働いて稼ぐ
学生を求める為にやって来た筈の課長が、「ウチへ来るな」と言うのだから、ただ事ではない。職務に反してまで敢えて見知らぬ若者の軽挙を戒めたのは、何か感じる処があったか。自身が現実の社会で夢を失って行ったじくじたる思いを噛みしめていたろうか。私と同じような年代の息子がいたのかも知れない。
若い人の目には、自分の前に無限の可能性が広がっているように見えるものだ。自分に何が出来て何が不可能かを、分かっていない。文章を書くのが嫌いなのに、頑張れば流行作家になれると思うようなもの。実を言うと無知なだけで、人事課長はソコを突いていた。
親身な真心を見る思いがした。いい人が居るものだーーー、世間は捨てたものではない。当時もそう思ったし今もそう思っている。教授・助教授の先生方は、深い専門の学問はあっても案外実社会や世間の実情に疎い。だからこそ、世間に揉まれだ企業の人事課長の言葉は、現実的で有難いアドバイスだった。
因みに、後年私は小さな会社を設立するが、小さいが為に当然同族会社とならざるを得なかった。そうでありながら、昔に受けた人事課長の真心を忘れなかった。社長としての私の給料は「業績に応じて」それなりに充分な高給を取っているーーー。けれども、社員に対しても世間並以上に報いるのを目標とし、これを経営の基本に置いている。優れた業績を上げる社員には、時に社長以上の給与を出すのを惜しまない。
先のS社より規模は小さいながらも、経営姿勢について、社員が会社に誇りを持てないようであってはならない、と私は肝に銘じている。ましてや「ウチへ来るな」と社員に思わせる経営は、もっての外である。
売り上げ優先で、その為に税金をちょろまかしたりする会社は多いし、顧客に対して安上がりなクレーム処理で誤魔化す会社も少なくはない。一時の利益をむさぼるような品の無い経営をウチはやらない。儲けたけりゃ、働いて稼ぐというのが基本で、会社は泥棒稼業ではない。
ウチの年間の接待費(往々にして自分たちの飲み食いに使う)の使用の少なさは、監査で訪れた税務審査官が驚く位である。裏返せば、同規模な他社では桁違いに多いのだろうが、真似をしようとは思わない。




