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幸せを分けて貰うため

 四日目の朝:倉庫のシャッター前にある駐車場に車を止めた。筆者が車を降りるや、目の前2m先にある柵の上に二羽が待ちかねたように止まっていた。じっくり眺めると、背筋が伸びて極めて好感のもてる姿勢だ。手を伸ばせば届くから、筆者との関係は、もはや昨日の電線という遠距離恋愛ではない。

 

 それだけにこっちは辛かった。日本語が通じるとは思わなかったが、「ゴメンなーーー、ここで(巣づくりは)ダメなんだ。外を当たってくれないか。ピイピイ」と、最後はツバメ語で穏やかに弁明した。


 しっかり目が合ったが、相手が目を反らさないので、もしかして、オレはイケメンかもと勘違いした位だ。あにはからんや、頑張るハラらしく首を傾げるばかりで二羽は柵から飛び去ろうとしない。こっちは人間のメスではないから、二羽を相手にそれ以上だべり倒すなんて芸当は出来ない。


 心を鬼にしてシャッターを一切開けない事にした。別になっている出入りの狭い扉からも入ろうとするので、そこも筆者の出入り時以外は閉じた。一歩譲れば、二歩も三歩も追い付いて来そうだった。シャッターを開けない為に、灯りはあっても青空が見えない倉庫内が薄暗くなり、筆者の実験に不便で一日中陰気臭くなったけれども、心が鬼の代償だった。


 帰宅時間の夕方となり窺うように空を見上げたら、二羽は居なかった。敢えて人間を怖がらなかったのは、一種の勇敢さになる。あの二羽には筆者と分かち合えそうな何かがあり、生きる強い情熱を持っている気がした。


 筆者の二つ下の弟は大学一年で自死した。日差しが弱くなった空を見上げながら、筆者の中で何時までも歳を取らない弟の暗かった顔を、ふと思い出した。弟には追い付きたいと意識するライバルが居た:出来の良い兄。

 二羽のツバメのように、弟は恋をすれば良かったのかも知れない。兄と競争したり悩んだりする為に人生があるのではない、人生は生きる為にある。ツバメが巣を作るように、日々生きるのを仕事としてただ熱心に生きればよかった。

 消えたツバメを目で探しながら、大事な友達を失ったみたいに一抹の寂しさを感じた。


 連休が明けて社員が出社し、複数あるシャッターは合わせて5m幅あるが、朝から晩まで大々的に明け放された。運送会社の車が来たり倉庫へ人の出入りが増え、賑やかになった。二羽のツバメは矢張りやって来たそうだが、箒の先で追っ払われた、と後で聞いた。

 「ツバメが巣を作る家は選ばれた家で、幸せがやって来る」と女は筆者へ教えたけれども、恐らくこれは逆で、正しくは:「幸せな家を選んで幸せを分けて貰うために、やって来てツバメは巣を作る」のだろうと思う。


お仕舞い

2022.5.18



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