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夏の風物詩?

作者: 楊文里

 八月の終わり。俺たちは花火大会へ行った。

 しかし、雨で花火大会は中止になってしまった。

「あ~~、もう、だから今日は天候が悪いって言ったじゃない!」

 車内に響く声で文句を言ったのは、瑞希だった。

「そんなこと言ったって、花火大会のサイトには夕方になっても中止の掲示がなかったんだから仕方ないじゃないか」

 そう言い返したのは、和也だった。

「和也はいつもそう。大丈夫だろう。いけるだろう。なんとかなるだろう。いいかげんで無計画!」

 後部座席でいつもの口喧嘩をする、いつもの二人。

 運転をしている俺は、苦笑いしながら聞いていた。

「ねぇ、信也君、なんだか来た道と違うような気がするけど?」

 助手席でナビを弄っていた紗江が指摘する。

 そろそろばれる頃だろうと思っていた俺は、「ああ違う」と答えた。かなり悪役っぽい笑みを浮かべていたと思う。

「ちょっと信也、私たちを何処に連れて行く気?」

 言い争いを中断した瑞希が尋ねる。

「森林病院跡だよ。和也、ちょっと検索してみろよ」

 和也はスマホで森林病院を検索し、それが何か分かると笑った。

「これ心霊スポットじゃん!」

「心霊スポット?」

 瑞希が言う。

「花火大会が中止になった時の代案を考えていたんだ。ここなら雨でも車を横付けできるし、夏のイベントには最適だろ?」

 霊、というものを和也や瑞希は信じていない。提案するくらいだから、俺も平気だ。しかし、この手のイベントは怖がる人がいないと面白くない。そのターゲットは…………

「あっ、私、門限があるの忘れてた」

 紗江が言う。エアコンの効いた室内で汗を流していた。

「一人暮らしの門限ってなんだよ」

「うっ…………」

 紗江の粗末な嘘を看破して、俺は車を走らせる。車は徐々に森の中へと入って行った。街灯はない。対向車も来ない。前を走る車も、後ろから来る車もない。

 世界から隔離されたようだった。

「なんだかムードが出て来たんじゃない? ねぇ、どうしてこんな山奥に病院があったの?」

 まだ検索を続けていた和也に、瑞希が尋ねる。

「えっとだな…………避病院ってやつだったらしいぜ。感染症の拡大を防ぐために外部からの隔離を目的に作られた病院で入ったら最後って病院だそうだ」

 この内容に先程まで楽しそうだった瑞希は「へ、へぇ~~、そうなんだ」と若干引き攣った表情で答える。

 その病院に入った人間が、絶対にそこで死んだ。そんなことを知れば、霊の有無は関係なく、不気味に思うのは当然である。

 その後は数分間、誰もしゃべらなかった。

 面白くなるだろうと思っての企画だったが、ここまで静かになるとやり過ぎた気がしてきた。俺も心霊スポットだとは知っていたが、そんな病院だとは知らなかった。

「どうするやっぱり引き返すか?」

「最初から私は帰りたいと思っていた」

 紗江が即答する。

 もしこのまま沈黙が流れれば、瑞希も帰ると言ったかもしれない。そうすれば、俺も同意していただろう。

「いや、行こうぜ。ここまで来て、ビビって逃げるなんて馬鹿馬鹿しい。おい、信也、瑞希もビビっているみたいだから、二人で行こうぜ。そんで一周して記念写真を取って来て、普段は偉そうにしている瑞希が怯えていたって、大学のみんなに言ってやろうぜ!」

「ビビってなんかいないわよ。ちょっと、不気味だなって思っただけ」

「それをビビったって言うんだよ」

「黙りなさい! いいわよ、行くわよ。行ってやろうじゃない!」

 瑞希は和也に乗せられる形で賛同する。紗江は多数決に負け、諦めたようだった。

 十五分ほど車を走らせると廃墟が見えてきた、森林病院というだけあって、それは森の中に建っていた。近づくと不気味だった。窓は割れ、立ち入り禁止のロープは所々切れている。

「でかいわね。うちの大学くらいあるんじゃない? 和也、ネットに地図とか落ちてないの?」

「それがここまで電波が来てないらしく圏外だ」

 和也の言葉に全員が自分のスマホを見た。悉く圏外だった。

「雰囲気が出て来たんじゃないか!」

 和也は自身に言い聞かせるように言った。

「時間は二〇時一七分か。意外と時間がかかったな。行くなら急ごう」

 俺はエンジンを切ると外に出た。雨は小ぶりになっていて、傘は必要無さそうだ。

「わ、私はいかない!」

 紗江が助手席で身を小さくしていた。

「そうか、なら俺たちだけで行こうか」

 和也と瑞希に声をかけ、病院の入り口まで行く。俺はそこで足を止めた。

「ねぇ、紗江を置いて行くの?」

 瑞希が声をかける。

「なんだ、怖がる仲間が欲しいのか?」

 和也がからかうように言う。

「そうじゃないわよ。紗江がいなかったら、企画倒れじゃない。誰も怖がらないわよ」

「それにしては声が震えているな」

「なんですって!」

「まぁまぁ、二人とも考えても見ろよ。怖がりの紗江が一人で車内に居られると思うか?」

 二人は口を揃えて「確かに」と言う。

「時期に怖くなって降りてくるさ」

 俺の言葉通り、紗江はすぐに降りてきた。

「私も一緒に行く!」

 若干、涙目になっている紗江だった。申し訳ないが、かわいいと思えた。俺はこの表情を見ただけで、この企画は成功な気がした。



「懐中電灯を用意しとくべきだったんじゃない?」

 スマホのライトを頼りに俺たちは病院の中を徘徊していた。病院の中に入るとすぐに案内板があった。それを写メした。まずは地下の遺体安置所へ向かった。地下と言うだけで陰気な空気が流れている気がする。中には物が散乱…………と言うこともなく、埃、草、土などの自然物以外は殆どなかった。当然と言えば当然だ。別に夜逃げしたわけじゃない。正式な過程を組んで閉院したのだ。それでも残っているものはあった。その一つがベッドである。ここには死んだ人間が乗っていた。それを想像するとさすがに背筋がゾッとした。和也と瑞希は口数が少なくなり、紗江はずっと俺の服を握っていた。

「次はA棟へ行ってみるか」

 和也が提案する。

「もう帰ろうよ」

 紗江は震える声で言った。

 その願いは聞き入れられず、俺たちはA棟へ向かった。俺たち三人も少なからず、恐怖を覚えていたが、それを素直に言う奴はいなかった。怖くないふりをした。

 A棟に入ると一つの部屋に六つのベッドが並んだ病室があった。この病室には内側から掛ける鍵がなかった。施錠は外から行えない特殊な作りになっていた。

「ここに病人を閉じ込めたのね。逃げられないように…………」

 瑞希が言う。

 病室の窓には鉄格子が嵌められている。完全な密室だ。俺は鉄格子に近づき、外を見た。見えたのは別の病棟だった。恐らくB棟だろう。暗くて中は見えないが、同じような作りになっているのだろう。

 ――――その時だった。

「きゃっ!」

 紗江が短い悲鳴を上げる。

 原因は雷だった。

 突然の雷が一瞬だけ昼間のような明るさを作った。一瞬遅れて、轟音が響く。かなり近い。雨は突然強くなった。

 だが、俺は雷の光も轟音も、豪雨も気にならなかった。

 俺は雷の明るさの中で視認してしまった。



 ――――B棟で動く人影を。



 俺はその人影と眼があったような気がした。その目は人であって、人でないような気がした。何か一線を越えてしまった後のようなその目が俺の脳裏に焼き付く。

「びっくりしたぜ。雨が強くなったな。さすがにそろそろ帰らねぇか?」

 和也が言う。

「そうね、もう充分じゃない」

 瑞希もそれに乗っかった。「そうだな、じゃあ、帰るか」と言うのが、本来の俺の役割なのだろうが、あの目が脳裏に焼き付き、俺は二人に賛同出来なかった。

「なぁ、俺、人影見たんだ。向こうのB棟に」

 俺の言葉に三人は絶句して、顔を見合わせた。

「お、おい、信也、俺たちまで怖がらせるつもりかよ」

 引き攣った顔で和也が言う。

「そ、そうよ。冗談はやめて」

 瑞希の声は震えていた。

 紗江は言葉を発することもできずに、震える。

「嘘じゃない。本当に俺は…………」

「分かった。分かったって、その話はお前の家で酒でも飲みながら、聞くからな。とりあえず、ここから離れようぜ」

 和也は足早で来た道を戻る。俺は納得しないまま、車へと向かった。暗く、複雑な建物だった為、道に迷い、思ったよりも車に戻るのに時間がかかった。雨は激しさを増した。

「おい、信也、早く車を開けてくれ。もうびしょ濡れだ!」

 和也に言われて、俺は鍵を取り出そうとした。俺は『あの目』を見てから、動揺していたのだろう。ポケットから出した鍵を地面に落としてしまった。

鍵を拾い上げようとした時、車の異変に気が付く。

「パンクしている…………」

「なんだと!?」

 俺の言葉に三人もタイヤを見る。

「おい、こっちもだぞ!」和也

「こっちもだわ」瑞希

「こっちも…………」紗江

 タイヤを見ると自然にパンクしたとは思えない切り口があった。まるで斧でも使ったようだった。

「どうなってやがる!」

 和也は余裕を失くし、悪態を付いた。

 紗江と瑞希は抱き付いている。

 完全にパニックに陥っている。それでも俺は現状の把握に努めた。

 人影。

 人為的にパンクさせられた車。

 考えがまとまる前に、コンクリートに何かの金属が打ちつけられた音がした。

 俺たち四人は音のした方を見た。それは病院の正面入り口、さっき俺たちが出てきたところだった。

 また雷が辺りを照らす。

 立っていた男は斧を持っていた。

 俺たちに気が付くと男は走り出した。

「逃げるぞ!」

 硬直していた三人は、俺の言葉で走り出す。

「きゃっ!」

 紗江が転んだ。

「何やってんだ! 逃げるぞ!」

「だ、だめ、足が動かないの…………」

 紗江は恐怖で真っ青になっていた。

 俺は紗江を背負う。火事場の馬鹿力、というやつだろう。俺は人一人を背負っているとは思えないほど俊敏に動き、斧男から距離を取れた。

「おい、早くしろ!」

 和也が叫ぶ。

 俺たちは斧男から逃げるため、自然とB棟へ入った。

 斧を持っているせいか、男の足は遅い。

「なんだあれは!? 和製ジェンソンかよ!」

「知らないわよ! それより声が大きいわ。また見つかっちゃうじゃない!」

「お前の方が声が大きいだろ!」

 二人は声を荒げる。

「二人とも落ち着いてくれ」

「な、なによ。一人だけ冷静ぶって、元はと言えば、あんたが…………」

「やめて」

 紗江が声を出す。

「今は誰が悪いかを論じている場合じゃない。この状況を打破する方法を考えるべきでしょ?」

 紗江らしくない落ち着いた声だった。

 この中で唯一、ここへ来ることは反対していた紗江が、自身の正しさを主張することなく、最も冷静な言葉を使った。

 それを見て、聞いて、感じて、俺たちは冷静になった。

「そうだ、携帯で警察を呼ぼう」

「忘れたの? ここは圏外」

 紗江に指摘され、和也は黙る。

「そうだ、あの斧男を撒いて車に戻るの。パンクしているけど強引に動かすことはできるんじゃない?」

「止めた方がいいと思う。確認していないけど、あの斧ならガソリンタンクも壊せる。あの車は動かないと考えるべき」

 瑞希も黙った。

「とりあえず、どこかに隠れよう」

 俺の提案に三人は無言で同意した。

「ここにしましょう」

 紗江が何の根拠でそこを選んだか分からない。

 俺たちは手術室、というプレートの付いた部屋に身を隠す。

「これで一息つける…………」

 俺は部屋の奥の方へ足を進めた。

「んっ?」

 足元に何か当たった。椅子や机などでは無く、何か柔らかいものだった。スマホのライトで足元を照らす。

「……………………!」

 俺は上げそうになった声を、自身の腕を噛むことで押し殺した。

「信也、どうした?」

 俺の異変に気が付き、みんなが集まってくる。

「来るな!」

 俺は三人を寄せ付けなかった。

「声が大きいぞ、信也。何があった?」

 俺は呼吸が整い、声が出るまで三人の前に立ちはだかる。

「転がってるんだ…………!」

 俺は主語のない言葉を言った。当然のことだが、和也たちは首を傾げた。

「死体が…………」

 次の俺の言葉は、三人を恐怖に突き落とした。

「ほんとに死んでるの? 倒れているだけじゃなくて?」

 瑞希が真っ青になりながら、言った。

「首が離れた状態で生きていたら、それは人間じゃない。俺は転がっていた首を蹴っちまった」

 俺は血痕の付いた靴を見せた。

「そう、首を蹴ったんだ…………」

「紗江、なんでそんな冷静なんだよ! あの斧男がやったんだろ」

「もういや! こんなところ来なければ良かった…………」

 和也と瑞希は完全にパニック状態だった。俺だって、発狂したかった。何しろ、人の頭を蹴飛ばすなんてことをしたんだから。狂いたくもなるさ。

「あの男を殺しましょう」

 紗江が冷静に、冷徹にそう言った。まるで別人のようだった。

「紗江、何言ってるの? 相手は人殺し、しかも斧を持ってるのよ。勝てるはずないじゃない!」

 瑞希はヒステリーを起こしながら言う。

「勝つ方法はある。それは極めて簡単」

「なんだそれは?」

「それは………………」

 紗江が俺の問いに答える前に、閉めたドアを開けようとする音がした。

「もう来た」

 紗江は傍にあった机を倒し、バリケードを作る。俺も傍の棚を倒して、ドアに押し付けた。棚をドアに押し付けた直後、斧の尖端がドアを突き破り、小さな空洞を作った。その後もドアを斧で叩き割ろうしているらしい音が響く。

 俺たちは自然と部屋の奥へと追いやられた。

「ひっ! ほんとに死んでる。もう嫌…………」

 瑞希は泣き崩れた。

「そうだ。窓から逃げようぜ…………って、ここも鉄格子が嵌められていやがる!」

 信也は思いっきり鉄格子を殴るが、びくともしなかった。現状、後背に退路は存在せず、正面の脅威をどうにかするしか活路は無かった。

 俺は傍に転がっていた鉄の棒を手に取った。何かの機材だったのかもしれないが、そんなことまで考えている余裕はなかった。

「ダメ、斧とそれじゃリーチが違い過ぎる。私にいい考えがある。みんな、スマホのライトを消して」

「今さらそんなことしたって、俺たちがここにいるのはばれてんだぞ!?」

 和也が興奮気味に言った。

 紗江は和也の言葉に耳をかさず、俺に近づく。

「あなた、私のやろうとしていること分かる?」

 紗江は、俺をまっすぐに見つめた。紗江が俺の頭に直接指令を送っているのかと思うくらい、伝わって来た。それは普段の紗江からはかけ離れた攻撃的な作戦だった。

「分かっているつもりだ」

 そう言って、俺は自分の携帯を紗江に預けた。

 二人もライトを消す。

「私の合図で一斉にライトを付けるの」

 それだけ言うと紗江は携帯をドアの方へ構えた。

 直後、ドアが壊されて斧男が暗闇でも分かるギラついた眼で俺たちを睨みつける。

「それを見たな。もう殺すしかない…………」

 男は薬物でもやっているのか、まともには見えなかった。だけど、目の前にいるのは人間だった。一線を越えてしまった人間、殺人という線を越えてしまった人間だった。

 俺は紗江を信じ、鉄の棒を握り締めて斧男の懐に飛び込んだ。

「今よ」

 紗江の合図でライトが点灯する。それが俺に勇気を与え、背中を後押ししているようだった。斧男は突然の光に目を覆った。俺はその隙に鉄の棒で斧男の頭部を思いっきり叩いた。殺すかもしれない、とかは考える余裕は無く、ただ必死の一撃だった。俺の手に嫌な感触が残り、斧男は倒れ込む。

「早く逃げるよ」

 茫然としていた俺の手を紗江が握って、走り出す。

 俺たちは病院から出た。

「ねぇ、あの人死んだのかな?」

 病院が遠くになった頃、瑞希が尋ねる。

「分からない。でも嫌な手応えはあった」

 俺は正直に言う。正当防衛でどうにかならないだろうか、なったとして俺が人を殺した事実は変わらない。

 突然、紗江が事切れたかのように倒れた。

「おい、紗江! しっかりしろ!」

 変な倒れ方だったので、俺は酷く焦った。

「………………! おい、ここ、電波あるぞ!」

「本当だわ。助けを呼びましょう!」

 瑞希が電話をかけ、すぐに救急車と警察がやって来た。

 俺が代表して、警察にあったことを伝えた。初めは若者の冗談と思っていたみたいだったが、血の付いた靴を見せると顔色を変え、警察官を増員して、森林病院跡の調査へと乗り出した。警察から、俺の証言通りの部屋から二つの死体が発見されたと告げられた。それを聞いた瞬間、俺は頭が真っ白になった。落ち着いた頃には零時を過ぎていたので、その日は病院に泊った。一応、患者扱いで四人同室にしてもらえた。

「死体ってことは幽霊じゃ、なかったのよね?」

 眠れないらしく、瑞希が尋ねた。

「そうだな。あそこは人目につかないから、殺すつもりであの女の人を連れて行ったんだろうな」

 あの時は気が動転していて、転がっていた死体が男か女かなんて分からなかったけど、あとから教えられた。死体は男と女が一体ずつだったと。

「それで運悪く俺たちは鉢合わせして、犯行がばれそうになった斧男が俺たちを殺そうとした」

「ねぇ、信也君、警察の人はなんて言っていたの?」

 紗江が心配そうに尋ねた。

「明日、改めて話を聞くとしか言われてない」

 俺は自分の掌を見つめる。まだ嫌な感覚が残っていた。

「なぁ、やっぱりお前一人が責任を被る必要は無いぜ。俺だって…………」

「和也、気持ちは嬉しいけど、無意味だ。実際俺がやったわけだし、嘘の発言なんかすれば立場が悪くなるかもしれない。第一、何もしてない奴が刑務所に入るなんてことになったら馬鹿馬鹿しいだろ」

「信也…………よし分かった! 俺、ちゃんとしてきちんとしたところに就職する。そんでお前が出所してくる頃までに偉くなって、お前を雇用してやるよ!」

「馬鹿、その前に私たちで信也の正当防衛を主張するべきでしょ。安心して信也、警察が文句の言えないくらいの署名を集めて見せるから」

 すっかりいつもの調子に戻った、戻ろうと努力する和也と瑞希を見ていると少しだけ心が晴れた。別に悲観的になることは無いだろう。俺は仲間を守ったんだ。昔、憧れた漫画のヒーローのように。現実は血生臭かったけど、結果として同じだろう。

「なんにしてもなるようにしかならない。今日はもう寝よう」

 三人に言ったのか、自分に言ったのか、分からぬまま、俺は目を閉じた。興奮して眠れないと思ったが、興奮以上に疲れが蓄積されていたらしく、すぐに眠りに着き、気付いた時には朝だった。



 次の日。

「あまり緊張しないで。僕はね、君たちのことをすごく気の毒だと思っているんだ」

 中年の刑事が僕らの病室にやって来た。紗江以外はすでに起きていた。昨日、気を失ってから一度も起きていないが、命に別条はないらしい。事件のショックで昏倒しているだけだと医師が言っていた。

 刑事が用のあるのは、主に俺らしく、紗江を起こそうとはしなかった。

「僕も仕事だからね。話してくれないかな?」

 刑事は優しい声で、同情するように言葉を並べる。刑事には二タイプいるらしい。優しそうに話しかけてくるタイプと高圧的に話すタイプ、要するに飴と鞭である。それを交互に使われるとやがて犯人は自白したくなるらしい。しかし、今回、俺は別に黙秘するつもりもなかったので、斧男の頭を強打したのは自分たちが生き残るために仕方なかった、とありのままを説明した。

 中年の刑事は首を傾げた。

「うん、自分のしたことの重大さを考えたら、嘘を言いたくなるのは分かるよ。でも本当のことを言ってほしいんだ?」

 刑事は分かりやすい作り笑いを作って、さらに追及する。

 本当のこと?

 この刑事は何を言ってるんだ?

 本当のことは今、話したじゃないか!

 俺は突然、背中がゾッとした。理由は分からなかった。理由が半分だけ理解できたのは、刑事の次の言葉を聞いた時だった。



「誰があの男の首を絞めたんだい?」



 冷房が切れたのではないかというくらい汗が出て来た。

「刑事さん、俺たちはさっき話した通り。男を殴り付けた後、すぐに部屋を出ましたよ。殺人鬼や惨殺死体となんてすぐに距離を取りたいと思うのが常識じゃないですか」

 俺の言葉に和也と瑞希も同意する。

 刑事は、急に真顔になった。

「いいかい、男、山内康哉の死因は頚部圧迫による窒息死だ。しかも手を使っての頚部圧迫。死ぬまでにはかなりの時間が必要だ。死ぬ前に気絶するだろうし、普通ならそこで手を離すだろう。死ぬまで手を離さなかったということは殺意があったんじゃないか」

 刑事は少し苛立っているようだった。だからといって、俺には本当のことを言うこと以外やることは無かった。話は平衡のまま、時間だけが経過し、刑事は作り笑いすらしなくなっていた。

「まぁいい、検死の結果が出れば、山内の首に残っていた手の痕が、誰かの手と一致する。はっきりするさ。君たちの為に言っておくぞ。嘘の証言は立場を不利にするだけだ」

 俺たちの話を全く聞こうとしない刑事にムッとした。

 病室のドアが荒々しく、開いた。現れたのは、若い刑事だった。顔は真っ青だった。

「飯塚さん、け、検死の結果が出ました」

「そうか、で、どうだった」

 中年の刑事は、無駄な抵抗だったな、とでも言いたげに俺たちを一瞥する。

「山内の首に残っていた手の痕は、その…………」

「なんだ、早く言え」

「さ、桜井杏子のものでした」

 俺はその名前を初めて聞いた。その名前が誰なのか知った時、先程背筋がゾッとした残り半分の理由を知る。

 中年の刑事は、若い刑事と同じくらい真っ青になっていた。

「おい、桜井杏子なんて俺たちの中にいないぞ。誰だよ、そいつは!?」

 和也が声を荒げた。

 中年の刑事は、震える声で言う。



「惨殺されていた女性だ」と。



 あまりの衝撃に刑事は、情報の漏洩を簡単にやってしまった。

 場の空気が凍りついた。

「あれ?」

 うるさかったのだろう。紗江が目を覚ました。

「ここは? 私、昨日、信也君におぶられている途中で意識を失ってそれから…………」

 紗江がおかしなことを言う。

「紗江、俺におぶられて途中で意識を失った? だってお前は病院にいる間、意識があったじゃないか!?」

 紗江は俺の言葉の意味が分からないようだった。

「ちょっと紗江、あんた、右手に何か握っているわよ?」

 瑞希の指摘に、紗江は閉じたままだった右手を開いた。一枚の紙が床に落ちた。それは見てはいけないもの、触れてはいけないもののような気がした。しかし、眼を逸らすことができなかった。紙には真っ赤な文字で、



『復讐できた。感謝。杏子より』



と刻まれていた。

 直後、晴れていたはずの空は急に暗くなり、雷鳴が響き、雨が降り出した。



読んで頂き、ありがとうございます。

稚拙な文章で申し訳ありませんでした。

感想などありましたら、よろしくお願い致します。

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