ー風呂編ー
時刻は18:00。晩飯前に俺は風呂に入った。
節約のため3日に1度の入浴だ。
湯船に浸かる前に頭と体を洗うのは俺の子供の頃からの習慣である。
頭をシャワーでさっと洗い流し、目をつむったまま俺はシャンプーを探した。
容器にギザギザが入っているのがシャンプーで、そうでない方がリンスだ。
これはどこのメーカーも共通である。
ところが、シャンプーの方から俺の手に寄ってきた。
不思議に思っていると、突然頭の上から女の声がした。
「私は神の使い。あなたを迎えにきました。頭を洗ってからでいいので私と共に神の元へ来てくれますか?」
どうやらこの女がシャンプーを手渡してきたようだ。
疑問が氷解したところで俺は神の使いを家から追い出した。
不法侵入は許さないのである。
頭を洗った後に、体を洗おうとボディソープの液を出そうとした。
すると、中から紫色の煙が噴き出してきた。
物凄い悪臭である。
恐らく毒に違いない。
俺は窓を全開にして毒煙を外に出し、ボディソープの容器も窓から投げ捨てた。
体を洗い終わるとゆっくり湯船に浸かった。
1日の疲れが溶けていくような思いは無職の俺には無かった。
額から汗が噴き出している。
少し風呂の温度を上げ過ぎたか。
そう思っているといきなり湯船がぶくぶくと泡立ってきた。
どうやら沸騰しているようだ。
尋常でない熱さである。
俺はカランの蛇口をひねって水を足し、ちょうどいい温度に戻した。
風呂に浸かりながらスマホで動画を眺めるのが俺の楽しみである。
濡れないようにタオルでくるんだスマホを手に取ると急にスマホが光り輝きだした。
やがて光が収束すると、スマホの画面にはLINEの新着メッセージが届いていた。
送り主はジェノベーゼ王女とやらである。
内容は、「魔物の勢力が日ごとに強くなり緊急を要する事態であるため、早くこちらの世界に来て欲しい」とのことである。
俺はホーム画面に戻してからアプリを起動し、youtubeで適当にお笑いの動画を検索した。
すると、またメッセージが来た。
「既読だけ付けて無視しないでください」とある。
俺はそのメッセージを既読して無視した。
動画を見ていたら窓から大鎌を持った死神らしき髑髏が顔を覗かせてきた。
俺の方を見ながら何やら呪いの言葉を念じている。
俺はイヤホンを耳につけた。
死神はしばらくしたら帰っていった。
じゅうぶん温まったので風呂から上がろうと浴槽から出た。
すると、いつの間にあったのか、足元にあった石鹸を踏んづけてしまい、俺は盛大に転んだ。
そして、浴槽に強く頭をぶつけた。
俺はすぐに立ち上がると石鹸を窓から投げ捨てた。
近くに潜んでいた死神の頭に当たり、死神は逃げていった。
一緒にいた神の使いも逃げていった。
風呂から上がった後はキンキンに冷やしたビールで一杯やるのが俺の最高の贅沢である。
金が無いので発泡酒だが。
ビール片手に冷蔵庫からパックの牛肉とカット野菜を取り出してちゃちゃっと調理する。
冷凍ご飯をレンジで温め、インスタント味噌汁に電気ケトルのお湯を注ぐ。
タッパーの漬物と納豆をテーブルに並べたら今日の晩飯の出来上がりである。
テレビのニュースをつけておかずを箸でつつきながら、俺は考え事をしていた。
それはもちろん明日の晩飯の献立である。
たまには魚を食べないと栄養が偏ってしまう。
スーパーのチラシで魚の特売を確認しながら、俺は残ったビールを喉に流し込んだ。