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過去に例が無い

 私が熱心に語る気持ちを聴き終わっても、教授は暫く物を言わずポカンとした。放心状態だったのだ。先ず、自分に逆らう学生が居るなんて思わなかったから。次に、古びた考古学の書物を1ページめくった気がしたろうか:


「末は社長か大臣かなんてーーー、今は岩崎弥太郎の明治ではない」と、教授の顔に書いてあった。こっちだって、今が明治ではなく昭和(当時)なのを知っている。が、何の根拠も無かったが、自分にだけは「明治時代の特例」が適用されるべきだと考えていた。


 教授の戸惑いは、もっともかも知れない。

 世間のどんな親も、子の尻を叩き猫も杓子も好い成績を上げようとする。今じゃ、幼稚園にも入試があるらしい。厳しい受験戦争に勝ち抜き、良い高校から良い大学へ入ろうと血道を上げるのは、ちゃんと目的がある。「良い会社」へ入る為に外ならない。良い会社とは大きな会社の事である。


 だのに、天下の一流会社を断るなんて、権利の放棄どころか乱用みたいなもので、あってはならない愚かな行為と教授の目に映った。目はつぶやき変わった:

「君は、過去に例が無いケースだーーー」

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