来ると提案して来たのだ。


 そのそうそう死なないがどの程度なのかを入念に確認し、それこそ龍だ魔王だ邪神だといった相手でなければまず大丈夫と太鼓判を押され、まあそれならばと異世界転生を承諾した。


 そして転生して最初に降り立った地がこの洞窟、盗賊のアジトである。しかも次期首領の継承の儀の真っ最中に現れ、襲われたと勘違いして他の候補者をなぎ倒してしまったものだから、そのまま盗賊団の首領に収まってしまった。


 出来れば拒否したいと言うのが本音だったが、多数の強面に囲まれ、1番顔の怖い首領に掟は絶対で拒否は出来ないと言われたものだから、引きつった愛想笑いで不承不承引き受けてしまい今に至るうと言う訳だ。


 「なんで俺勝っちゃうんだよ!あれ?もしかして俺やっちゃいました?って馬鹿!!もしかしなくてもホントにやっちまいましたよチキショウ!!」



 幸いな事に洞窟内は岩壁、部屋の扉も分厚くそうそう音は外に漏れない。本来の用途とは別だが、誰にも聞かれないと言う安心感から叫び声をあげている。


 しばらく頭を抱え悶絶していたが、なにかを思いついたのか、ハッとなって分厚い扉を開け放ち、1番人の多い食堂へと駆ける。


 「すいません、皆さんにお話があります」


 食堂に駆け込むなり一斉に自分へと向けられた視線に竦み、駆け込んだ勢いはたちまちにしぼんで、蚊の鳴くような声で話を始める。


 「あの、首領の命令は絶対なんですよね?」


 それでも誠意いっぱいの勇気を振り絞り、言葉を続ける。


 「そうですぜぇ、お頭ァ。俺たちゃあ法にゃあ背いても団の掟とお頭の命令には絶対背きゃあしやせんぜ!」


 一際大柄な、頬に大きな刀傷のあるハゲ頭の男が威勢よく答える。確かゴーツと言う名の幹部だったなと、出会ってから間もない僅かな記憶を頼りに顔と名前を一致させる。


 そしてゴーツの答えに一安心して、「あの、じゃあこの盗賊団解散しませんか?」と、それでもやはり恐る恐る提案をする。


 解散という言葉に一部の者が険しい目付きになった事に気づき、慌てて冗談、冗談です!と必死に声を張る。


 「まあ解散は冗談なんですけど、犯罪って良くないと思うんですよ。でね、まあ盗賊なので今からすぐに街に行って心を入れ替えて働くって言うのは難しいと思うんですけど、せめて人様に迷惑をかけないようにして欲しいんです」


 必死の、自分が思う相手を刺激しないギリギリのラインまで言葉を柔らかくして提案する。


 「お頭ァ、そいつぁお頭からの命令ですかい?」


 「え?あ、はい。新首領、虎太郎の命令です」


 一同を代表して問うゴーツに恐る恐る頷く虎太郎。


 「いいかテメエ等!新しいお頭からの初めての命令だァ!破った奴ぁこの副首領のゴーツ様が容赦しねえからなァ!肝に命じておけよ!!」


 見た目からして絶対に強いし怖い、そう思えるゴーツの言葉に一同がへい!と力一杯に応える。これでとりあえず一安心、自分は犯罪者にならずに済むし、盗賊団をどうにかする時間稼ぎにはなるだろうとほっと胸を撫で下ろす。


 そして数日後。


 「お頭ァ!金をたんまり奪ってきやした!」


 「お頭ァ!新鮮な食材を奪ってきやしたぜ!」


 「こっちは武器をたんまりいただいてきやしたよ!」


 まるでネズミを獲った猫の如く、満面の笑みで成果を部下たちが報告してくる。彼らにとって迷惑を掛けてはいけない人というのは、あくまでも身内である盗賊団の者だけであり、それ以外の人間は敵か奪う対象程度にしか思っていないのだから。


 もっとも彼らなりにも言い分はある。せっかくの新首領の就任なのだから、派手に暴れて稼ぎを上げてそれを祝いたいという気持ちと、それから自分の有能さを見せ付けて、あわよくば新首領の下で引き立てて貰いたいという下心だ。


 もっとも、コタローに対してはこれは逆効果で、日に日に続々と届く成果の報告に胃を痛め、かと言って嬉しそうに報告してくる部下を叱り付けて他の元首領候補を担ぎ上げて反乱されたり、寝首を掻かれるのを恐れて曖昧に褒めた様な言葉を掛け、部屋に戻っては1人で叫ぶ日々が増えるだけであった。


 そしてさらに数日、まだ自分自身は犯罪を犯していないし、教唆もしていないからギリギリセーフと必死に自分に言い聞かせている最中に部下がノックもなく満面の笑みで駆け込んでくる。


 「お頭ァ!やりましたぜ!いつかは祝いの品を献上したいと思っておりやしたが遂に持ってきましたぜ!!」


 もう嫌な予感しかしないと、胃のあたりをさすりながら、今度はなにを盗んで来たんだと聞けば、まあ見りゃあ分かりますってと背中を押され、檻の置かれた部屋に通される。


 「見てくださいよこの上玉を、それも3人もですぜ」


 「ああ、うん。一応聞くけど彼女たちは?」


 「そりゃあお頭への献上品に決まってるじゃありやせんか!」


 元気よく自分は大手柄を立てたと言いたげな部下に、いい加減怒るべきか否かを悩み始める虎太郎。しかし今はそれどころではないと一旦部下への対応は傍に置いて、拐われてきた女性の方へ目を向ける。


 どう見てもいい所のお嬢様な怯えた美少女、そのお付きと護衛と思しき2人の美女。これがもし本当に貴族家の令嬢とお付きのメイドと護衛の女騎士だとしたら、大問題である。恐らく家に戻らないことに気付いた当主が大捜索を行うだろう。そしていずれこの辺りで消息を絶ったと知れれば、それなりに森の深い場所とは言え山狩りが行われこのアジトにたどり着くだろう。


 家の規模は分からないが、もし大貴族だったら。あるいは王国の貴族への保護が手厚く、国軍を率いて捜索されたら。いくら大盗賊とはいえ所詮はただの盗賊、そうなっては一網打尽であろう事は想像に難くない。

 そんな事態になってはまずい。仮に自分自身はまだ無罪とはいえ、自分は盗賊団の首領なのだ。いくら自分の潔白を叫んだところで間違いなく処刑コースまっしぐらだ。


 となればどうにか説得と交渉で穏便に帰っていただくしかない、そう結論を出して三人の女性の所へ向かい異常に気付く。


 「うん。ユーゴ君の肩越しには顔と肩辺りしか見えなかったから、ずいぶん薄着なんだなあ、でもウチのみんなも上半身は素肌にチョッキの世紀末スタイルだし、この国は全体的に薄着の国なのかなって頑張って自分に言い聞かせてたんだけどね……」


 光の消えた目でブツブツと独り言を呟きだす。そして、拐ってきたと報告してきたユーゴという部下に向き直り大体の事情には見当がつきつつも一応は問う。


 「ねえ、ユーゴ君。なんで彼女達は服を着てないのかな?」


 「服の下に短剣でも隠し持ってられちゃあ厄介なんで確認のためにひん剥きやした!」


 温度も感情も感じられな平坦な、しかし今までとは明かに違うはっきりした声に疑問を覚えつつも、ユーゴは元気よく答える。

 伊達に大規模盗賊団の一員ではない。乱暴なだけではやっていけない。彼らはただの荒くれではなく、知性と警戒心を持った荒くれなのだ。もっとも倫理観や遵法意識などは捨て去っているが。


 「じゃあ、確認も済んだし服を返してあげてね?」


 どんどん声は冷たくなっていく。


 「破り捨てちまいました!」


 「なんで?」


 大体想像はつくが、そうでない事を藁にもすがる思いで期待して即座に聞き返す」


 「どうせひん剥くんすから、今破いちまっても一緒かなと」


 「それで服を破いたと……」


 おや、お頭の様子がおかしいぞ。何か失敗したかなと首を傾げるユーゴに、他の部下から脳天気そうな助言が入る。


 「バッカヤロウ!ユーゴお前ぇ、服は自分でひん剥くからいいんじゃねえかよ!それをおめぇがビリビリにしちまったらそりゃあお頭だって怒るに決まってんだろうが!」


 助言というよりは野次と言ったほうが適切なその下世話な発言に他の部下たちもそりゃそうだギャハハと同調して笑い出す。そういう事じゃないんだよこっちの気もしらないで、と絶対零度の感情から急転、一気に怒りが込み上げてくるのが分かる。


 人に迷惑を掛けないように、人から嫌われないように、排斥されないように、とにかく自分だけは真面目な人間でいようと自己防衛を徹底して配慮に配慮を重ねてきた人生だった。それが異世界に来てみればいきなり犯罪集団のトップで部下は犯罪し放題。


 いくら自分だけが真面目に潔白に関係ないですといった生き方を貫こうとも罪は向こうからやってくる。いや、部下が持ってくる。そのくせに、部下たちはこちらに迷惑を掛けている意識など一切なく能天気で無責任だ。


 これまで必死に耐えてきたがどうやらそれも限界らしいと自覚するまもなくキレた。人生初のガチギレ表明である。


 「馬鹿なの!?ねえ!馬鹿なの!?僕ら盗賊っ!!盗むのが仕事!!いや、それは正確には職業じゃないんだけど!!でね!盗むの対象は金品であって人じゃないの!人間の場合はね!拐うっていうの!?分かる!?それは人攫いの仕事なの!!」


 急にキレ出した虎太郎に部下たちは呆気に取られるも、そんな事はお構いなしになおも声を荒げる。


 「でね!ユーゴ君!」


 「へ、へい!」


 明かに怒気を孕んだ声で呼ばれたユーゴが背筋を伸ばして答える。


 「武器を隠してないか確かめるためって言うのは分かるよ!?だけど破く必要ある!?しかもメイドさんっぽい人のカチューシャだけ残してるって何!?マニアック過ぎない!?それと服は破いたり脱がせたりよりは、どっちかって言えば着たまま派なんですけど!!」


 「は、はあ。すいやせん」


 不要なカミングアウトを含む謎の説教にただただ困惑するユーゴ。


 何やら揉めている様子の一同に、女性の叫び声が混じる。


 「一体!私達をっ!どうするつもりだっ!!」


 肩で息をしながら、全裸で仁王立ちの女性が虎太郎を睨みつけている。先ほどから自分たちをどうするつもりかと再三声を上げていたのだが、ブチ切れ真っ最中で一切その声が耳に入っていなかった虎太郎に業を煮やし、遂に叫ぶ勢いで問いかけたのだ。


 「どうしていいかこっちも困ってるんですけど!!って言うか目のやり場に困るから立たないでくれます!?」


 反射でキレ返す虎太郎。言っている内容は正論に聞こえるのだが、目のやり場に困る状態にした側が言うことではない。


 「とにかく!何か代わりの服持ってくるから少し大人しくしてて!!」


 穏便に話し合いで帰って頂こうにも、服がなくては話にならない。一旦何かしらを着せて落ち着いてもらって、交渉のテーブルについて貰うのはそれからだと決めて一旦女性陣に背を向ける。


 「全員退出!!とにかく何か着るもの!ちゃんと綺麗な奴持ってきて!!」


 「しかしお頭ァ、全員出ちまったらコイツ等逃げ出しやせんか?」


 「全裸で外に出るやつはいないでしょ!!それに鍵ついてる牢に入ってて!逃げられる訳!ないでしょ!!」


 普段とは明らかに違う首領の様子に気圧される盗賊一同、わかりましたと返し三々五々に服を探しに散っていく。


 「なんで!!チョッキ以外に!服がないの!!」


もう箸が転がっただけでもキレるんじゃないかと言う勢いで叫ぶ虎太郎。しばらくまともな服を探し回っていたのだが、出てくるのは蛮族スタイルの革のチョッキばかり。ドレスや女性向けの服がないにしても、いくらなんでも素肌にチョッキという訳にも行くまい。


 「袖と!ボタンのついたやつぅ!!最低限前閉じられる服が何故ない!!みんな世紀末スタイル過ぎるんだよお!!」


 何せこの盗賊チョッキ、前を閉じられないのだ。大事な部分がギリギリ隠せるとしても目のやり場には困る。このままではラチがあかないと、本当は自分用に取って置きたかったシルクのシャツと木綿のズボンを3セット取り出してやっと女性陣が捕われている部屋へ戻ると……。


 「普通全裸で逃げる!?」


もはや悲鳴である。念のためと部屋の前に残しておいた2人の見張りは気絶させられ、牢は強い力で引っ張られたかのように曲がっている。

 虎太郎はすっかり忘れているがここは剣と魔法のファンタジーな世界、人間の腕力は見た目通りではない。まあ、だからと言って全裸で逃げるかと言われれば普通はNoだが。


 「やばいやばいやばい、急いで服着せなきゃ。いくら服を着せるために追いかけてるって言い訳しても外で全裸女性を追いかける絵面を人に見られたら完全にこっちがアウトだ」


 「だから言ったじゃないっすか」


 「うるさい!完全に想定外だよこれ!!とにかく追いかけて!!いいか!?絶対に外逃げる前に取り押さえろ!!多少無茶しても構わないから!!」


 やっと盗賊団の首領らしくなってきたと湧き立つ部下を後目に、自ら先頭に立って駆け出していく。護衛風の女性が相当強いのだろう、倒れている部下達を辿っていけば全裸女性の背中が3人分目に入る。


 「全裸のまま出歩くんじゃない!!服を着て話し合いに応じろぉ!!」


 言っている内容は至極真っ当なのだが、原因は自分達の側にあり、傍目にも完全にアウトな絵面である。全裸女性を服を持って追いかけるなど、新手の変質者にしか見えない。


 「くっ!お嬢様はお先へ!ここは私がっ!」


 護衛風の女性が反転して虎太郎に相対する。


 「こっちを向くんじゃない!!目のやり場に困るだろうが!!もう!ちょっと手荒になるけど勘弁してよ!!」


 このままでは色んなものの平穏が危ういと、遂に強硬手段に出る虎太郎。瞬間的に加速し相手の背後に回ると、首筋をトンッと叩いて気絶させる。


 「無駄な抵抗はやめて服を着て貰えるかな?」


 ハァハァと息を荒げ服を手に掲げて女性に迫る成人男性、その状況に恐らくメイドであろう女性が少女を庇うように前に進み出で、少女は背に守られただ無言で震えるばかり。


 「お願いですからまずは服を着て下さい、本当に何もしませんから、どうかをまずは服を……」


 怒声から一転、急に冷静になったと思ったら今度は涙を流しながら服を着てくれと懇願する虎太郎の様子に得体のしれない恐怖を覚え気圧されたのか、遂にメイドであろう女性が首を縦に振ってしまう。


 「わ、わかりました。まずは私が着てみますのでお嬢さまはしばしそのままお待ち下さい」


 「え?何?服にも毒見的なやつあるの?」


一瞬素に戻って思わず呟く虎太郎にメイドが答える。


 「当然でしょう?盗賊が持ってきた服などと、服従の呪いがかかっていないとも限りませんからね」


 「それを持ってきた本人に言えるって凄いね。普通そこはもうちょっと遠慮するもんじゃない?」


 「遠慮して状況が良くなるとでも?」


 「まあそうなんですけど、とりあえず早いとこ服着てもらえます?後ろ向いてますんで」


 逃げようなんて考えないで下さいねと一言添えて背を向ける虎太郎。するりと衣擦れの音が聞こえた後、しばしの沈黙が訪れる。


 「特に細工はされていないようですね。お嬢さま、袖を通しても問題ないかと」


 「ついでにそっちに倒れてる女の人にもこれを着せておいて貰えますか?」


 背を向け目を瞑ったまままま腕を伸ばして服をメイドに渡す虎太郎。背中を向けたはいいが、目の前に倒れている護衛の女性がいたために、目のやり場に困っていたのだ。


 「そちらで着せていただいて構いませんよ?どの道、シェリーが敗北した時点で我々に抵抗する力は残っていませんし」


 投げやりと言うわけではなさそうだが、至って冷静な返答であった。


 「そっちが構わなくてもこっちが構うんですけど……。いつまでも目を瞑ってる訳にもいかないんでお願いしますよ」


 わかりました、と短く返しメイドが虎太郎から服を受け取る。


 「それと、もう後ろを向いていただいて大丈夫ですよ。お嬢さまも服をお召しになりましたので」


 やっと安心して目を開けられると振り返ってみれば、素肌に絹のシャツ1枚を身につけた美しい少女が茫然と立ち尽くしている。


 「なんで!?ズボンあったじゃん!!」


その姿はいわゆる彼シャツであった。もっとも、シャツは正式には虎太郎の所有物ではなく、盗品としてアジトにあったものを、自分用に使おうと取り分けておいただけのもので、正確に言えば彼シャツではないのだが。


 「すみません、どうしても腰回りが合わなくて……」


 蚊の鳴くようなか細い声でそう答える少女。


 「ああっ、ごめん。怒ってる訳じゃないんだ、むしろサイズとか気にしてなかったこっちの配慮不足だし。とりあえず念のためシーツも持ってきてるからこれを使って下さい」


 出来るだけ少女を直視しないようにしてシーツを手渡す虎太郎。決してヘタレな訳ではない。見たいか見たくないかで言えば見たい。しかし、それをやってしまった場合、心証が悪くなり、交渉が決裂する可能性が高いと言う判断である。


 まあ、拐われた時点で心証は最悪であろうが。


 「何から何まで申し訳ございません」


 「いや、元はと言えばこっちのせいなので。とりあえず向こうのシェリーさん?も服を着せてもらったみたいなんで落ち着けるところで話をしましょうか。


 拐われてきた盗賊のアジトに落ち着く場所も何もあったものではないが、覚悟を決めたような顔で少女はそれに同意する。


 「アイナ、参りましょう」


 「はい、お嬢さま」


 じゃあついてきて下さいと言って、ヒョイっと倒れていたと言うか気絶させたシェリーと呼ばれて女性を抱き抱えて先導に立つ虎太郎。心の中で、あれ?これってお姫様だっこ?と一瞬思ったが、全男子垂涎のシチュエーションである彼シャツもお姫様だっこも、状況が状況なのでちっとも嬉しいとは感じなかった。



 やたら長く感じた自室までの道のりをどうにか乗り越えてやっとひと心地、酒は注いでくれてもお茶を入れてくれるような気の利いた部下はいないので、価値の不明な茶葉をどうにか探し当てて自ら淹れる虎太郎。自分一人で対応すると言って部下を全員下がらせる、どうせ扉の向こうで聞き耳を立てているだろうと思いながらもだが。


 「この度は部下が非常に申し訳ありませんでした!人に迷惑を掛けるなと伝えているのですが、私の言い方が適切ではなかったために皆さまには大変なご迷惑とご心労を負わせてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます!!」


 一手目は全力の土下座である。しかし一見謝罪しているように見えるが、あくまでも部下が勝手にやったこと、自分の言い方が悪かったフシはあると言いつつも、あくまでも自分は何もしていないと部下に責任を押し付ける構えである。


 「その上で恥を忍んでお願い申し上げます!不慮の事故で服を汚損させ、代わりの服と代金を渡して立ち去ったと言う事にして頂いてお帰り頂けないでしょうか!!」


 現行犯で他者に見咎められた訳ではない、当事者が合意さえすれば公にはなかった事になるはず、それを狙って全力で下手に出ての交渉である。


 「まずお伺いしたいのですが、あなたは私達かを知った上で拐ったのではないのですか?」


 この場で唯一平静なアイナが問う。


 「いえ、存じ上げません!」


むしろそれを知ってしまったら後戻り出来ない厄介ごとに巻き込まれそうだから意地でも知りたくないと言う言葉はどうにか飲み込む。


 「信じられるものか!大方我らの身柄を狙ったギュスターヴ伯爵家の命なのだろう!?」


 シェリーの詰問の言葉の途中で耳を塞ぎ、あーあーと声を上げて何も聞こえていませんよと言うポーズを取る。実際小太郎の耳には何も聞こえていない、ギュスターヴ伯爵家などと言う貴族家の名前は聞こえていない。


 「え?何かおっしゃいました?急に発声練習がしたくなったせいで全く聞こえませんでしたけど!!」


 発声練習をしたせいで声が大きくなってしまったが、決して怒っている訳ではない。


 「だーかーらー!貴様らはぁー!ギュスターヴの!回し者!ではないかと!聞いている!!」


 いっそう大きな声で問うシェリー。だから、のあたりで既に耳を塞ぎさらに大きな声を張り上げる虎太郎。未だに名前が不明な少女は戸惑いアイナは呆れている。


 「シェリー、少し黙っていて下さい」


このままではラチが開かないと一旦シェリーの口を閉じさせてコホンと咳払いをする。


 「あなた、ええと盗賊の首領さま?は我々が何者かを知らず、穏便に帰したいと?」


 「あ、はい。虎太郎ですそうです、出来ればそう言う形でお願いしたいところです」


 「実を言えば我々は帰る家が無く路頭に迷っていると言っても差し支えない状況です。不幸な身の上の寄る方ない娘を保護した、と言う事にして我々をここに置いてはいただけないでしょうか?」


 「おい!アイナ!何を言っている!コイツらは!」


 「シェリー、黙っていて欲しいと言ったはずです。私に任せてください」


 「虎太郎さま、あなたは私達が何者かは知らないけれど、暴漢に襲われていた不幸な身の上の娘3人を保護したのです。そう言う事にはしていただけませんか?」


 悪魔の提案である。被害者が自ら虎太郎達が善意で助けた側であるという提案をしてきたのだ。しかもここで保護をすると言うことはアジトの場所が他に漏れるというリスクがなくなる。無論当面は監視が必要だろうが、穏便に済んでしかも部下の罪が消失するのだ。


 「あなた方の事情には関知出来ませんが?」


 「構いません、我々は同じ孤児院出身の身寄りのない義理の3姉妹。奴隷として売られそうになって逃げてきたところを暴漢に襲われ、そこをあなた方に助けていただいた上に保護していただいた。それだけで充分です」


 「いいでしょう、困っている女性を助けるのは男の義務、事情はわかりませんが気が済むまでここにいて下さって構いません」


 とんだ茶番である。


 「お嬢さま、そういう訳で本日からこちらでお世話になりますがよろしいですね?」


 「はい。私はフィリア・ライミッツ。ライミッツ侯爵家の娘です。両親を失い家を乗っ取ろうと無理矢理私と婚姻を結ぼうとしたギュスターヴ伯爵の手から保護して頂けるとの事、何もお返し出来ませんがコタロー様に多大なる感謝を」


 そう言って深々と頭を下げる。鈴を転がしたかのような美しい声色に聞き惚れ、うっかり全てを聞いてしまった虎太郎は、即座に上体を逸らし、背後の岩壁に後頭部をめり込ませる勢いで叩きつける。


 「あいたたた、急にフラついて岩の壁に頭ぶつけちゃったせいでさっき何を言われたかまるで覚えてないや」


 とんだ茶番である。実際岩壁は凹んでいるが、虎太郎の頭には傷一つ付いていない。


 「お嬢、いえ、妹のフィーからも重ねて感謝をと申し上げたのです」


 「あ、あーそう言う話だったのね。気にしなくていいですよ、人として当然の事をしただけですので」


 自分でもどの口が言うかという気持ちはあるのだが、一切痛みのない後頭部を、出来るだけ痛そうに見えるように大袈裟に顔を歪めて後頭部をさする虎太郎。

 普通岩に頭ぶつけたらさすった程度ではどうにもならないのだが。

 

何はともあれ、ひとまずは処刑台に送られる可能性が大きく先延ばしになった事にひとまずは胸を撫で下ろす。とは言え、彼が真の平穏と安息を手に入れるのはいったいいつになるのやら。


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