強制連行?
警察での事情聴取はごくごく簡単なものであった。
維澄さんは、いかにも”メンドクサイ”と顔に書いてある警官から、ストーカーへの基本的な対処方法の説明を一通り受けていた。
もちろん、この感じだと「尾行された」というだけで、過度な警護をしてくれるなんてことを期待できるものではないのだろう。
だからと言って維澄さんにしても、ネットを見れば幾らでも載っているであろう”付焼刃”なストーカー対策を聞いた位で、不安が拭える訳がない。
そして、おそらく早く話を切り上げたいのが見え見えの警察官が無遠慮な問いを発した……
「あなた、護ってくれる親しい男性の人とかはいないの?」
私は体中の血液が逆流する程に、怒りがこみ上げた。
な、なんてことを聞くんだ!?
失礼にも程がある!
そして、もし維澄さんがこの問いに”います”なんて答えてしまったら……
それを想像したら、今度は目眩がするほどの焦燥感で今度は血の気が一気に引いてしまった。
でもそんな心配をよそに維澄さんは即答した。
「いません!!」
やや不満の色をにじませつつ、維澄さんにしては珍しく強い口調で。
そしてなぜか、維澄さんの視線はまるで私の表情を確認するかのように、一瞬私の方を向いたので自然と眼があった。
そして何かを訴えるような……
な、なんだ?なんなの?維澄さん?
維澄さんの微妙な表情の意味は分からないが、でもよかった。いや、よかったと思ってしまうのは少々不謹慎か。
現実的には、この状況では彼氏がいた方が維澄さんの安全を確保するという意味で良いことなのかもしれない。
でも、もし維澄さんに彼氏がいたなんてことが分かったら、きっと私はショックのあまり卒倒して、一ヵ月は床に伏せる自信がある。いや一年か、いやいや一生かも?
さて、そろそろ交番での話も終わり、維澄さんは自宅に戻らなければならないのだが……
どう控え目に見て維澄さんの動揺はおさまってはいない。このまま一人で返してしまうのはどう考えても心配だ。
この女性は、私より7歳も年上のはずなのだが、不安に押しつぶされそうな表情の維澄さんを見ると、儚げな年下の少女のように見えてしまう。
ホントに護りってあげたくなる。
「今日は、維澄さん〝うちに〝泊ってもらった方がいいんじゃないの?」
ずっと詰まらなそうにして待っていた翔がまさかの爆弾発言。これにはさすがの私も凍りついた。
「ば、ば、ば……」
バカなこと言ってんじゃ……ないわよ!!
と叫びたかったが、あまりのショックに言葉にならなかった。維澄さんまで、不安な表情がどこかへ吹き飛んだように、眼をまんまるに見開いて翔を凝視してしまっていた。
「あれ?……俺なんか、まずいこと言った?」
「それはそうで……」
”そうれはそうでしょ!”と言いかけたのだけれど、私は言葉を止めた。いやいや……ちょっとまって?
そうか、それが今できるベストな選択かもしれない。
でも、維澄さんがうちに泊るだって?
それを想像すると。ああ……また心拍数が上がってきた。
それにしても翔、今回はグッジョブだ!!
それにしてもまた、近しい友人のいない維澄さんが唯一頼っていい相手が”知りあって一ヵ月程度の女子高生”という事を思うと私の心はどうしても晴れてくれない。
でもこれだけ怯えている女性を、今はそのまま一人で返す訳にはいかない。余計な事を考えている場合ではない。
果たして維澄さんの答えは……
「いや、それは申し訳ないから……」
と顔をやや引き攣らせながら言った。その表情からは本心は見えない。単に遠慮からなのか?
個人的な関係性に距離をとりたがる維澄さんらいし拒否反応なのか?もしくは維澄さんの過去を知る私を”未だ”警戒しての反応なのか?
ただ、先ほど警官の前で見せた彼氏の存在を”キッパリ”否定した時のような強い意思は感じられない。
だから”答えに逡巡している”ことは間違いない。
おそらくそれだけまだ”恐怖”が消え去らないから、一人になるのが怖いのだろう。
だったらここは私が押し切ってあげるのが親切ってものだ。
「ダメですよ……維澄さん!」
「え?」
私がまるで”叱りつけるように”そう切り出したので、維澄さんは一瞬”ポカン”としてしまったが……
私は、間髪入れずに……一気に言い切った。
「私には維澄さんを守る義務があるので……今日は家に強制連行します!」




