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私の青春

 全てが上條裕子の予言通りになった。


 上條がたった22歳の若さで立ちあげたKスタジオは瞬く間に業界のトップに躍り出ることになった。


 今や上條裕子の名は、トップモデルではなくカリスマ経営者としてモデル業界に君臨することとなった。


 その牽引役となったのが他でもない。


「IZIMI」という名で、モデルとして再スタートを切った維澄の存在だった。


 この時期の維澄は幸せの絶頂にいた。


 愛する上條が成功するために、自分が頑張る。そして上條自体もIZUMIが世間に認められることを何よりも優先して寝食を惜しんで仕事をしていた。



「維澄?私が言った通りになったでしょ?」


「そうですね。裕子さんならきっと成功すると思ってましたけど、まかさここまでとはちょっと想像していませんでした」


「私の実力をなめてもらっては困るね。私はモデルでおさまる人材でないってことさ」


「そうですね。不思議なもので、裕子さんがモデルの時はモデルこそ裕子さんの天職と思ってましたけど、今の裕子さんみてるとカリスマ経営者にしかみえませんよ」


「でしょ?でも、これも維澄、あたなのお陰だよ。IZIMIはもう業界の誰もが認めるナンバーワンのモデルになった」


 上條は誇らしげに、そしてとにかく嬉しそうに維澄にそう話した。


「そうかな?裕子さんがプロデュースすれば、誰でもこうなっちゃう気がするけど?」


「それは絶対ないよ」


「そうですか?」


「維澄じゃなければ、こうはならない。むしろ私がいなくてもいずれあなたは今の地位を獲得していたと思う」


「そんな訳ないですよ!私は裕子さんがいなければモデルなんてそもそもやっていません」


「まあそれはそうだけど……でもどこかで維澄が誰かの目にとまって……きっと世の中に見つかってしまう可能性はあったと思う。あなたはそういう存在だよ」


「裕子さんは頑固です。そんなことは絶対にないことは私が一番分ってるんです」


「いやそれを認めない維澄の方がよっぽど頑固だろ?」


 そう言って二人は声を出して笑った。


 維澄の言う通り、おそらく内向的な彼女が上條に誘われなければモデルなることはなかった。


 維澄の動機は、ただただ上條の傍にいることだったからだ。今でも維澄はモデルで有名になることが目的ではないのだ。


 毎日、上條と一緒に仕事をして、上條とともに喜びを分かち合う……それだけが維澄の生きがいだった。





「維澄、いよいよワールドコレクションだよ。日本が誇るスーパーモデルとして世界がIZUMIを知ることになる。これは日本人初の快挙だ」


「なんか、未だに私がスーパーモデルとか実感ないから、ホントに私が世界で評価されるとか信じられないわ」


「いまさらそんなこと……あなたにしか世界レベルで戦えるモデルはこの日本にはいないわよ。おそらくは未来にも。それは”この私”が保証する。それともなに?私の言うことがまだ信じられないとも?」


「そ、そうじゃないよ。私は裕子さんが凄いってことは一番分ってるつもりだから」


「だったら余計なことは考えないこと」


「う、うん。そうだよね。どちらにしても私は裕子さんに付いていくしか選択肢はないのだし」


「ああ、維澄?そのことなんだけどさ……」


 この時上條は、急に少しだけ陰った表情を見せた。


 維澄は上條のその表情の変化に心がざわついた。


「な、なに?改まって?」


「正直、維澄はもう私の手に負えるレベルを超えてしまってると思うの」


「え?ど、どいうこと?」


「だから、今度のワールドコレクション出演に関しては一流のサポーターを海外から集めて維澄を任せようと思っている」


「な、何をいいだすよの?そんなの必要ないでしょ?私は裕子さんがいればそれが一番……」


「ハハ、だからそれは維澄には分らないよ。世界で勝負するにはもう私のスキルではどうにもならない。だって私が知っているのは日本の業界の事だけだから」


「そ、そんなことない!」


「だから維澄に分かる話じゃないんだよ。私の限界に気づているのは私だけだから」


 上條は少し俯き加減に目を落として寂しそうな顔をしてそう言った。


「で、でも裕子さんも一緒に私の担当として仕事をしてくれるんでしょ?」


「いや、私はもう維澄個人の担当をしていることは無理なんだ。仮にも私は事務所の社長だ。社長が一個人のモデルの担当をずっと続けていくことは企業としておかしなことになる」


 (裕子さんが……私の担当ではなくなる?)


 (裕子さんが私からは離れるってこと?)


 (私は?……私はどうなるの?)


 維澄には到底受け入れがたい事実を聞き、こんな言葉が頭の中でぐるぐると交錯した。


「でも、裕子さんは……、裕子さんは私を他の人には渡したくないって……」


 維澄は上條の突き放すような提案があまりにも悲しく、受けいることなど到底できなず、すがるように上條に訴えた。


「最初は私もそう思ってたよ。でもね、あたなたの才能は私の想像をはるかに超えていた。それに気付いてしまったから……私のわがままでそれを抑えつけてしまうのは私が許さないんだよ。維澄にはもっと世界で活躍してほしいんだ」


「そ、そんなの私は望んでない!私はいまのままで十分だよ。いまのままがいいんだよ!」


「だめだよ、維澄。それでは私が嫌なんだ」


 (ど、どいうことよ?)


 (裕子さんは私のことをどう思ってるの?)


 (私と一緒に頑張ることが裕子さんが事務所を立ち上げた理由じゃなかったの?)


 (私のことが、”◯◯”だったんじゃなかったの?)




 維澄はこの後、自分が何を話したのかも覚えていなかった。




 そして……



 この時が……上條裕子という青春が、維澄の目の前から消えてなくなる瞬間だった。


 維澄はこの日を最後に、上條裕子とはついに会うことはなかった。




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