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嫉妬と狂喜

 私はまるで夢遊病者のようフラフラとお寺の境内を後にした。


 これからアルバイトに向かわなければならない。私はまだ足元も定まらい程に動揺していたが無理に自転車のペダルに足を乗せた。


 今の精神状態で維澄さんと普通にしていられる自信はない。致し方ない。今日はアルバイトを休もう。


 いきなりシフトに”穴開ける”ことになって店に、特に維澄さんには迷惑を掛けることになるが……


 無理だ。とてもじゃないが”今は”維澄さんに会えない。

 …… …… ……


 私が一枚の写真を手がかりに”モデルIZUMI”……つまり維澄さんをネットで調べていた時、「IZUMI」「モデル」という2つのキーワードを使った。


 このキーワードで、いつも検索の上位にヒットするのは「Kスタジオ」の関連ページだった。維澄さんが唯一「IZUMI」の名前で載っていたファッション雑誌が「Kスタジオ」のものだったので、維澄さんがKスタジオの元モデルであるという可能性は強いと想像していた。


 事実、この検索ワードで「Kスタジオ」の関連ページが毎回上位に表示されることがそれを裏付けていた。


 モデル業界を牽引する最大モデル事務所を兼ねるKスタジオ。


 Kスタジオのモデルは今をときめく『YUKINA』にしても『MISAKI』にしてもかならずローマ字表記の名がつく。それが”ブランド”になってローマ字表記のモデルは「Kスタジオのモデル」として業界のステータスになっていた。


 だから「IZUMI」というモデル名から維澄さんが「Kスタジオ」のモデルであることを確たるものにしていた。


 そしてこのKスタジオを芸能界最大の事務所に押し上げたのが……


 あの仏画と瓜二つの顔をした社長の上條裕子だった。


 自身も元モデルという経歴を持ち、その美貌は現役モデルで通用するほどだ。年齢がまだ29歳という若手敏腕社長。


 私は維澄さんのことをネットで調べていた時、何度もこの上條裕子の写真を見ていたのでよく覚えている。


 だから間違いない。


 今やマスメディアに強大な影響力をもつKスタジオなら、IZUMIというモデルの存在をネット上から抹殺する情報操作ぐらい訳がないと思う。


 だから私がどんなに維澄さんの情報を求めてネット上を探しまわっても何も出てこなかったのだ。


 そして維澄さんがモデルを辞めた理由。つまりそれは上條社長がいる「Kスタジオ」を去ったということになる。


 維澄さんがモデル業界から去ったことに上條社長は深く関与している。


 私はそんな想像に辿りついていた。はっきりした根拠がある訳ではないがこの予感はきっと当たっている。


 でなければ……維澄さんが、毎月”上條裕子”に瓜二つの仏画に”会いに来る”理由がない。



 そして……


 スタジオを突然去って、しかも情報まで消されているという事実だけを見れば、上條社長は少なくとも維澄さんの存在にポジティブな印象を持っていないように感じる。


 でも、きっと維澄さんにとってはそうではないのだ。だって、会いたくもない人に会いに行く理由はない。


 その事実だけははっきりしてる。だとすれば……ある可能性が、私の心に大きなインパクトをもって去来する。





 その可能性とは……




 維澄さんがかつて……


 この上條裕子という女性を愛した可能性だ。



 私はそのことへの激しい嫉妬と……


 そしてなによりも、もしかすると……もしかすると……


 維澄さんが”女性を愛する人かもしれない”という狂喜のはざまで……


 私は気が狂いそうになった。


 もちろん私の妄想という可能性は残る。でも私は維澄さんのことに関しては間違えないという根拠のない自信があった。


 でもその自信は、今回に限っては私にとっては嬉しくないのだ。維澄さんがもしかすると”上條裕子”という女性を愛した可能性がある。


 だとすれば……ほんの僅かだか維澄さんが私に向いてくれる希望だってあるのかもしれない。


 でも、私はそんなに楽観的に考えられないと思ってる。


 仮に維澄さんが上條裕子を好きだった過去があったとしても、短絡的に維澄さんが同性愛者と決めつけることはできない。


 それは上條裕子という人間を見れば明らかだ。


 テレビにもよく出演する上條社長。頭の回転は速く、歯に衣を着せぬ鋭い言動、立ち振る舞い。どれを取っても並の男性よりもよっぽど男らしい印象がある。きっと上條さんが男性でも維澄さんは上條さんを好きなっていても不思議ではない。


 維澄さんは上條社長が女性だから好きになったんじゃない。上條社長だから好きになったんだ。


 そもそも私だってそうだ。


 私は”女性しか愛せない”という感覚は全くない。ただ維澄さんが好きなのだ。男とか女とかという次元にこの感情はない。


 …… …… ……


 私は、はやく店に連絡を入れてアルバイトを欠勤することを伝えればよかったのだが、ついダラダラとその事を後回しにしていたら……気付けば店の近くまで来てしまっていた。



 すると、突然、背後から聞き慣れた声で私を呼ぶ声が聞こえた。


「檸檬?」


 その声の主は、自転車に乗りながらスポーティーなショートカットを風邪になびかせ笑顔で近づいてくる浅沼美香だった。


「み、美香……」


「何やってんのよ?随分前に学校で出たみたいだったけど?」


「ええ、ちょっと寄り道してて」


私はまた美香に嘘をつき、目を泳がせてしまった。


「そう、じゃあ~久しぶりに一緒に帰ろうよ?」


美香は私の曖昧な表情に触れずに笑顔で答えた。


「う、うん……そうだね」


 私はまだ動揺が醒めきらず、少しぎこちない応対をしてしまったが、美香は気にすることなく上機嫌だった。


「あ、でも先にドラッグストアー寄るからちょっと付きあってよ?」


 え?!……


 そ、それはまずい。今日は、今日だけは店に顔を出せない。


 美香と一緒に店内に入れば、「休む」とは言えなくなってしまう。


 だめだ。今は維澄さんに会える状況じゃないし、美香にもバイトのことがバレる。


 私はどうすればいいのか、必死に答えを探したが、すでに、さっきからの乱れ切ってしまった心で、この状況を的確に判断するだけの思考力は残ってはいなかった。


 だから私は”まずい”と思いつつも、流されるように美香の後について維澄さんがいるドラッグストアーに入るしかなかった。

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