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ふたつのこと

 憧れ続けた人。


 人間そのものに興味のない私が写真を見ただけで夢中になってしまった人。


 きっと写真を見たときから好きになってしまった人。


 手の届かない雲の上の人。


 決して会うこともない人。


 でも……


 一回目の奇跡が起きて私はその人知り合うことが出来た。


 その人は小さな小さなドラッグストアーでアルバイトをしていた。


 ダサイお店の制服を着ても、息がとまるほと美しかった。


 性格は真面目で純粋でわがままで直ぐにむくれて人づきあいが苦手な人。


 だから私が護ってあげなければいけないと思った人。


 そして……


 ついに私と友達になった。


 憧れの人から友だちになって、その人は私の初恋の人に変わった。




 その人が今、目の前にいる。


 そして……


 私はいまその人と……口づけをした。


 私のファーストキス。


 この瞬間を過去にどれだけ想像してきただろうか?


 私はその度に、想像の中で全身全霊が喜びに満ち溢れ歓喜に震えた。



 しかしすぐに"決して"おとずれることがない未来であると現実に返り、私はいつも苦しさのあまり涙が溢れた。


 ”起こる訳がない”


 それなのに……


 そう思い続けていた”奇跡”が今、起きている。





 私は力の限り抱きしめ、その人の唇を自分の唇を押しつけた。


 咄嗟になぜこんな”暴挙”に出てしまったのか?


 いいや、愛する人とのファーストキスを”暴挙”なんて言葉で表現するのはあまりに悲しすぎる。


 維澄さんの「言動」を止めるだけなら私は維澄さんの口を手で塞ぐという選択肢だってあったはずだ。


 しかし私はそうはせずに無我夢中で、維澄さんを両腕と華奢な身体をまるごと包み込んで、きつく締めつけるように抱きしめた。


 想像していたよりもずっと細身だったその身体に一瞬”ドキり”とする。


 身体のバランスがいいから見た目には決して”細すぎる”という印象がないのに。


 平均的な高校生よりも背の高い私は維澄さんの身長とほとんど変わらない。だから抱きしめると維澄さんの顔が私の目の前まで接近していた。


 だから”唇を合わせる”という行為までは一瞬だった。


 私はなんの躊躇もなかった。


 そうでもしないと維澄さんの言葉を止められる気がしなかったから。


 それだけではなく維澄さんの”こころ”にある程度のインパクトを与えない限りこの状況を打破することができないとも感じていた。


 そのための最上の選択を私の”頭”が瞬間的に”口づけ”という答えを出した。



 まるでマシュマロのように柔らかい唇の感触が私に伝わった瞬間、私は全身に電撃が走った。それはそうだ私が好きで好きで……愛してやまない維澄さんの唇だ。


 頭では維澄さんの不安定な精神状態をなんとか回避したいと”冷静な”判断と行動をしたはずだった。


 でもそんな思考とは裏腹に身体反応は震えるまでの興奮を感じていた。胸の奥が締め付けられるように苦しくなった。


 この人が愛おしい。


 狂おしいほどに愛おしい。




 維澄さんは一瞬で身体を硬直させ、両目を大きく見開きその綺麗な瞳が今にも零れそうな涙をためている。


 その姿を見てはじめて私も涙を流していることに気付いた。




 今、維澄さんの瞳には私しか映っていない。維澄さんは何を感じているのだろう?


 維澄さんも私と同じ感情を抱いているのではないか?


 そう感じた。


 維澄さんだって嬉しいんだ。


 絶対そうだ。


 維澄さんはさっき見せた動揺の様子とは明らかに違っていた。


 私の身体は歓喜にうち震えながらも思考では冷静な行動をとり続けた。


 私は口づけをしたまま決して目をつむることなく一瞬の隙も逃すものかと維澄さんを睨むように見据えていた。


 少し青ざめていた維澄さんの顔が、いまや真っ赤に紅潮している。


 硬直していた維澄さんの身体が次第にほぐれていくのが両の腕から感じとれた。


 維澄さんの力が抜けるに従って私がきつく締めつけるように抱きしめていた腕は益々維澄さんの身体と私の身体との密着度を上げていた。


 維澄さんは耐えきれず、悶えるように息を吐きながら当惑の表情で下を向いてしまった。。


 私ははっきりと二つのことを改めて”感じとり”そして”理解する”ことができた。


 一つは……


 私は維澄さんを生涯愛し続けることができるという確信。


 そして二つ目は……


 維澄さんは私と同じくらい……もしかするとそれ以上に私のことを愛しているという確信。


 だから私はを維澄さんの表情を間近で見つめた。


 維澄さんは当惑しながらも、ゆっくり顔を上げた。


 心で沢山の言葉が交わされた気がしたが、実際には二人とも何も言葉を口にしなかった。


 その瞳が語る意味を、私が間違える訳がない。


 愛する人が私に向ける瞳の意味を私は全身全霊で受け取ることが出来た。


 でも維澄さんはようやく安心したように目を閉じて頭を私の胸に預けた。



 私はこの人と一生……生きていく。



 そう確信した時、私はずっと維澄さんに向けていた視線を上條社長に移した。




 そして私の答えを上條社長に伝えた。



「上條社長……私、Kスタジオに入ります」



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