「やっぱり吸血鬼は銀髪ロリ貧乳だよな」と言ったら黒髪黒目TS吸血鬼に睨まれた
「……集団失神事件?」
『そうだ。正確には集団ではないが……。三日ほど前から一夜の間に複数人が気を失う事件が連続して起きている。被害者に接点は無し。気を失った場所もまちまちで、一見何の関係もないように思える。しかし、連日のように起これば、何らかの共通点があると考えるのが妥当だろう』
「……それを何で俺に?」
その問いかけに、電話の向こうの声にため息が混じった。解せぬ。
『君の任務達成件数が少なすぎるからだ。偶には仕事をしたらどうだ? ん?』
「ぇぇ……。でも俺、そっちに仕送りしているじゃないですか……。こんな仕事をしなくても生活していけるし……」
『あのねぇ、君……。わたしがこの仕事を取ってくるのにどれだけ苦労したと思っているんだっ!? 大体君は毎回毎回、厄介ごとを背負い込んでは私に丸投げする癖に、こっちの依頼をサボりすぎだ馬鹿者! 前回ので九人だぞ九人! まだろくに働けない妖怪の子供ばかり拾ってきやがってぇ……! 面倒を見るこっちの身にもなってみろ! 君のうっすい給料袋じゃ養いきれないんだよ! おかげでこっちは昨日も今日も明日も明後日も山菜スープだ! 山の幸が尽きたらどうしてくれる!』
「ぇぇ……。でも見捨てる訳にはいかないし……」
『だったら、表の仕事に明け暮れていないで、こっちの仕事もやったらどうだ!? こっちの方が圧倒的に稼ぎがいいだろう!?』
「でも危険じゃん……。それに、俺がやらなくても他の奴らが解決するでしょうが」
『知るかぁっ!? 君がそんなんだからわたしはっ、わたしはぁ……っ! とにかくっ! 今回の仕事はウチが請け負う事になったから、とっとと解決してこっちに金を収めるように!』
勢いよく電話が切られる音にビビりながら、俺は電話から耳を離してため息をついた。
確かに事あるごとに子供を拾ってきた俺も悪いけどさぁ……。俺は荒事が苦手だって分かっているだろう? なのに持ち込む仕事は荒事、荒事、荒事……。
今回持ち込まれた仕事も荒事になりそうだ。
陰鬱な気分になりながら、リビングのテレビをつけてニュースを確認した。どうやら、今の所は大事にはなっていないようだ。被害者の住所がバラバラなのが大きいのだろう。けれど――
SNSを観覧して状況を確認する。
一部の界隈では集団失神事件としてまことしやかに囁かれているようだ。今は偶然が重なっただけだという意見が大半だが、これが続くと疑念は確信に変わるだろう。
そんな事を考えていると、不意にメールが届く。
差出人は銀狐。先ほどの電話の主だ。添付された資料には電話では伝えきれなかった事件の詳細が記述されている。
資料を読み込んで犯人に大体の当りをつけて対策を練る。有効であろう武器を押し入れから引きずり出して鞄の中に詰め込んだ。
「ぶっつけ本番か……。相手の情報がないのは厄介なことで……」
犯人が行動を起こすのは夜。それまでの間に手がかりを探して一度アパートを出る事にする。
ふと視線を落とすと、銀狐から送られた資料の一文が目に入った。
『被害者はみな貧血の症状を訴えている。また、事件現場の間隔は開いているため、敵は人並みの知能を備えている。もしくは複数犯である可能性が高い。容疑者は磯女、マナナンガル、キョンシー等、吸血を特徴とする妖怪と思われる。最悪の場合は吸血鬼と交戦する可能性も考慮せよ』
――
――――
「ううっ、寒っ」
俺は人気のない公園のブランコに座り、手を温めようと白い息を吐いた。
軽く地面を蹴ると、錆びた金属音を鳴らしてブランコが動く。ブランコの上に立ち、遠くを見渡してみるとヘッドライトがまばらに動いているのが見えた。車通りは少なく、閑散としているのが見て取れた。
こんな人気のない公園で一人ブランコに乗っていると、神経質な近隣住民に通報されてしまいそうだ。
――同様に、こんな場所を動き回る人影があれば一連の事件の関係者である可能性が高いだろう。
臭いを頼りにアタリをつけてこの場所に訪れてしばらく待ってみたが、俺以外に動く影はない。だが……
「ていっ」
「きゅっ!?」
動く影はないが、急速に接近する臭いを感知したために、腕を振り下ろした。
確かな手ごたえ。
どさりと重い物が地面に落ちる音がした方向を見ると、黒ずくめのマントで身を覆った人影が頭を押さえて蹲っていた。
顔を隠していたフードがはらりと落ちる。
「痛ぁ……。いきなり何すんだよっ! 血が出ちゃったじゃないかぁ!」
「……女の子?」
蹲っていたのはみすぼらしい装いの女の子だった。
身を隠すマントはボロボロで所々白い素肌が覗いている。しかし、顔や足はドロに塗れて真っ黒に汚れており、暗闇で視認しづらかったのも頷ける。
そして、口元から覗いた歯は不自然に尖っていた。
血が溢れている鼻を押さえながら何やら喚いていた少女だったが、俺の視線に気が付いたのか、腕で体を覆った。
「な、なんだよ……。あんまり見るんじゃねぇよ。あれか? オレに欲情してんのか?」
「何でそうなる……」
初めは怯えたような表情を見せた少女だが、言葉を紡ぐたびに次第に得意げな表情を見せだした。俺は疲れたため息を漏らした。
「大体、襲ってきた相手に欲情するか」
「……。オソッテナイヨ。おれハタダノトオリスガリダヨ」
「無理がありすぎるだろう……」
少女は自分の所業を思い出したのか目を逸らしながら呟いた。
ひとまず、俺は彼女に用件を告げる。当然、拒否権は無しだ。
「……。君は吸血鬼だよね? ここ三日起きている連続失神事件の容疑者として一緒に来てくれないか」
「ちょ、何でオレが吸血鬼だって、あっ、痛い痛いっ! 腕を掴まないで! どんな握力してんの!? 連続失神事件なんて……、し、知らないし……」
次第に声が小さくなっている少女の様子に、心当たりがある事を確信する。
俺はそのまま少女を引きずっていった。
――
――――
「ほら、中に入る前に泥を落としてくれよ」
「ちょ、女の子を家に連れ込もうとするなんてっ! これはあれだなっ! オレをめちゃくちゃにするつもりだなっ! この変態めっ!」
「いいから黙っててくれ。あと、何で少し嬉しそうなんだ……?」
不安そうな表情の中に混じる歓喜の匂いに困惑しながら、泥だらけの彼女をアパートの中に通して風呂に入るように指示を出した。
「覗くなよ……? 絶対に除くなよ……? フリじゃないからな?」
「いいからさっさと行ってくれ。頭が痛い。あと、逃げようとしても無駄だから。もう、匂いは覚えた」
「な、なんか恥ずかしいぞっ、匂いを覚えたってお前……。あ、あれだ……、オレ、臭くない?」
「いいから行ってくれ……」
自分を抱きしめる彼女に頭痛がして、俺は頭を押さえながら彼女を脱衣所に押し込んだ。
シャワーが立てる水音を確認してから俺は銀狐に連絡を入れた。容疑者らしい吸血鬼を捕らえた事を伝えると、彼女は何やら考え込んでいるようだった。
『ちょっと気になる事はあるけど……、まぁいいや。引き続き、彼女から情報を引き出してくれ。……それにしても、子供……、子供か……、嫌な予感が……』
「はい? 何か言いました?」
『いや、何も!? とにかく! 誰が彼女を吸血鬼に変えたのか、引き出せるだけ引き出してくれよ』
「分かりました」
一部、銀狐の呟きが気になったが、ひとまずの報告は終えて電話を置いた。
電話を置くと、ちょうど少女が風呂から上がってきたところだった。
ボロボロのマントで体を覆い、濡れたショートボブの髪をタオルで乱暴に拭っている。
泥で隠れていた肌は病的なまでに白く、触れてしまえば壊れてしまいそうだ。その人外じみた血色の無さと口から覗く鋭い犬歯、何より、纏う血の匂いが、予想通り彼女が吸血鬼であったと示している。
「……なんだよ」
「いや、何でも?」
「いーや! 絶対なんか言いたそうだったね! どうした? オレの美貌に見とれちまったか? ん? 何を思ったかオレに言ってみ?」
俺は得意げに胸を張る少女から目を逸らした。
街灯もほとんどない暗闇では分からなかったが、彼女の格好はかなり危うい。
歩くたびにマントがまくれ上がって、中身が見えそうになっている。
「その恰好で出歩くのはどうかと思うぞ? 完全に変質者だ」
「えー。でも、ボロボロの黒マントってカッコよくない? 闇の中を駆けるなら、こうかなって」
「なら、せめて長ズボンでも履いとけ。その様子だと短パンだろ? 履いてないように見える」
「……は?」
少女は自分の格好を見下ろし、軽くジャンプを始めた。そして、マントの膜れ上がり具合を観察し、みるみると顔を赤くしていった。
その様子に、ある疑念が湧いてくる。いや、そんな事がある訳がないが……。
「まさかとは思うが、絶対にないとは思うが、ズボンを履いてない……?」
「ば、馬鹿っ! オレは元男だぞっ!? あんなフリフリの下着なんて履けるかぁっ!?」
「待て待て待てっ! 俺の仕事にかかわってきそうな言葉もあったが、そんな事はどうでもよくなるほどの情報があったぞ!? その言い草だとズボンどころか下着すらつけてないんじゃないのか!? そんなわけないよなっ!? なっ!?」
「……」
少女、いや、先ほどの言葉を信じるのなら、少女と言っていいのか分からないが。
少女? は顔を真っ赤にして正座した。そして、ポツリと、呟いた。
「下は……。何も履いて……、ません……」
――
――――
「それで、どうしてあんな事をしたんだ」
「どうしてって……、オレは本能に従ったまでだ」
俺はこの吸血鬼に取り調べを始めた。
ちなみに、ノーパン疑惑の事ではない。その件に関してはお互いが忘れることにした。
パンツを履けと言ったが、女物の下着をつけるのはまだ抵抗があると言い、男物の下着は今の自分は女だと言い張って履こうとしない。
彼女は今、ズボンだけ履いている。彼女は変態のままである。
「吸血鬼の食事だろう? だが、俺たち妖怪の社会じゃ、人間を襲うのは禁じられている。教わらなかったのか?」
「えっ、聞いてない……。というか、他の妖怪も普通にいるって初めて知った」
少女は本気で初めて聞いたという表情を見せていた。
吸血鬼が眷属を増やす場合、親が子に妖怪の世界のルールを教えるのが普通だが……。彼女は本当に何も聞いていないようだ。
「お前の親……。お前を吸血鬼に変えた存在は何か言ってなかったか?」
「んー。知らない……。夢で綺麗な女の人に会った気はするけど……、朝起きたらこんな姿になってた」
「……そうか」
嘘をついている匂いはしない。
つまり、彼女は本当に何も知らないうちに吸血鬼に変えられた被害者? その割には悲観した様子がないようだが……。
「ん? 何?」
「いや、吸血鬼に変えられて放り出された割には取り乱してないなぁと」
そう言うと、彼女はどこか遠い目で笑った。
「オレ、元の姿と生活が好きじゃなかったんだよね。だから、好みの姿になれてよかったと思っているぜ? 食べ物には困らなかったし」
そう言って彼女は歯をむき出しにして笑った。
血生臭い吐息が、彼女の言に偽りがない事を示している。
「そうか……。だが、これからは勝手に人間に手を出すなよ。それがルールだ。食べ物の心配はしなくていい。俺たちが所属する組合では吸血鬼用の食べ物もちゃんとある」
「うわっ、めんどくさそうだな……」
彼女は嫌そうに呟いた。
しかし、拒否はしなかった。一応、こちらのルールに従うつもりはあるようだ。
ひとまず、事務的なやり取りは終わった。
後は銀狐に連絡を入れれば、依頼は完了だ。
今回の相手は吸血鬼になりたてのひよっこだったから簡単に終わったが、もっと大物が相手だったら危なかっただろう。こんな荒事の案件をこちらに回すのはやめにしてもらいたい。
緊張を解いて吸血鬼を見つめていると、彼女はこちらの視線に気が付いたようだ。
「なんだよさっきから。やっぱりオレに欲情してんのか? この身体は可愛いからなっ! 仕方がない事だが、オレは体を許すつもりはないぜ?」
「いや、常識的な範囲の美人だなと思ってな……。その見た目はお前の好みなんだろ? 吸血鬼と言えば現実離れした妖艶な美女か、ロリ貧乳だと思っていた」
彼女の見た目は黒髪に黒目で、この国ではありふれた見た目だ。確かに顔立ちは整っているが、街を歩けば人々の視線を一身に集めるという程ではない。
黒づくめの裸マントを止めて普通の格好をすれば、群衆の中に自然に溶け込めそうだ。
割と失礼な感想を述べると、彼女は烈火のごとく怒りだした。
なにやら、その容姿には彼女なりのこだわりがあったらしい。
「馬鹿っ! お前、常識的に考えてみ? そんな奴らが真夜中に歩いていたら、怪しすぎるだろう!? 普通の子が家出していますーくらいの見た目の方が怪しまれないだろう!」
「だったら何でノーパンなんだ……」
「そこには触れない約束だろうっ!?」
彼女の忘れたい記憶を掘り返してやると彼女は胸を押さえて蹲った。
「大体、そんな見た目で狩りができるわけ? 吸血鬼ってのは保護欲をそそる幼い姿で現れるか、妖艶な婦人の姿で誘惑して獲物を狩るべきだろう。そんな普通の見た目にする必要はないと思う」
「はっ! そんなまどろっこしい事をしなくてもなぁ。闇に紛れて襲撃すればいいだけだ! その点、黒髪黒目は闇に紛れるのに役に立つ。昼でも目立たないように、この国のマジョリティと同じ肌の色にしたが、それが無ければ肌も黒くしていた所だ。それになんだ、世間の銀髪やら金髪の吸血鬼どもは! あんな目立つ色では襲撃に不便だろう!」
「いやいやいや、今のご時世、夜でも明るい所が多い! そんな時代に夜襲を狩りの主軸に据えるのが間違っている! 獲物の気を引く姿を取った方が効率的だ!」
「ぐぅっ……。オレに男を誑かせというのか! 無理だ! オレは異性愛者だ!」
「だったら、男のままで吸血鬼になればよかっただろうっ!?」
「いや、せっかくのチャンスだし、女の子になってみたかったんだ……。大体、年齢イコール彼女いない歴のオレに女を落とせって言われても無理だな!」
「あっ……、それは……、すまん」
「哀れみに満ちた視線を向けんなっ!? それに、わざわざ銀髪だの金髪に頼らなくてもなぁ! 今のオレは十分可愛い! どうだ、この膨らみかけの胸と尻は! 成長期! その背徳感に酔いしれるがいい!」
吸血鬼の少女はその場でくるくると回って、きゃはっ! と笑った。
俺は思わずため息をついて頭を抱えてしまった。
「あざとい……。あざとすぎる……。せっかくの清純な見た目がその仕草で台無しだ……。第一、オレは銀髪ロリ貧乳こそ至高だと思う。吸血鬼もしかり」
「こんの、ペド野郎っ!?」
そして、互いの性癖を語り合い、押し付け合って、その夜は明けていった。
結局、互いの主張は受け入れられないまま、彼女が日差しを浴びて動けなくなるまで議論は続いた。
――
――――
『で、結局その子を吸血鬼にした張本人の情報は無しなのね?』
「はい。そうです。恐らくは女性というところまでしか……。しかも、彼女は夢で会ったと言っています」
『信憑性は低いわね……』
俺の報告に電話の向こうの銀狐は悩ましい唸り声を上げた。
あの吸血鬼と話して分かったのは、彼女が何も知らないという事と、彼女の性癖だけである。
「何はともあれ、これで俺の仕事は終わりですよね。失神事件の犯人は捕らえましたし」
昨日の失神事件は一件だけらしい。彼女の口から血の臭いがした事と合わせて考えると、あの吸血鬼が連続失神事件の犯人だったとみてよいだろう。
怪我をしないうちに事件が収束したことに安堵していると、銀狐は不思議そうに呟いた。
『え? 何を言ってるんだい? 今回の黒幕を捕まえてないでしょう? 眷属を増やして放置だなんて、騒ぎを起こしただけで何の意味もないじゃない。たぶんそっちは囮で、裏で何かやっているわね。こっちも解決するまで仕事は終わらないから』
「……いや、失神事件の方は解決しましたよね? 黒幕の件は別の仕事になるんじゃないですか?」
『うん。だから、その仕事もウチで請け負う事になったから』
「……マジですか」
『マジよ。マジ』
どうやらしばらく平穏は訪れないようである。
なろうの吸血鬼は銀髪多くない? って話を聞いたので。
個人的には吸血鬼は黒髪が好き。